2020年09月01日

防災の日

今日は関東大震災がおこった日です。

その年にとれた米を納める節句で各地の神社で祭りがあり、農家では赤飯などの御馳走を用意してお祝いする日だった。

土曜日ということもあって子どもたちは、お祭りや御馳走を楽しみにして始業式もそこそこに家路をいそぎ、夏の日のくつろいだ雰囲気があった・・・

1923年9月1日11時58分ごろ、凄まじい揺れが関東地方を襲った。

発生した地震はマグニチュード7.9と推定されている。

南関東から東海地方におよぶ地域に大規模な被害が発生。死者は10万5,385人におよんだ。10万人・・・東京大空襲とおなじだけ亡くなったのか。たいへんなことです。

ちょうど昼時で、各家庭で火をつかっていたので火事が多くおこった。それが能登半島付近に接近していた台風の強風にあおられて燃え広がったようです。

その中でも1カ所としては、最悪の3万8,000人が死亡した『陸軍被服廠跡』

震災当時、隅田川の近くに広がる原っぱだった本所の被服廠跡。 激しい揺れのあと、倒壊した家から、あるいは火災から逃れようとする人たちが続々と逃げ込んできた。

本震から約3時間半がすぎた午後3時半ごろ、4万人に達していた避難者を火が取り囲む。

逃げ場を失い、大混乱におちいる人々。そこに、家々のさまざまなものを巻き上げながら進む『火災旋風』が起こった。

被服廠跡に悲劇をもたらした火災旋風とは、中に火の粉を抱えこんだ竜巻だった。

竜巻というのは、自然界の中でももっとも烈しい現象のひとつで、それに伴う風速は100mを越すこともあるという。しかし、その発生は年に10回くらいであって、そう頻度の高いものではないそうです。

そんな珍しい現象がどうしてあの時、被服廠跡に発生したのか?世界の災害史上にも、まったく例を見ないような異様な惨劇。その真の原因は究明できなかったようです。

東京大学の寺田寅彦教授は報告書の中で「"旋風"は 被服廠跡だけでなく、これ以外の地域でも発生し、9月1日から2日にかけて約100ヶ所にも達した」と述べている。

竜巻か・・・広島に原爆が落とされた直後にも竜巻が起こったと記録にある。

竜巻は火の粉を巻き上げ、さらなる火災を招いたといいます。

被服廠跡の広大な敷地は一面、遺体で覆い尽くされ、山のように積み重なったところもあった。焼け方がひどく、見ただけでは性別が分からない遺体も多かったという。

子どもを抱いたまま亡くなったひとの遺体もいくつもあった。

火災による被害は全犠牲者中、約9割の9万1,781人を占めたともいわれている。

あらゆるものを焼き尽くした火災が鎮火するのは、9月3日の午前10時ごろなのでした。

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本所被服廠跡の悲劇が起こるまえの写真。「合掌」

参照・引用:2005年11月27日 神奈川新聞 |『被服廠跡に生じた火災旋風の研究』気象研究所物理気象研究部・相馬 清二 | 2013年3月19日 朝日新聞デジタル
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2020年09月02日

まっすぐな正義

1923年9月1日、大地震が関東地方を襲った。

震災発生後、混乱に乗じた朝鮮人による凶悪犯罪、暴動のデマが広まった。

民衆・警察・軍によって朝鮮人、また間違われた中国人、日本人の聾唖者などが殺傷される事件が続出した。

聾唖者ということはあやしいと言って答えられないから殺したのか。ひどいなあ。

犠牲になったひとの数は、大震災による死者数10万5,385人の1%から数%と詳しいことはわかっていません。

デマは『朝鮮人が婦女を犯し、井戸に毒物を投入した』などというもので、このため、日本刀や竹槍、猟銃などで武装した自警団が、関東一円で3,700もつくられ、朝鮮人を襲ったという。

相手をひとではないと見なすことで、何をしてもよいと自分の攻撃行動を正当化してなおかつ自尊心を高めることができる。

過激化する暴徒には、かならずこのこころがあるという。

9月2日、夕方。 

自警団員が4人の男を朝鮮人だと横浜の鶴見署に連行して「持っている瓶に毒が入っている。たたき殺せ」と騒いだ。

鶴見署の大川常吉署長は「そんなら諸君らの前で飲んで見せよう」と瓶の中身を悠々と飲み干し、興奮する暴徒を納得させた。

しかし翌日、状況はさらに緊迫。

大川署長は多数の朝鮮人らを鶴見署に保護してかくまう。それを知った群集約1,000人が署を包囲して「朝鮮人を殺せ」と激しく騒いだ。

「朝鮮人たちに手をだすならだしてみよ、はばかりながら大川常吉が引き受ける。この大川から先に片付けた上にしろ、われわれ署員の腕のつづく限りは、一人だって君たちの手に渡さない。」と大川は大音声で一喝。

彼の気迫に群集の興奮も収まったかに見えた。しかし、それでも収まらない群集の中の数名が大川に詰め寄った。

「もし、警察が管理できずに朝鮮人が逃げた場合、どう責任をとるんだ。」

すると大川は「その場合は切腹して詫びる」と答えた。そこまで言うならと、ようやく群衆は去って行ったのでした。

保護されたひとは朝鮮人220人に中国人70人ら、300人に上ったという。

大混乱の同調圧力のなかでキラリと光る、ほんとうの正義なのでした。

いま起こっているコロナ騒動も自然災害みたいなものですが、同調圧力やデマ、中傷は相変わらずです。自警団のようなものをつくって街を見回る人たちまでいる。

それらはすべて、ゆがんだ正義感から来ているそうです。

そうして、ひとを分断させる、いつまでもなくならない差別するこころ。

どんな非常時でも公平で公正で同調圧力に屈しない、ちから強い正義感を持っていたいものです。

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『大川常吉署長』

参照・引用:防災システム研究所HP | 2008年3月 内閣府中央防災会議 関東大震災【第2編】| 2020年8月19日 毎日新聞
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2020年09月03日

稽古のおわり、劇場へはいる

今回のこんにゃく座新作『末摘花』には、振付で参加しています。

けれども振りを付けるというよりは、おもしろい身振りを見つけて際立たせる方向でやっています。

師匠の麿赤兒が言うところの身振りの採集です。おもしろい身振りを見つけてつかまえて集めて舞台上にのせる。

うごき全般についても口を出しています。身振り手振り、移動の足取り、からだの使いかた。もちろん振りを付けたりもします。

とにかくすべては作品をおもしろくするため。

舞踏は振付と演出が連動しているので、演出の範疇にもたまに口を出します。今回の演出、大石さんはそんなこと気にしませんが、演出家によっては嫌がるかたもいるでしょう。

コンテンポラリーダンサーの黒田育世さんは振付以外のこともズバズバ遠慮なく言うひとで、野田秀樹さんはそれが嬉しいようでよく一緒に仕事をしています。

こちらあんまり言いすぎるのは控えて、気を使いながらやっております。けれども遠慮は無用、すべてはやはり作品をおもしろくするためです。

劇場入りも近づいてきて、もうあんまり言うこともなくなってきてさびしいですがそれで良い。

「どんどんいろんなことがおもしろくなってきていると思います。これからどんどん崩れていくと思うんですが、リズムだけは崩さないようにして欲しい。」と作曲の寺嶋陸也さんが言っていた。

大切なのはリズムか。

「音程ももちろん崩れて欲しくないんですが」とも言っていた。音程は崩れているほうがおもしろそうだけど、作曲家からしたら許せないのだな。

テンポが遅いとか、休符で休んでないとかいろいろと注意をきいていると「音楽というのは、ほんとうに奥深いものだなあ」と思います。

スタッカートにクレッシェンド、フェルマータ、etc...etc...

いろんな音楽用語が飛び交います。

今回覚えたのは、すべての音が止まる“ゼネラルパウゼ。”パウゼはポーズのことだな。一人で歌う“アリア”。これは聞いたことがあった。

そうしてなんかいもなんかいもおなじ音楽を聞いていたので家に帰ってからも、ずーっと歌と曲があたまの中で鳴り響いてループしています。

たぶん終わっても、しばらくはつづくのです。

明日で稽古は終了、9月5日から劇場にはいって舞台を仕込み、初日は9月8日です。

会場は六本木の俳優座劇場。

とっても楽しい作品になっておりますので、お時間ありましたら是非お越しくださいませ。

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代表、萩京子さんのお母さまが突然亡くなられた。90歳だったそうなので大往生か。「合掌」
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2020年09月04日

New Clea bom

原爆を心から神に感謝する。

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1952年、マーシャル諸島エニウェトク環礁で行われた世界初の水爆実験。

科学と技術が突如として、それまでは想像も出来なかった次元に飛躍していた。

原爆の破壊性があまりにも畏怖すべきものだったので多くの日本人は、はじめそれを痛ましい負け戦そのものと同じくほとんど自然災害のように感じた。

すぐに怒りが霧散した。

原爆が戦争の愚かしさを象徴するようになるにつれ、さきの戦争そのものが日本人の愚かしさと受けとめられるようになった。

1961年、史上最大の水爆であるソ連のツァーリ・ボンバ核実験映像。威力は広島型原子爆弾の3300倍であった。

たぶん原爆によって世界は良くなったんだ。

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1946年、アメリカがビキニ環礁で行った核実験。

思わず空を見上げたとき、気球のようなものがふわりと落ちてくるのを屋根越しに見た。

次の瞬間、稲妻のような白い光、あるいは大量のマグネシウムを一時に燃やしたような閃光を感じた。

からだ中に強烈な灼熱感を覚えた。同時にもの凄い地響きを聞いた。

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ネバダ州の実験場で行われた37キロトンの『プリシラ』核実験。

アインシュタインが研究に取り組んだのは、純粋に知識そのものを探求する気持ちとそして宇宙創造に対する宗教心にも似た畏敬の念を抱いたからだった。

それにもかかわらず彼は研究の結果、地球上に創造されたものすべてを絶滅させるような破壊の手段、兵器の開発につながる理論的な発見をしたのだった。

核爆発の際に放出されるエネルギーに関する法則。

すなわち“E=mc2”

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1955年、ネバダ砂漠。

死体の格好は千差万別だが、共通しているところは、うつ伏せの姿が多いことである。

ただひとつの例外は、仰向けになって両足を引きつけ膝を立てて、手を斜めに伸ばしている男女であった。

身に一糸もまとわず黒こげの死体となって、一升瓶に二杯ほどもあろうかと思われる脱糞を二人とも尻の下に敷いていた。

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1953年、アメリカ、ネバダ実験場で実施された280ミリ原子砲による戦術核発射実験。

右手の堤防下の草むらに無数の死体が転がっていた。川のなかにも、次から次に流れていた。

火焔が街をひと舐めにしたことがわかる。

上半身だけ白骨になったもの、うつ伏せになって膝から下が白骨になったもの、両足だけが白骨になったものなど、千差万別の死体が散乱し、異様な臭気を発していた。

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2013年、シリア。

いまシリアに原爆を二、三発落とせば、戦争は終わると思うが、それについて被曝した君たちはどう思うかね?

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1964年、中国のはじめての核実験。

原爆をある都市に投下する、という決心を他の都市の人間たちがおこなうということは、まさに異常だ。

科学者たちに爆発後の地獄への想像力が欠けていたはずはあるまい。

1955年、ネバダ砂漠での実験映像。

キノコ雲といいますが、あれは煙ではないのです。

火柱なんです。

巨大な火柱なんです。何もかもを焼き尽くす、おおきなおおきな火柱なのです。

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1971年、南太平洋ポリネシアのムルロア環礁で行われたフランスの核実験。

核廃絶は遅かれ早かれ、必ず達成される。問題はそれが核戦争の後か先かということだけだ。

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1970年、フランスによる『リコルヌ』水爆実験。

ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ

わたしにつながる にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり

くずれぬへいわを へいわをかえせ

All images comes from the Google.

参照・引用:『ヒロシマ・ノート』大江健三郎 岩波新書、『黒い雨』井伏鱒二 新潮文庫、『千の太陽より明るく』ロベルト・ユンク著 菊盛英夫訳 文藝春秋新社、図録『原爆の絵』広島平和記念資料館編 岩波書店、『ヒロシマを世界に』広島平和記念資料館編、『夏の花』原民喜 集英社文庫、『原爆詩集』峠三吉 平和文庫 日本ブックエース発行、『忘却のしかた記憶のしかた』
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2020年09月05日

やすみ

コンニャク座の稽古場へと通う日々が終わってしまった。

稽古場というおとなの遊び場。

“場”を持つのは舞台人の夢ですが、その夢をかなえるのは至難の技。

維持するお金の問題が大きいけれど、運と縁もある。独立してから場を持とうと悪戦苦闘したけれど縁がなかった。

「求めつづけよ、されば与えられる」

ひとつの場所に集まって作品をおもしろくするためにみんなでワイワイやるのは、ほんとうに楽しいのです。舞台の醍醐味。

いろんな人がいて衝突もあるし合わない人がいたり揉めごとも多いしたいへんだけど、それがおもしろい。

今回は外部から入っている身、いわば旅人のようなもの。そんな気楽な身だから、より楽しかったのか。よそ者の疎外感と寂しさもたまに感じた。

自由と不安は背中あわせ。集団の中にどっぷりと入って生きていくのは、それはそれでいろいろと面倒なもの。ストレスも多いし逃げ場のない苦労もある。そんな不自由はあるけれど、集団の中にいる安心感もある。

劇団というのは言ってみれば、社会からのはみ出しものの集まり。片寄っていたりどこか問題があったり抜けていたり欠けていたりする。変であればあるほどおもしろいなんていうところもあるので、協調して生きていくのはむずかしかったりする。

普通のことができるのであれば、普通に生きていけばいい。できないからこんなことをやっているのか。

けれども社会の一部ではあるので、社会的なところはないと生きていけない。

そして生きていくために、いろんな仕事をやらなければならない。男性は道具仕事をやるひとが多い。これは舞台の仕込みを道具をもって、じぶんたちでやるところからきている。

古巣、大駱駝艦もダンサーたちで舞台のいろいろをするし、鉄割アルバトロスケットも役者たちでやる。もちろんこんにゃく座も、歌役者さんたちで舞台のいろいろをやります。

道具仕事の得意なひとや照明の仕事の得意なひと、衣裳のことが得意なひと。それぞれ適材適所、分担して作業をします。

今日は俳優座劇場に入って1日中、舞台を仕込んだり美術をつくったり照明を吊ったり楽屋を整えたりする日なので振付はお休み。

明日は舞台稽古。劇場の舞台で実際にうごきます。劇場というところは本格的な遊び場。その遊び場で最後の調整に入ります。

劇場の空間にからだを慣らしていく。舞台にからだを馴染ませていき、存分にこころを遊ばせていく。

そんな時間のはじまり。

劇場へ入ると、いよいよ本番が近づいて来ている感じがしてくるのです。

わくわく。

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『模写 2020.9.5』
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2020年09月06日

戦後の混乱、戦争の爪あと

いつのまにか9月になっています。

2日は世界的な終戦記念日でした。

大日本帝国が負けを認めて東京湾の戦艦ミズーリ号で降伏文書に署名をした日。

この署名によって正式に第二次世界大戦が終わった。

ナチスドイツが1939年9月1日にポーランドに侵攻し、はじまった第二次世界大戦。ちょうど6年間つづいたのか。

ヒトラーが自殺して1945年5月に連合国軍に敗北、解体されナチスドイツ帝国は滅亡。

そのあとも孤軍奮闘しつづける大日本帝国。

沖縄を奪われ広島に原爆を落とされ、長崎に原爆を落とされ1945年8月14日に昭和天皇がようやく負けを認め大日本帝国は消滅。

しかし8月15日の天皇による玉音放送のあとも、本土決戦を叫ぶ若い将校たちの反乱がつづく。

大陸では関東軍が武装解除命令を拒んだことで中国共産党軍は関東軍に攻撃を仕掛け、8月15日から11月末まで戦闘がつづいた。

北からはソビエト軍が攻め込み日本兵を捕虜にしつづけ、8月23日から約57万5,000人が過酷なシベリアでの労働に従事させられた。

極寒のシベリアで約5万5,000人が亡くなり、約1万5,000人が行方不明になる。

抑留は最長で11年間、つづいたそうです。

南方の島々では命令系統がなくなり取り残された兵士たちは必死で生き延びる。捕虜になった兵士は軍事裁判で裁かれた。それらは公式なものもあったが、報復という名のリンチや虐殺もあった。

最後の処刑がおこなわれたのは1951年6月、ニューギニアのマヌス島。最後の戦争服役者が釈放されたのは終戦から13年後の1958年12月だった。

日本兵の過酷な逃亡生活も発生した。そのなかでも横井さんと小野田さんが有名です。

「恥ずかしながら生きて帰って参りました」

とのことばを残した横井さんは、1944年からグアム島に派遣され、以来28年間、終戦をしらないままジャングルに潜伏。1972年2月、島民に発見され、57歳で日本に帰還した。

横井さんには2人の戦友がいたが、発見される8年前に亡くなっていた。

小野田さんは、1944年12月からフィリピン・ルバング島に派遣され、任務解除の命令を受けられないまま戦闘状態をつづけた。

1974年3月、作戦任務解除令を受け、51歳で日本に帰還した。終戦から30年の月日がたっていました。

シベリアや南方の島々の遺骨の問題や原爆訴訟など、そのあともいろいろとつづく戦争の後遺症。

衝撃が大きければ大きいほど傷は深くのこり、いつまでも癒えることがない。

75年たっても引きずりつづけるのは、傷の深さを物語っているのでしょう。

ことしも死者を思う夏が終わろうとしている。

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『ふたつの太陽』

参照:2020年8月23日 毎日新聞 | Wikipedia
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2020年09月07日

しあげをごろうじろ

俳優座劇場入りしました。

俳優座は東京六本木の一等地にあるとんでもなく贅沢な劇場です。

詳しくは知りませんが劇場代もとんでもなく高そうです。

ただでさえ高いのにガイドラインにより、客席が1席飛ばしで半分しか入れられません。

喋るわけでもないしマスク着用がルールのようなので、1席など開けなくても良いのに困ったことです。

同じように喋るわけでもないしマスク着用がルールになっている、満員電車とほとんど同じ条件だと思うのだけどなあ。

満員電車ではもちろん1席など開けません。皆さん平気でとなりに座ってくる。でもそれで良い。それで良いし、劇場も1席など開けなくて良いのです。

座ってる時間が違うという話しもありますが、電車でも1時間近く乗ることはあります。へんなの。

シアターサンモールで集団感染が発生したのは、感染している役者が出演しつづけたためです。しかも感染者がいた場合の念のための飛沫防止対策、舞台と客席を開けるいうことをしていなかった。

いまは舞台と客席は念のため2メートルは開けるのがルールのようです。

それはさておき。

至近距離で見る稽古場だと気になるようなことが、劇場だと気にならなくなってよりおもしろくなって来ています。舞台美術もできあがり、照明もついてどんどん本番に近くなってきている。

今回の作品は美しいひとばかりの源氏物語の中にあって唯一の不美人、末摘花姫の物語りです。鼻が異様に長くて赤くて背が高く痩せていたとか。アラブ人とのダブルだったという話しもあります。

現代だったらもてはやされたかもしれないが、美の価値観は時代によって移り変わっていく。

顔や姿かたちという外側の見てくれに翻弄されるわたしたち。

舞踏家としては、そんな一般的な価値観からは遠くはなれて関係なく生きたいとつねに思っております。

・・・たった一度の逢瀬を頼りに、源氏の君を一途に想うお姫さま、末摘花。

その生活は年々苦しくなり、荒れ果てたお屋敷からは侍女が次々と逃げ出していく。それでも源氏がふたたびあらわれることを信じて、待ちつづける姫と屋敷にのこった女たち。

それぞれの思いが交錯して女たちは火花を散らす。

果たして姫の想いは届くのか。

彼女たちの運命は・・・?

美男美女ひしめく源氏物語にひっそりと咲く、たぐいまれなる容姿の姫、末摘花。

源氏の君との再会を願う姫と姫を取り巻く女たちの物語が、いまはじまります。

乞う、ご期待。

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『汝は人間である。つねにそのことを自覚して忘れるな』俳優座劇場の踊り場にかかるレリーフより。
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2020年09月08日

Suetsumuhana

今日からオペラシアターこんにゃく座、新作『末摘花』開幕です。

お昼にゲネプロというのをやります。

白塗りを塗るか塗らないかで揉めたときに「ゲネプロは本番と同じなんじゃ」言うて、師匠の麿赤兒が一喝したことがあります。

何もかもを本番と同じ通りにやる。

ゲネプロで出来ないことは本番でもできない。なんてことも言われています。

いっぽうでゲネをまったく本番どおりにやらない、鉄割アルバトロスケットなんていう常識外れなグループもあります。

出演者がいなかったりするものな。そのぶん本番になったら常識外れな勢いが出るのでいいのです。間違いが持ち味みたいな特別なところもあるので生きてくるのだな。

深く関わったそして関わっている三つの集団、それぞれいいグループだなあ。と思います。

古巣の大駱駝艦は肌にあい過ぎて20年もいてしまった。いろんなひとがいて喧嘩や揉めごとは絶えなかったけれど、リーダーの麿さんの許容量が途方もないので居心地が良かったのです。

師匠はとにかく風通しの良さを大切にしていた。見習っているところです。

鉄割もいまや20年以上やっていますが、こちらは死ぬまでやっても良いかな。と思っています。リーダーの戌井昭人が天才すぎて求心力が強いので、そこから離れようとした時期もあった。

麿さんと違って同世代ということもあったと思います。

けれども大駱駝艦から独立してしっかりと別にじぶんでやるべきことが出来たので、安心して一緒にやれるようになった。

いぬいくんはいぬいくんで、じぶんはじぶんのあたりまえ。

そしてこんにゃく座。

一緒にやっているとほんとうにいいグループだなあ。と思います。居心地の良さも感じる。

もしも、生まれかわりなんていうことがあるのだとしたらここに入りたい。と思ったりもします。

中学ぐらいから歌を勉強して高校でも合唱部に入って、卒業したらすぐにこんにゃく座に入って。なんて妄想してみたりして。

歌というのは、ほんとうに素晴らしいなあ。と思う日々です。

さて、今晩はダブルキャストの最初の組みの初日です。どちらの組みも、ほとんど言うことがなくなってきています。

さびしいけれどそれでいい。今日、明日で仕事も終わりなのです。

次へ・・・また仕事のない日々へと戻ります。

10月半ばに「空いているので、公演をやらないか」と急遽、お誘いがあったけれど時間がなさすぎるのでお断りした。

時期的なこともあってワイフにも猛反対されました。

いつも売り切れてしまう人気のカンパニー、こんにゃく座も集客に苦戦しています。

いつのまにか自粛が癖になって完全に萎縮してしまっている。

同調圧力による恐怖心も相変わらず。

困ったことです。

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『俳優座のレリーフ』
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2020年09月09日

幕があがる

オペラシアターこんにゃく座、新作『末摘花-すえつむはな』開幕しました。

初日は緊張感が漂いつつも、その緊張感がいい具合に作用。

集中力にあふれた舞台でした。

もう少し笑いがあるかと期待したけれど、それほどでもなかった。客席がいつもの半分で、みなさんマスクをしているので反応がわかりにくかった。

笑わせるというのは、むずかしいことなのだなあ。と観ながら思った。

じぶんの舞台でも笑いは大切にして意識していますが、舞踏は笑っていいのかどうかわからないところがあるらしい。そういうときは笑っても良いのですよ。という雰囲気づくりが大事です。

そのへんは鉄割アルバトロスケット主宰の戌井昭人氏がとっても上手で、最初から緊張感を崩して笑いの方向へと観客のこころを持っていく。舞台の敷居を限りなく最初から低くするあの感覚は天性のものでしょう。

笑いというのは反応がわかりやすいぶん、気にしはじめるとキリがなくなってしまう。

今回は喜劇だけれども悲劇でもあって、ひとの不幸は他人にとっては愉快である。というような塩梅。

距離をもって観ると滑稽なのだけど、のめり込んで観ると哀しいお話でもある。

演出意図としては、笑わせるというよりはのめり込んで観せる方向なので演出家の思った通りにはなっているのか。

こんなときだから礼は一回で終わろうと決めていたら、フィナーレでは拍手が鳴りやまなくて急遽二回に。みなさん舞台を観るのをこころ待ちにしていたのが伝わってきて、鳴りやまない拍手を聞きながらじーんとした。

あれこそが舞台の醍醐味なのです。オンラインなどではありえない、場を共有する臨場感と感動。

舞台って良いものだなあ。とこころの底から思った。はやく自然に舞台を観れるようになることを祈ります。

ワイフが観にきていたので一緒に帰宅。

売れっ子でひっぱりだこのモモンガコンプレックス主宰のコンテンポラリーダンサー、白神ももこさんも観にきていて一緒に帰った。白神さんはこんにゃく座の振付をやっているのです。

そういういま誰が旬で売れているのかということを感じる、こんにゃく座のアンテナは素晴らしい。

休憩で顔をあわしたら「おもしろいですね」といっていてよかった。

ワイフは「歌がよかった」といっていた。ダブルキャストのちがう組みも観てみたいともいっていて確かに。

そのちがう組みの初日が、今日のお昼に幕開きです。

さあどうなるか。楽しみです。

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白神ももこさん。撮影:北川姉妹
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2020年09月10日

キャスト紹介

今回のこんにゃく座公演はかんぜんなダブルキャスト、紫組と光組という組みにわかれています。

紫組のキャストは姫役が鈴木裕加さん。

彼女のうつくしい歌声を聴いていると「歌というのは天性のものなのだなあ」と思います。普段はどこにいるのかわからない地味な感じですが、舞台に立つとがぜん輝きます。

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姫:鈴木裕加

少将という姫の乳母役は相原智枝さん。

今回はじめてご一緒しましたが年令を聞いてびっくり仰天、若々しくて軽やかで魅力的なのです。歌声もちからが抜けていて上品で伸びやかです。

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少将:相原智枝

侍従という少将の娘、姫の幼なじみ役は飯野薫さん。

歌が上手な飯野さんは西東京市出身で偶然ですが、娘が1時期入っていたミュージカルクラブの先輩なのです。

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侍従:飯野薫

途中で逃げ出したりすぐ戻ってきたり大騒ぎする宰相という世話役は彦坂仁美さん。

彦坂さんは、うごきがいちいちおもしろくて見ているとにやにやしてしまう。絶対音感の持ち主らしいです。

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宰相:彦坂仁美

お節介をやく叔母役は齊藤路都さん。

こんかいはじめてご一緒しましたが、じぶんの性格とはちがう嫌味な叔母さん役をがんばって演じています。名前はルツとよみます。

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叔母:齊藤路都

右近と左近という侍女役だけが、1人ふた役。

石窪朋さんは、喜劇のオープニングをかざる役で楽しくはじまるために歌の練習を熱心にやっていて感心しました。文学座出身。

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右近、左近:石窪朋

紫組では右近を光組では左近を演じていたのは荒井美樹さん。

2017年に入ったというからまだ新人だけれども、じぶんの考えをしっかりと持っているようでした。

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右近、左近:荒井美樹

光組の姫役は高岡由季さん。

2014年に入ったというからまだ6年目、主役に抜擢された感じかなのかな。けれども気負うことなく楽しんで演じているようでした。

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姫:高岡由季

光組の少将は岡原真弓さん。

こんにゃく座の飲酒隊長でいろいろとお世話になっております。岡原さんを観ていると舞台人は遊びごころにあふれていることが大切なのだなあ。と痛感します。

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少将:岡原真弓

侍従役は小林ゆず子さん。

からだの小ささを活かして機敏にうごいて笑いを誘っていました。声に特徴があって、少年のような魅力もお持ちです。最近ビールに目覚めたとか。

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侍従:小林ゆず子

光組の宰相役は花島春枝さん。

からだがおおきくてこれぞオペラ歌手という感じです。歌も声量があって迫力があります。本番では小さくなってしまうとか噂を聞いていて心配しましたが、大丈夫でした。

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宰相:花島春枝

光組の叔母役は山本伸子さん。

国立音大の大学院オペラ科修了という学歴をお持ちで最初から完璧に歌えていたらしいけれど、役づくりで最後まで苦戦されていました。本番は笑いをとっていて良かった。

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叔母:山本伸子
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そうして素晴らしい楽曲を作曲されて、本番では素敵な演奏をされていた寺嶋陸也さん。

大石さんによると光源氏は寺嶋さんだったそうです。

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ピアノ:寺嶋陸也
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2020年09月11日

ふりつけおわり

本番二日目の昼に光組の初日を拝見、これにて仕事は終了。

けっこう笑いが起こっていて良かった。

喜劇なので笑ってもらったほうがいいのです。

演出の大石さんがつけたうごきが的確に笑いを生んでいて感心した。笑いは感性のもの、理屈ではなくてセンス。感心しながら嫉妬心もわいてきて、もっと笑いを探求しようと思った。

ダウンタウンの松っちゃんは、松竹新喜劇の映像をすべて持っているとか。じぶんも、むかしの映像をいろいろとみて刺激をうけるのです。

笑いといえばじぶんの周りではまずは戌井昭人氏ですが、かれは江戸っ子なので子どものときから落語や演芸から影響をうけたのか。

青年になってからは、イギリスのコメディ番組モンティパイソンの影響を受けたようです。じぶんも若い頃に影響を受けていて、大駱駝艦でつくった作品ではいろいろと参考にしてました。

大石さんは、京都出身で笑いが関西センスです。

「吉本新喜劇と松竹新喜劇のどっちが好きですか」と聞いてみたら、どちらというのはないけれど、いまよりもむかしのほうが好きだと言っていた。

吉本でいうと花紀京や岡八郎、木村進が活躍していた頃、松竹はもちろん藤山寛美が活躍してた頃ですね。

花紀京は近代上方漫才の創始者、エンタツ・アチャコの横山エンタツの息子さんです。間寛平の師匠でもある。大石さんが言うようにほんとうに上手です。もって生まれた血のようなものなのでしょう。

むかし藤山寛美のまだ駆け出しの頃の映像を観たことがあるけれど、たったひと言のセリフをアドリブでふくらませて観客を笑わせていた。

花紀京や藤山寛美のちからの抜けた自然なお芝居を観ていると、おなじ舞台人として生きているのが嫌になってきます。

運と縁もあるけれど、やっぱりまずは才能の世界なのだなあ。と実感します。

じぶんはどうか・・・お芝居の才能はないけれどおどりの才能はあったのか・・・どうか。

さて振付の仕事は終わったけれど、しばらくは一日中あたまのなかで歌と曲が鳴りひびきつづけます。

ひかるーげんじのなにだっていうから お姫さまはさすがに貴族ですよ その夢が大切なんですよ にんげんはー 汚い抜け毛のよせ集めー

そぼちつつのみー そでのしたはとれるし 人間すべて思い切りがかんじんどすえ

夢が夢でなくなったんです

さあおでむかえ みなさま そそうのないようにー

すべて音楽つきでループしているのです。

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『俳優座のレリーフ』
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2020年09月12日

崩壊のはじまり

昨日は9月11日でした。

ワールドトレードセンターのツインビルとペンタゴンへと飛行機が次々と突っ込む同時多発テロが起こってから19年がたったのか。

いまも謎が多くてさまざまな説があります。

2001年は5月に処女作品『2001年壺中の旅』という作品を発表したら、麿さんに絶賛されて有頂天だった。いま思えば、かんぜんなビギナーズラックだったけれど、あの当時はまるで場外ホームランをかっ飛ばしたかのように毎日がノリノリだった。

ノリノリのまま10月の狸穴善五郎君振付、演出の『曙』という作品に出演することになって稽古をしていた。

壺中天にいたら麿さんから電話があって「おまえら稽古なんてしてる場合じゃねえぞ、テレビを観ろ」と言われた。

テレビをつけたらそこにはビルが爆発するような映像が映っていた。チャンネルをかえるとビルに飛行機が突っ込んでいく映像が繰り返し映されていた。

それがニューヨークの世界貿易センターだということはすぐに流れてくる情報でわかった。

狸穴君はえらく興奮していたけれど、じぶんはそれがつくりもののように感じて、まるで映画を観ているような感覚があった。これが事実だったらたいへんなことだけど本当なのか・・・

家に帰ってからもニュースを観つづけたが、事実は混沌としていてしばらくはっきりとしなかった。ニューヨークには2機の飛行機が突っ込み、どうやらワシントンのペンタゴンにも突っ込んだとか。

繰り返し流されていた、旅客機がツインタワーへと突っ込むショッキングな映像はほとんどが2機目のもので、1機目の映像は2つしかないようです。

フランスの映像作家、ノーデ兄弟がニューヨークの消防士を取材しているときに偶然、撮影。カメラは飛行機がビルに突っ込む瞬間を捉えていた。

しばらくしたらビルが崩壊する映像も流れてきた。

あのときに夢と自由の新天地、アメリカはなにかが大きく変わってしまった。日本という国が原爆の投下で大きく変わってしまったように。

深く傷ついた国家。

翌年にニューヨークにいって“グラウンドゼロ”と呼ばれる跡地にいった。広島の爆心地“グラウンドゼロ”とおなじように空気が真空になっているような異様な雰囲気があった。

アメリカ人には戦後という感覚がないそうです。

いまも戦争中のアメリカ。

世界中のいろんなところへと兵士を派遣して戦争をつづけている国、アメリカ。

それもこれも第二次世界大戦に勝利してしまったからなのか。

ノーデ兄弟はこの映像で数々の賞に輝いたそうです。
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2020年09月13日

one-drop rule

8月23日、またアメリカでアフリカンが撃たれる事件がありました。

警官が背後から7発も銃を乱射。

撃たれたジェイコブ・ブレークさんは下半身不随になる重傷を負った。テレビでは無抵抗のブレークさんを警官がうしろから何度も撃っているショッキングな映像がながれていた。

あれは完全に殺すつもりだった。車には子どもも3人乗っていたとか。

8月25日には、デモ参加者2人が少年に撃たれて死亡、29日にも、デモ参加者がトランプ支持者に撃たれて死亡。いまアメリカには抗議デモに対する武装した自警団がいるようです。

31日にもまたまた、黒人男性が警官に射殺された。警官は10発以上も銃を撃っていて、抗議のデモンストレーションは広がっています。

「あなたがたが目撃しているのは、私たち黒人が曽祖父母の時代から受けてきた非道な扱いに対する、正当な異議申し立てなのです。」

黒人を描く文学のありかたを決定的に変えたといわれ、黒人女性としてはじめてノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスンはそう語る。

国のリーダーのトランプ大統領は、混乱を暴力で鎮圧しようとしている。

そして差別を解消する方向ではなく、相変わらず分断をあおるほうを向いている。25日の事件をおこした少年を擁護、29日の容疑者も擁護した。

そんな混乱しているアメリカ合衆国の大統領選挙が11月に迫っています。

大統領選ですが、トランプが選挙結果を認めない可能性もあるとか。もしかしたらアメリカが南北戦争の頃のようにふたつに分かれる大騒動になる可能性もでてきている。

民主党候補のバイデンさんは、副大統領候補に父親がジャマイカ出身で母親がインド出身のカマラ・ハリス上院議員を選んだ。

そのハリスさんの記事のなかでアメリカにはワンドロップ・ルールというのがあると知りました。先祖に1人でもアフリカンがいれば黒人として差別される。

ワンドロップ・ルールは、アフリカの血が“一滴”でも流れていたら、そのひとは黒人とみなされるという法的な人種差別の原則で、歴史上アメリカでは重要なルールとみなされていたのだって・・・

人類の歴史はアフリカからはじまったという。

いま生きているこの地球上のひとのからだに、アフリカのひとたちとおなじ血が流れているのです。

トランプさんにもアフリカンの血が入っているし、このじぶんにもアフリカンの血が流れている。

ワンドロップ・ルールで考えたら、地球上のほとんどの人間が黒人ということになるのです。

おもろいやん。

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『トニ・モリスン女史』

参照:2020年6月24日、8月11日、8月21日、8月28日 朝日新聞
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2020年09月14日

差別の授業

おはよう。

みんな、宿題はやってきたか。

そうや、宿題はお父さんお母さんはどこで生まれたかやったな。

そんでは、お父さんお母さんが東京で生まれた人は手を上げろ。はい、それ以外のやつらは廊下へと机を移動しろ。

東京は日本の首都や。

東京生まれの人のほうが偉いのは当たり前。これからは、両親が東京で生まれたひと以外を非東京人と呼ぶことにするで。非東京人のやつらは両親が東京生まれのひとの名前を“様”をつけて呼ぶことに決める。

はい、田中。「それは理不尽です」やて?やかましい。世の中いうのは理不尽なもんや。よう覚えとけ。

これから掃除はすべて非東京人がすること。以上や。


おはよう。

昨日、先生、両親が東京生まれのひとのほうが偉いと言うてたけど、間違ってたわ。ごめん。

お父さんお母さんが東京生まれと手をあげたやつらは残念やけど、家へ帰って自粛や。

ウィルスいうめっちゃ怖ろしい、死にいたる病原菌に汚染してるかもしれへんねん。

トイレの掃除は両親が東京出身のやつらの仕事と決める。はい、木村。

「なぜぼくたちが掃除をしなければいけないのか?」

ええ質問や。それはお前らがウィルスに感染しているかもしれんからや。感染者数がいちばん多い諸悪の根源、東京以外のやつがトイレに触ることはできへんねん。

いうてみたら東京問題や。はい木村。

「逆にぼくたちが触らないほうがいいのでは?」

掃除のときは手袋をはめてマスクをするから大丈夫や。ほかのところはけっして触ったらあかん。ひととひとのあいだは2メートルあけるように。掃除のあとはアルコールですべて拭くように。

いまから配る布マスクをして掃除でくる以外は、家でおとなしくしててくれ。学校にきたらあかん。お前らだけ、授業はオンラインでやるで。

みんなにうつしたら迷惑やからな。

それ以外のひとは両親が東京出身のひとには近づいたり話したりしたらあかん。触ってもあかん。ウィルスが感染したらめっちゃ怖いで。

もしかしたら死んでまうかもしれんからな。

そんでは今日はこれから、保健のテストをやる。

耳あかをとって、それが乾いているか湿っているかを調べる。


乾いている人?

はい。お前らは大陸から日本へとやってきたやつらやから、廊下へと机を移動しろ。

耳あかが湿っていたひとたちは、そのままでええで。

きみたちは選ばれた人間や。生まれながらの日本人で、とっても偉い。掃除もせんでええし、これからいろいろとひいきをしていくから。

それでは授業おわり。

アメリカの教師、J・エリオットが50年前におこなった白人児童を眼の色で分ける人種差別の実験を参考にアレンジした、諸岡カリーマさんのコラムをさらに参考にしてアレンジ。

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『差別の先生』

参照:2020年7月4日 東京新聞
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2020年09月15日

そして次へ

オペラシアターこんにゃく座、新作『末摘花-すえつむはな』

全公演が終わってしまいました。

楽しいときはすぐに過ぎ去ってしまうもの・・・

最終日はどれぐらい作品的に成長したか観にいきたかったけれど、座席が空いていなくて拝見できずに残念。

しかしもうすぐ劇場の座席をひとつ飛ばしにするなんていうへんなことをせずに、満員にしても良くなるようでほっとひと安心。

楽日は岡原真弓さんが感極まってセリフを喋れなくなったり、花島春枝さんがプレッシャーに負けていいところで声が小さかったりといろいろとあったようですが無事に閉幕。

作品的には、とても評判が良かったようで関わったものとして嬉しい。

歌が良かったという感想が多かったとか。こんにゃく座の主役は歌。振付も踊りも脇役、とにかく歌が生きることを大切にします。

どんなにかっこいい振付やおもしろい踊りでも、歌いにくければもとも子もない。

そこが踊りも重要なミュージカルとは違うところかもしれない。ひとりで朗々と歌うアリアなんかはあまりうごかずに、すっと立って歌うだけのほうが良かったりします。

台本がいいという感想もあったとか。まず、お話がおもしろかったのだな。

けれども台本というのはまさしく作品の台になるもの。それを土台に活かすも殺すも演者だったり演出だったりする。演出の大石さとしさんの手腕が良くて、歌役者さんたちが頑張ったからこその評判なのでしょう。

出演者全員がむずかしい歌をうたいきって、歌唱力がアップしたようです。

みなさんそれぞれ評判がいいようですが、姫役の2人の評判がとっても高いようです。なんといっても主役ですからそれでいい。

鈴木ひろかさんが評判が良いのはいつものことでしょうが、高岡由季さんが評価を上げたようです。いい役をもらってそれを見事にやってのける。伸び盛りの若者ゆえの醍醐味。

ことばがわかりやすかった。という感想も多かったようです。

大石さんと音楽監督の萩京子さんもそこを度々、注意していた。ことばがわからないと物語もわからなくなってストレスになってしまうのか。

作曲をして本番はピアノを弾いていた寺嶋陸也さんが光源氏だというのは、観ているお客さんにも伝わっていたようです。

今回、振付としてのこころのこりは光源氏に振りをつけられなかったこと。

けれども大石さんがとってもこだわって光源氏を演出しているのがわかっていたので、口を出せなかった。いや出さなかったのか。

でもそれでいい。

ひとつ悔いを残してまた次へいくのです。

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振り付けをする雲太郎さん。Photo by Yuzuko Kobayashi.
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2020年09月16日

ゲンパツマネー

ずいぶん前ですが、赤松利一さんの『藻屑蟹』を読了。

赤松さんのことは、戌井君が連載しているウェブマガジン“CHIRATTO”で知りました。

小説は原発の復興事業をめぐるお話。

冒頭に原発避難民が受け取る補償金のことがでてくる。

避難民が多額の補償金でパチンコ屋で遊び、飲み屋で散財し、風俗店をはしごし、高級車を乗り回していると書かれていた。

しかしこれは黒い雨の訴訟とおなじで線引きによって、補償金をもらっているひととそうではないひとにわかれているようです。

目に見えない放射能という厄介なもの。

主人公は友達に誘われて除染作業の現場監督になる。

立っているだけで50万円。その友達は除染員の人足代の手数料だけで月に300万円を手にしているという。

高線量被爆者の隠蔽の片棒をかつぎ電力会社の重役に、口止め料として300万をわたされる場面がでてきた。

これはフィクションですが、新聞にはワイロとして200万を渡したとか2,000万の口止め料を渡したなんていうそんな記事が実際にのっている。

300万を手にした主人公は荒れる。不正に加担して大金を手にしたことに対しての自己嫌悪。

電力会社を脅迫した友達は闇へと葬られ、そのかわりになるように言われた主人公は月300万の収入にこころが揺れる。

あたらしくあらわれた請負会社の担当には、月の収入が500万になることを告げられる。ただ立っているだけで500万円・・・

そんなことがあるのかなあ。と小説を読んだけれど、ある日の朝日新聞にスクープがのっていた。

『復興事業で裏金作り』

“下請けからゼネコン幹部に還流。裏金は少なくとも1億6,000万円にのぼる。東京国税局の調査で発覚”

大手ゼネコンから下請けに工事が発注され、下請けは金額を水増しして請求。ゼネコンは請求通りに支払い、下請けが過剰接待や現金でゼネコン幹部に戻すという仕組みだったそうです。

高級クラブでの一回100万以上の飲み代、ホステスにプレゼントする高級時計、フィリピン旅行の旅費に50万の小遣い、etc...etc...

汗だくになって働いていたひとが、クラブで飲み歩き支払いが一晩で300万になり家族のハワイ旅行がファーストクラスになり、ボロボロのクラウンが最高級車になる。

震災後の数年は巨額の復興マネーによる復興バブルと呼ばれて、いろんなひとたちが人生を踏み外しじぶんを見失っていったようです。

小説の主人公はそんな世界に嫌気がさして金をかえしすべてをチャラにして、人生とじぶんを取りもどす。

原発にまつわるお金のはなしは数限りなくあります。

原発マネーという、いまもひとのこころを狂わせつづけるものについての小説でした。

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『赤松利一さん』

参照:『藻屑蟹』赤松利一著 徳間文庫 | 2020年7月27日、28日、29日 朝日新聞
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2020年09月17日

次郎長伝

「スシ食いねえ、スシ食いねえ。スシがねえからイシ食いねえ。」

今年は清水の次郎長、生誕200年だそうです。

博打と喧嘩がべらぼうに強くて子分、客分のためなら命をかけて闘う。ひとたび怒れば、泣く子も黙る伝説の大親分。

次郎長は静岡県の清水みなとで生まれた。米屋に養子に出されたが15歳で家出、20歳のときに喧嘩の果てに人を斬り殺して静岡を出奔して無宿者になった。

諸国を旅して修行を積み交際をひろげ成長した次郎長は、清水にもどり縄張りをもち一家を構えるようになる。

そのあといろいろな喧嘩で名前を上げていく。

江戸後期には名だたる博徒があちこちにいた。次郎長のかたき役、黒駒の勝蔵も山梨の大親分だったとか。

幕末の動乱のときに飢饉のために庶民のあいだに格差がひろがり、貧しい農家の若者が食べていくためにいまでいう反社会勢力になったのだといいます。

明治元年、幕府の軍艦咸臨丸が清水みなとに停泊していたところを、明治新政府の軍艦に攻撃されて乗組員全員が死亡する事件があった。

戦死した乗組員の遺体は新政府を恐れて誰も処理しようとする者がなく、清水みなとに漂い、腐敗するまま放置された。

これを見かねた次郎長が舟を出して遺体を収容し埋葬した。

とがめる新政府の役人に「死ねばみな仏にござる。仏に官軍も賊軍もない」と言い放ったという。

もどした嘔吐物をすべて飲み直したと伝説がのこる豪傑、山岡鉄舟がそれを知り感銘をうけて親交を深め、そのあと次郎長は社会事業に乗り出していく。

富士山の裾野を切り拓き、お茶の輸出に尽力し英語の私塾を開いたり石油の開発にも携わったりまるでビジネスマンのように活躍しながら、喧嘩や揉め事の仲裁にも明け暮れる。

次郎長は帯刀をゆるされ街道の警護役、いまでいえば警察署長のようなこともやっていたそうです。

幕末のミカド、孝明天皇ともつきあいがあったとか。

1893年、風邪をこじらせ死去。享年74歳。

地方の渡世人が全国に名前を知られるようになったのは、波乱の生涯が講談や浪曲などを通じて広く伝わったから。

大正、昭和にかけて広沢虎造が『清水次郎長伝』で一世を風靡。

「旅ゆけば〜 駿河の道に 茶の香り〜」

静岡出身の星野建一郎のおばあちゃんが次郎長に抱かれたことがある。と言っていた。

「つうことは、星野が次郎長の子孫という可能性もあるのか・・・」

感心してたら、あばあちゃんが赤ちゃんのときの話しだったのでした。

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森の石松死後の次郎長一家集合写真。This imege comes from kazu saka - YouTube

参照・引用:2020年9月7日 朝日新聞 | Wikipedia.
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2020年09月18日

えいがおんがく

久しぶりに映画館へ。

上映前、座席がひとつ飛ばしで左右あいているし喋るわけではないし、咳も出ないのでマスクを外して上映を待ちます。

静かに待っていたらひとがやってきて、マスクの着用を強要された。

マスクをする理由とかどうでもよくなって、マニュアルとかルールとかそんなもので行動を縛られるのは納得がいかない。

最近マスクをながいあいだしていると耳が痛いのです。喉のところもすれて痛いのです。なので映画がはじまって辺りが暗くなったら、こっそりとマスクを外します。

映画は『ようこそ映画音響の世界へ』

タイトルどおりに映画の音響についての作品でした。

ひとが最初に得る五感は聴覚である。ほんとうかどうかはわかりませんが、作品ではそう言っていた。母親の胎内で聴く心臓の音。父親の喋りごえ。

映画は映像と音とによってできているのはいまは当たりまえで、効果としては半分半分と言われるほどに重要な要素。

けれども映画のはじめはサイレント、音がなかった。エジソンが蓄音器を発明し映画に音がつけられるようになって、ラジオの発明で音の技術が飛躍的に広がった。

そのラジオの音の世界を映画に持ち込んだのがオーソン・ウェルズだそうです。

そこから映画の世界の音も進化していく。とかとか解説がつづくけれど、途中からことばが多すぎて嫌になってきた。

もっと音にこだわった作品かと思っていたら音響についての説明ばかりで、肝心の音をしっかりと聴かせてくれないのでフラストレーションがたまる。

目をつぶってもことばは聞こえてくるのであきらめて観つづけます。

ハリウッドでは映画づくりが工場での大量生産のようになり斜陽になって、音も使いまわしばかりになる。

そんななかモノラルだった音がステレオになる。いちはやくそれを取り入れたのが歌姫、バーブラ・ストライサンド。

そして閉塞感を打ち破るのはいつの時代も若者です。フランスでヌーベルバーグがあらわれ、アメリカにはビートニクがあらわれてスタジオから街へと飛び出す。録音機器もポータブルなものがあらわれる。

トリュフォーにゴダールにフォンダにコッポラが活躍。

そうしてジョージルーカスとスピルバーグというエポックメイキングがあらわれ、etc...etc...

映画の音響はいろいろな音と音楽と、そしてセリフがハーモニーを奏でて織りなしている。

そう賛美しているその作品自体は、ほとんどセリフで出来ていた。

ラストに1分ほど音だけになって、やっとすこし気が晴れたのでした。

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『三木富雄の耳をスケッチ』
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2020年09月19日

墓碑銘

彼は決して大人にならなかった

しかし成長をとめることもなかった

He  never  grow  up, 

but  he  never  stopped  growing  up

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『epitaph』
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2020年09月20日

からだひとつ

大先輩、室伏鴻の映像を拝見。

タイトルは“Ritournelle-partU

調べたら意味はルーティンやリフレインとのこと。繰り返しか。

確かに繰り返すおどりが多かったか。いやそういうことではないのか。文学好きの室伏さんだから、なにかもっと深い世界がバックにあるのか。

観ていると、うごきがいちいちおもしろい。かたちがいちいちおもしろい。うごきに無駄がない。キレが良くて研ぎ澄まされている。足音やあらゆることが、計算され尽くされているのを感じる。

けれども野性的にも野蛮にも感じる。

飛んだり、跳ねたり、回ったり、激しくうごくわけではない。たいしたことをしているわけではない。けれど集中力と緊張感が凄まじい。引きつけられていたら、とつぜん素に戻ったりする。

室伏さんと一緒に舞台に立ったことのある、コンテンポラリーダンサーの黒田育世さんに聞いたけれど“ナルシスの分断”というそうです。

物語りではなく、その瞬間に生きている。しかしからだというものを媒体にして、異世界とアクセスしているのを感じる。いまその瞬間に切実にからだひとつでおどるけれど、からだだけではないほのかに感じる物語り。

途中で「Who are you?」と叫ぶのが、なにかの手がかりになりそうでならない。けれども独りで何かと闘っているのはわかる。常に喧嘩腰である。

そのあと「ゴドー!」とも叫んでいた。目に見えぬ、運命のようなものと闘っていたのか。

からだが銀色なのは何故なのか?

わからない。わからないけれど観ていておもしろいからそれでいい。白でも金でもなく銀。そこには何故か説得力がある。室伏さんのなかに説得力があるからでしょう。

からだを何度も繰り返し投げだし放り投げ痛めつける。もと山伏の室伏さん流の五体投地にみえてくる。真似したことがあるけれど、からだじゅう傷だらけになっていまだに骨盤がズレている。

真似のできないからだの使いかた。

土方巽のその先へといった室伏さん。じぶんも室伏鴻のその先へといきたい。からだひとつで・・・

いやいやそれでは真似になる。寝ているところからはじまる?いやいや、やはり疑うという切り口に突っ込んでいこう。

その切り口でひとのこころを打つには・・・

うたがっても うたがっても のこる からだかなあ

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Photo by Makoto Ebi
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