2021年06月01日

庭を散髪

昨日は申請も終わったので、伸び放題だった庭の手入れをする。

天気もいいので絶好の作業日和です。

まずは門をはいったところにある椿を剪定。にんげんでいえば散髪をするような感じか。切った椿の枝葉だけでごみ袋がひとついっぱいになってしまう。

玄関のボケの木も枝を落とす。この木には鋭利なトゲがあるので紙袋につつんで別で捨てます。「コトバにトゲがある」と言うようにまさにひとを傷つけるのです。

横の水路に切った椿の枝が落ちてしまったので拾いにいく。ついでにごみも拾って雑草も抜く。途中にやはりトゲのあるバラ科の木が生えているので、剪定バサミで切ってすすみます。トゲがあったり臭い匂いを出したり自然の知恵ってのは不思議です。

自己防衛のためだろうけれど、敵意に満ちている感じがするのは攻撃的だからか。

そういえばカメムシってのはじぶんの匂いの臭さで死んだりするそうです。戌井君のエッセイに書いてありました。

そのあとは舞台のまわりの木を剪定していきます。

舞台右側の袖がわりにしようとしている、名前がわからない木の枝を落としていく。この木には小さなちいさな花がたくさん咲いていて、ミツバチをはじめとする虫たちがいつも蜜を吸いにきている。

ちいさなアリも下から行列をつくってのぼっているので、よほど美味い蜜のようです。木や花は蜜を虫に与えるかわりに花粉を運んでもらう。これも自然の知恵です。

楽屋前の木も枝を落としていく。下に生えている野生の玉ねぎがすこし大きくなっていた。

舞台奥のプルーンの木も生い茂ってきているので枝をすこし落とす。ことしはたくさん実がなりそうで、はやくも何個かふくらんできている。

左の袖がわりにしようとしている月桂樹の枝もすこし剪定。ローリエのとってもいい香りがただようので、切った葉をどうするか迷う。乾燥させれば料理につかえるが、まだ青葉なのでどうなんだろう。しかしキリがないので捨ててしまう。

あとは切った枝をごみ袋にどんどん入れて作業終了。

最後にいっぽんヒョロリとした雑草を素手で抜こうとしたら、指がスパッと切れてしまう。

手袋をはめないと雑草いっぽん抜けないかよわいどうぶつ、にんげんなり。

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『graffiti_06_01』
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2021年06月02日

へんなことだらけのよのなかで

昨日は必要必急の移動でした。

8月にソロを踊る劇場の下見。

そして、ちかい将来に振り付けをするかもしれない方の舞台を観にいき、顔合わせです。

喧騒の大都会、花の都はダイトウキョウへといきオリンピックまえの様子を観察するぞ。

バスはいつもどおりの混み具合。海辺の道をきらきらひかるうつくしい播磨灘をながめながらはしります。

バスをおりたら電車へと乗り換え、今回は新大阪へ三宮までいかずにちがう行きかたをしたら、途中で須磨をとおって懐かしかった。そういえば高校のときによく学校をサボって、須磨浜へと泳ぎにきていたのを思い出した。

電車のなかは普通の混み具合、相変わらず隣にひとが座ってくるとギョッとします。

田舎にいると隣に知らない人間が座るなんてまずありえない。都会はやはり異常だなあ。と感じる。しかし時がたつと感覚がにぶくなり慣れてしまい、それが普通になってしまう。

都会で感染症が広がるのは仕方のない状況がある。どう考えても、ひとが多すぎて集まりすぎているのです。

電車のなかはみなさんもちろんマスクです。喋るわけでもないしせきをしているわけでもないので、ほんとうはマスクなんてつけなくていいのに、いつのまにかこんなことになってしまっている。

先日、テレビをつけたらバラエティー番組をやっていて街をぶらぶらする企画で、みんなヘンテコな透明のマスクをつけていて、あまりにもひどいありさまで観るに耐えずにすぐ消してしまいました。

あんなに醜いかっこうをしてまでやらなくていいのになあ。とため息がでた。

新幹線に乗ったら車内は空いているけれど隣にひとが座ってきてビックリ。コンピューターが端から順番につめていくようにプログラムされているのか。

京都から若い女性がたくさん乗ってくる。みなさん旅行のようだった。

名古屋で女性たちはおりて車内は数人になったが、まえに座っていたひとのとなりにもひとが座って気の毒だった。

感染症対策としても、もっと離れて座ったほうがいいのではないのか。

へんだなあ。と思うけれど、この世の中なんてへんなことだらけか。

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『出かけるまえに描いた絵』
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2021年06月03日

だいとうきょうで

上京しました。

人間が多いです。

多すぎます。新宿はお祭りかと思うほどのひとひとひと。そのぶん、いろんなかたがいておもしろいのですが。

聖火リレーでひとが集まるのを避けようとかいって中止したり、人目を避けて隠れてやったりしているようですが都会ではいつでもどこでもひとが集まっています。

おそらく近所のスーパーでさえも田舎の聖火リレーイベントよりはひとが集まっている。

けれども中止してしまうぐらいにひとが集まるのを田舎では怖れて避けている。淡路島の神聖で伝統ある春のお祭りも夏祭りも2年つづけて中止です。

なのに東京でオリンピックなる盛大なお祭りをやられたら、地方の方々はどう思うのだろう。娘の学校はあらゆるイベントが中止されているけれど、日本中の子どもたち母親たちも怒っていますよ。ほんとうに。

そんな矛盾の権化、東京五輪はギリギリのセトギワ。

しかし中止をする権限はIOCにしかないそうで、菅さんがなにを言おうが個人的な見解になるそうです。IOCのバッハ会長はまったく中止するつもりなんてないようで、最終コーナーに入ったとか緊急事態宣言とオリンピックは関係ないとか言っている。

おかしいやろ、ここまでみんなが苦労して我慢して自粛したり、時短営業したり店を閉めたり無観客にしたりと協力してるのに。

感染者が増えてひとが亡くなろうが、とにかくなにが起ころうがIOCにはなんのリスクもないそうで、開催さえすればお金が入ってくるシステムになっているそうです。

IOCのお偉いさんは東京にはミシュランガイドのレストランが多いのに食を楽しむ機会が制限されていると不満を言い、選手団の関係者は半分以下に来日する人数が減らされたけれど、IOCの役員たちは3000人のままだとか。

だんだん腹が立ってきたぞ。

とにかく「かねかねかね」のオリンピックでIOC。会長も副会長も役員たちもみんなまるまる太ってる。

スポーツとはなんなのか?お金のためにやるものなのか?

そういえば、猪瀬直樹さんがオリンピクはビジネスなんです。いうて断言してたな。

はい。

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『graffiti_2021_6_2』

参照:2021年5月27日、28日、29日 毎日新聞
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2021年06月04日

したみ、あたみ

劇場の下見にいってきました。

電車は下りなので空いていてラクラク。

劇場についたら20時までしか開館してないと張り紙がしてあってビックリ。

20時までだったらフルタイムで働いているかたは観に来れない。2時間の芝居ならば18時まえにはじめないと間に合わない。

実質の閉館なのです。聞いたら利用者もみなさんキャンセルしてるみたいだった。

それもこれも緊急事態宣言のせい。緊急事態宣言延長はかんぜんにオリンピックのせい。みんな、ギリギリまでどうなるかわからない五輪に振り回されつづけているのです。

ボランティアの方が1万人辞退したと新聞にのっていた。それはそうです、しごとならばいざしらず、ほぼ無償のボランティアだものな。リスクを負ってまでやることではない。

劇場はこじんまりとして見やすそうないい空間。

客席からイメージでもするかと座って舞台で作業するかたがたをながめながら、公共ホールってのはほんとうに贅沢だなあ。としみじみと思う。あらゆる設備が整っていてスタッフがおおぜいいてなんでも使える。

それに比べて都志の舞台はあらゆるものが手づくりでないものだらけ。

閉鎖的な空間にいるせいか重苦しい暗い気分になってくる。劇場というもののもつ圧迫感というか何かやれという雰囲気にも疲れてくる。空気がよどんでいて重たい感じがする。

なんだろう、いつも劇場にいるとだんだん疲れてくるのは・・・しかしスズナリはそんなことはないので劇場によるのか。

立派な舞台でひとりで踊るのを想像すると楽しみでもあり不安でもある。

出演する語りべの女性がセリフを喋っていて、ことばのわかりやすさを痛感。からだのおもしろさはしっかり見せないと発揮されないので、比較して考え込んでしまう。おどりは場を選ぶのか。

下見のあとは打ち合わせ。

巻上さんはそうとう忙しいらしい。日本中を飛び回っているとかで、売れてるなあ。

熱海へと稽古をしにいきたいけれど、どうかな。今年はフジロックにも出演するそうなので、そちらのリハーサルもありそう。

ワクチンを接種すると言ってたので泊まりがけで行きたいところです。

熱海合宿なのだ。

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『舞踏?プレゼンテーション・ショウ』より photo by bozzo
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2021年06月05日

レジャーのようなワークのような

昨日も劇場へ。

今回は下見ではなく観劇です。

会場のある池袋に着いたらお祭りかと思うぐらいにひとひとひと。

観にいったのは、日本でいちばん古い劇団だという『結城座』で、江戸時代から380年つづく由緒ある人形遣い集団です。

内容はシェークスピア作の『十二夜』翻案劇。1人だけ人形つかいではなく出ていた狂言回しというかトリックスター役を、舞踏家の若林淳がやったらおもしろいだろうなあ。と観ながら思った。若林さんはアングラ芝居をやっていて、見てくれとちがう甲高い声が素敵なのです。

もちろんおどりも絶品、歌もうまいので似合いそうに感じた。

振り付けをしたデフパペットシアターとおなじ人形つかいが舞台に出てくるスタイルだったが、はじめたのは結城座さんだそうです。存在が人形よりも目立っているのが気になって、そこが興味深いところでもあった。

人形をうごかすことでからだの身振りが決まる。しかし人形を持たずにいる役者さんは、自由すぎるので振り付けをしてあげたくなった。

デフでは、やっているうちに人間を振り付けることになった。

アフタートークで、十二代目結城孫三郎さんが先代に「おまえなんか誰も観に来てないんだ。」と舞台上のお客さんのまえで言われたという逸話を聞いて、舞台で普段通りに振る舞えるひとがいることにいつもながら驚く。

歌舞伎の十七代目中村勘三郎さんも本番中にプロンプターの声が小さくて「えっ、聞こえないよ。もっと大きな声で言っとくれ。」と舞台のうえなのに平気で喋ってたとか。

みぢかでは作・演出した作品『ぴちがい裁判』に出演してた飯田孝男さんが本番中にセリフがわからなくなって、スタッフが台本を見ながらプロンプトしたら「うーん、ちがうと思うなあ。」と舞台上でつぶやいていた。

わからないから教えてあげたのに、ちがうと普通に答えていたのが可笑しかった。

終演後、まだ早いのでどこかで一杯と思ったらいま、お店では酒を出せないと聞いてビックリ仰天。

飲み屋でお酒を出せないなら実質の休業なのです。

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『ひさしぶりの鉛筆画』
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2021年06月06日

いきものはしぬ

娘がかいこを学校でもらってきました。

かいこ欲しいひとと先生が言いだして、どうするかひとしきり悩んだらしい。

しかしもらわずに後悔するよりは、もらって後悔したほうがいいと手をあげたそうです。

いまは娘の部屋で、もりもりと桑の葉っぱをたべていて可愛いです。最終的には絹糸を吐いてまゆをつくるのか。知っているようで、この目で見たことはないので楽しみ。

じぶんも子どもの頃はあらゆるいきものを飼っていた。

まずは金魚。

お祭りで金魚すくいをやり獲物を持ちかえり育てていた。けれどもすぐに死んで、銀色の腹をみせてくの字に折れ曲がって浮いていた。

なかなか大きく育てるのは難しかった。そのうちにリュウキンを店で買ってきて飼いはじめる。リュウキンは長い尾が特徴で美しいがすぐ病気になって、尾に白いカビのようなものが生えてひっくりかえったりしていた。

金魚は、だいぶん長いあいだ熱心に世話しながら育てていた。

おつぎは昆虫。

まずはコガネムシ。朝はやく起きて木を揺らすとたくさん落ちてきて大よろこびで袋いっぱいにつかまえて、次の日に見たらフンまみれですべて死んでいた。

そのうちにコガネムシよりも希少なカナブンというのを覚えて、そちらを探すようになる。そうしてさらに希少なカブトムシやクワガタを早起きし興奮しながら探していた。

たんぼにいってザリガニをつかまえ、タイコウチをつかまえてタガメをつかまえて飼っていた。

ひよこは買って帰って母親に怒られながら育てていた。けれども弱いので、すぐに死んでしまう。死にそうになると電気アンカで温めたりして看護するが、さいごは冷たくなって硬くなっていた。

つかまえたカメも飼っていたが、冬眠するとか聞いて土に埋めて春に掘り起こしたらミイラになっていた。

いちばん大きなどうぶつは犬で、ずーっと吠えている愚かな犬だったが可愛がっていた。最後は横になったまま起きられなくなり夏だったので、うちわであおいだりしていたが、学校から帰ってきたらつめたくなっていた。

どんないきものも最後には死んでしまう。

そんな無常を子どもごころに感じて、そのうちにいきものを飼うのはやめてしまったのでした。

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『コロネちゃん』
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2021年06月07日

においについて

香害というものがあるとか。

においの害です。

化学的につくられた芳香剤のにおいのせいで、学校へといけない子どもも増えているらしい。あたまが痛くなるほどの強烈なにおいの柔軟剤や洗剤があるものな。

いいにおいだと感じるひととは相性がいいとかいうが、人間によって感じかたがちがう。とくべつな体臭をはなつかたもいますが、それもひとによってはパイナップルみたいないいにおいに感じたりする。

化学的な芳香剤はもっと強烈で、そのにおいをまとったひとが家にくるとしばらくはにおいが消えない。においを発している自分はマヒしてわからないので厄介です。自分はいい香りだと思っていても、他人には耐えられないこともあるので気をつけたい。

過ぎたるはなお及ばざるが如しです。なんでもほどほどがよろしい。そして無香料がほんとはいちばんです。

都志の庭に抜こうとすると、とんでもなく臭いにおいをはなつ、つる系の雑草が生えているのですが、それがなんと有名などくだみ草だと妻に教えてもらいびっくり仰天。

そうかあ、あれが十薬と言われる薬草なのか。薬草だと聞くと急に許せるような気分になるので不思議です。

病気の治療で鼻に詰めたり、地方によっては食べたりもするらしいと聞いて、まじか。

調べたところ凄まじい繁殖力で、しかも抜こうとして千切れてしまうとさらにそこから増殖するらしい。あっという間にいちめん、くさいどくだみになってしまうとかで、怖ろしい。

いまかれんなかわいい花を咲かせているけれど、花が咲くまえに抜かないと手遅れらしくガーン。帰ったら庭がすべてどくだみになってたらどうしよう・・・

芳香剤とちがって抜かなければにおいは発しないのだからべつにいいのか・・・いいのかな。

強烈な芳香剤が存在するいっぽうで、都会では人間がどんどん無味無臭になっていってるのも感じる。無表情で人を殺してしまうようなイメージ。

「人間くさいってどんなにおいですか。」という質問をしている子どもがいたけれど、そんな世界。

においとか手触りなんてのは、どんどん余計なものになっていくのかもしれない。

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『どくだみからのへんか』
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2021年06月08日

ことしもジャジューカへ

2015年のちょうど、いまぐらいにモロッコへといきました。

もう6年まえなのか。

まだまだ、海外へいくなんてとんでもない感じなので、去年にひきつづき日記をひもといて思い出にひたりたいと思います。

あるとき、戌井昭人氏から「モロッコのジャジューカ村へいきませんか。」というお誘いをうけた。年に一回、世界中から限定50人をあつめて3日間のフェスティバルが開かれるという。

とってもおもしろそうなのでふたつ返事でいくことにきめて、赤塚不二夫さんの娘さんがやっているサイトを参考に申し込んで出発の日を待つ。

5月31日、PM22:00に成田空港から出発。途中ドバイを経由してモロッコ・カサブランカへと向かった。

モロッコといえば、作家のウィリアム・バロウズ、詩人のアレン・ギンズバーグ、画家のブライオン・ガイシンとジャジューカに魅了されたザ・ローリングストーンズのリーダー、ブライアン・ジョーンズが思い浮かぶ。

あとはモロッコ砂漠を舞台にした『シェルタリング・スカイ』で有名な、ポール・ボウルズ。

機内で読んだ四方田犬彦さん著の『モロッコ流謫』によって、ほかにも数限りない作家やアーティストがモロッコという国に取り憑かれたようになっていたことを知る。

6月1日、12:55、モハメッドX空港へと到着。

空港から電車を乗り継いでカサブランカのホテルへチェックイン。

イスラム語の文字のうつくしさに目をうばわれる。その流麗でうつくしいフォルムにくらべるとアルファベットのなんと滑稽でみにくいことだろう。

魔女や魔物がいまだに跋扈するといわれる、アラビアの文字をみていると言葉とは呪文なのだということが視覚的に理解できてくる。

2日、8:00にホテルをチェックアウト、電車に乗って3時間かけてタンジェへ。ホテルを探すけれどいっこうに見つからず、電波も入らず携帯の電池も切れそうで人生はじめてのテンパりを経験。

迷いにまよって魔物に魅入られたのかと思ったけれど、ホテルの名前を間違っていただけだった。

夕方、次の日に戌井君と落ち合うカフェド・パリへいってやっと落ち着く。

仮眠してから偶然に導かれて戌井君から聞いていたタジン屋へ。店主のハッサンから“ジャザー”が人参で“ジュルベナ”がさやいんげんのことだと教えてもらう。

24:00、就寝 “スべラへラヘ”(おやすみなさい)

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『メディナの美術館の看板』
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2021年06月09日

モロッコで待ち合わせ

2015年6月3日、鉄割アルバトロスケット主宰で作家の戌井昭人氏とモロッコの都市タンジェで待ち合わせをした。

16時半ぐらいに待ち合わせをしていたけれど「ほんとうに会えるのか?」半信半疑だった。

待ち合わせ場所の“カフェド・パリ”で顔をあわせたときは、映画のなかにきゅうに知り合いが出てきたような、異国の中にきゅうに千歳烏山があらわれたような不思議な感じだった。

カフェでお茶を飲んでいるとミントティーを「ハミガキ粉茶」と形容するので、いきなり笑かしていただく。

本日、泊まるのはリヤドと呼ばれる宿。

リヤドはアラビア語で“木の植えられた庭”とか“中庭のある家”を意味することばで、むかしの邸宅をゲストハウスとしてリノベーションしたところ。メディナという旧市街にたくさんある。

ただし場所がわかりにくいので、2人で迷いながら探しながらむかう。

メディナは入り組んで迷路のようになっているので、すぐに「あれ、ここさっき来なかったっけ」てな感じになる。

前の日にひとりで探検したら、行き止まりにおばあさんがいて指を一本立ててお金を請求された。1ディルハムは10円ぐらいなのであげればよかった。ひょっとしたら魔女だったかもしれないので、魔法を教えてくれたかもしれない。

たどりついたら崖の中腹にあって見晴らしがいいおしゃれなリヤドだった。夜にハッサンのタジン屋へいってたべたスイカが美味かった。

兄弟子、村松卓矢が子どもの頃に「スイカの頂点のいちばん美味いところしか食べなかった」という話しをしたら「威張っているカブトムシみたい」と形容してて可笑しかった。

そのあとに戌井君がまえに行ったという音楽家の集うお店へ連れていってもらって、素敵な演奏を聴いてから帰って就寝。「スベラヘラヘ」

次の日はもう1日、タンジェに滞在。

戌井君は街をウロウロするというのでこちらは海へと泳ぎにいく。大駱駝艦で世界中を旅したが、各地で海があるときはかならず入るようにしている。

いちばん美しかったのはニューヨークの海・・・

リオデジャネイロの海も素敵だった。サンフランシスコの海は北極の海流が入っているとかで、氷水かと思うぐらいに冷たくて死にそうになった。

タンジェの海は綺麗だったけれど、風が強くて砂埃がすごかった。泳いでいるひとはじぶん以外にいなかった。

そのあと待ち合わせのレストランへいったら、腕にinuiと刺青しているおじさんと出会って奇跡のようだった。

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『Tatoo @ Rif Kebdani』
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2021年06月10日

The Master Musicians of Joujouka

2015年6月5日、いよいよ旅の目的地であるジャジューカへ。

朝9時にリヤドをチェックアウト。

まずはタクシーで窓からひとが行き交う喧騒の街、タンジェを眺めながら駅へと向かう。

タンジェの駅から急行列車でガタンゴトンと揺られて海沿いを約1時間、ジャジューカ村の最寄りの駅“El kebir”で下車。

駅に着いたらほかのフェスティバル参加者たちと合流、一緒にタクシーに分乗して村へ。

山の中の国道をゆるやかに上っていき、途中脇道へと入ってガタガタの山道を少し走ったら到着。駅から30分かからなくて以外にちかくて驚く。

そこからすこし歩いてジャジューカ村へ。

緑がゆたかでとちゅうに山羊の群れがいたりしてのどか。まずは村の真ん中の集会場のようなところに集まり、カラフルな布の屋根があるテントでひとやすみ。

村はタンジェよりも暑くてびっくり。海沿いのタンジェとちがって風がない。村人からミントティーを頂いてスッキリ。

ぞくぞくと世界中からフェスティバル参加者が集まってくる。若いひとが多いけれど、おじいさんやおばあさんもいて、みなさん音楽好きで自由な感じのひとたち。

お昼ご飯がふるまわれて「メルシーボクー」

食後にテントで村のかたたちが演奏をはじめる自由な雰囲気のなか、かぎりなくダラダラとする。

参加者全員が集まってきたのか、主催のフランス人のかたがどこへ泊まるのか説明を開始。じぶんは戌井君とミュージシャンのリーダーのお家に宿泊。

リーダーの家へといって荷物をおいて部屋でちょいと仮眠してから、家の中庭にあるベンチでくつろいだりのんびり。ここは時間がゆっくりと流れている感じがする。

夕方にもう一度、テントへといって晩ご飯を食べる。けっこうなご馳走なのでびっくり。そのあとゆったりと時間を過ごしていたら、音楽家たちが正装して準備しているのが見えてわくわく。

テントでいまか、いまかと待っていたらあたりが暗くなってきた頃に、いよいよ、マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカたちの登場、のろのろぞろぞろと入場してくる。

みんなが椅子に着席して合図かなにかあったのか・・・

いきなりミュージシャンたちの凄まじい演奏がはじまった。

音が頭の中を駆け巡りぐるぐるぐるぐるまわって、耳から飛び出ていってテントの中をぐるぐるまわって、また耳の中へと入ってくる。

永遠につづく渦巻きの中に浮いているような気分で、あっというまにどこにいるのかまったくわからなくなっていったのだった。

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マスターたちの演奏に聴きいるむかい君。Photo by Akito Inui.
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2021年06月11日

ジャジューカ村滞在2日目

初日のマスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカの演奏は、とぎれなく夜更けまでつづいた。

終わってからもしばらくは、耳の中で金切りごえのようなチャルメラの音が鳴り響いてどこにいるのかわからないような状態だった。

次の日、起きたら朝食が用意されていて「メルシー・ボクー」しぼりたての牛の乳が美味かった。

水はどこかの井戸からリーダーの奥さんが汲んでくるようで、つかうのが申し訳なかった。いつもザッと水を浴びるだけにしていた。

部屋は寝ているとハエが耳元にフーンと飛んできて、ディズニーランドの『プーさんのハニーハント』のようだった。ハエがやけに多いなあと思っていたら、向かいの部屋が牛小屋だった。

今日も昼ごはんは、テントで食べるので移動。

食後は、また村人が演奏をはじめる。昨日はわからなかったけれど、マスター・ミュージシャンも何人か入っていた。

チャルメラのような楽器“ライタ”をつかうのは夜だけのようで、昼間は笛をつかっていた。太鼓とあと昨日はライタを吹いていたおじさんがバイオリンを弾いて、それがとてもエキサイティングで盛り上がった。

昼間は歌もうたっていた。ひとりがなにかを問いかけると、他がそれに答えるという問答形式になっていて絵解き曼荼羅のようでかっこよかった。

いろいろと世話をしてくれるリーダーの息子、ビラルが調子のりで演奏中におどりだしたりする。

太鼓も好きなようで、しかし下手くそなのでかれが叩きはじめるといっせいにみんなが演奏をやめてどこかへいってしまったのが可笑しかった。踊るのは許されるけれど太鼓はだめなのだな。

ビラルは太鼓は下手だけど笛は素晴らしく上手で夜に吹いてくれたけれど、どこかさびしげな音が美しくこころへ響いた。

父親はマスター・ミュージシャン・オブ・ジャジューカのリーダーであり、偉大な太鼓叩きでありそんな父親に憧れているけれど、彼には笛のほうに才能があるという運命のいたずら。好きなことと得意なことは違うのだ。

いつかビラルは、ライタでジャジューカを率いるようになるのかもしれない。

夕方にまたテントにもどって晩ご飯をたべてそのあと、暗くなった頃にマスターたちがあらわれる。

はじまったらエンドレスループ、昨日よりもながく演奏がつづいて音の洪水に夜通しおぼれつづけたのだった。

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『山羊とすれちがう戌井氏』
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2021年06月12日

洞窟と祭りのおわり

2015年6月7日、フェスティバル最終日。

旅慣れた戌井君がみんなとブロークンイングリッシュでよく喋っていたけれど、じぶんはことばの壁にはばまれてあまり喋れなかった。

おもしろそうなひとがたくさんいたのだけどなあ・・・

けれど、何人かいた日本人であつまったりして閉鎖的になるのは嫌だったので臆することなく、ほかのグループに突っ込んでいった。みなさん気さくでやっぱりおもしろかった。

午後は伝説がのこる洞窟へ。

“ある日、ジャジューカ村にやってきた旅人が、近くの丘にある洞窟で眠っていた。その洞窟で、からだが半分山羊で半分男の“ブージュルード”に遭遇する。

彼はブージュルードたちから村人には秘密にすることを条件に、美しいフルート音楽の演奏を教わった。しかし旅人が村人にそれを教えてしまったため、ブージュルードは怒り狂い村にやってきた。村人は村の娘をブージュルードに差し出して、音楽で彼らを踊らせた。

疲れたブージュルードたちは洞窟へ帰った。その後、たびたび村へ踊りにあらわれるようになった。ブージュルードの出現が村の土地を肥やし村人たちを豊かにしたので、五穀豊穣を願う儀式としてこの演奏が根づいた。

それ以来、村のダンサーが主役となりお祭りで演奏されている”

洞窟へいった帰りに主役をやっているおじいさんと若ものが、ほんの少しのお金をめぐって真剣に殴り合いの喧嘩をしていたのが可笑しかった。

そういえば、毎晩テントに若者が大勢やってくるのだけど、みんないま風の服装でスマホを手にしてチャラチャラしていて、正装で繰り広げられる真剣で伝統的な音楽とのギャップが凄まじかった。

さて、フェスティバルは今晩でおわり。ミュージシャンたちはだんだんと調子を上げてきているようで、噂では今日は朝まで演奏するとか。

昨日までテントのまえにいたかわいい山羊を観ながら、戌井君がジャジューカ村を舞台にした映画のイメージをかき立てていた。その山羊が今日はいなくなっているのでどうしたのだろうと思っていたら、晩ご飯にでてきた。

合掌してありがたく命を頂いて、山羊をたべて神さまに近づいていく。

演奏がいつものようにはじまったらエンドレスループ、最後はみんなでトランス状態で踊って終了。

気づいたらあたりが明るくなっていたのだった。

The Master Musicians of Joujouka Festival 2013 (Boujeloud ghiata)

参照:PHASHION.jp
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2021年06月13日

まつりのおわり、帰国、春の祭典

楽しいときは、あっというまに過ぎ去ってしまう。

三日間におよんだ、ジャジューカ村でおこなわれたフェスティバルは終わってしまった。

2015年6月8日朝、リーダーや息子のビラルと再会を誓いつつ、みんなに別れをつげてタクシーにて最寄りの“El kebir”駅へ。

そこから約1時間かけて列車でガタンゴトンとゆられながら、ジャジューカでの非現実の極致の野生的で濃厚な体験の余韻にひたる。

タンジェの駅からタクシーで街に一歩入ると、クラクションやひとの声といった喧騒でいっきに現実へと引き戻された。

今日は、画家のアンリ・マティスが長期滞在して絵を描いていたことでも有名な大通りにめんした最高級ホテル“エルミンザ”に宿泊。といっても円が強いので、1人1万円もしない。

エルミンザのバーでピアノを聴きながら戌井昭人氏とビールで乾杯。

「生きててよかった」

じぶんの人生でもおそらく3本指に入るビールのうまさだった。ジャジューカ村は厳格なイスラム教で飲酒は厳禁、飲んだら帰されると言われていた。しかもめちゃくちゃ暑いのだけど冷蔵庫などないので、冷たい飲み物をつねに欲していた。

次の日は朝6時半に戌井君にわかれを告げてホテルを出発。かれはあと一週間のこって旅をつづける。北のほうに友達がいるといっていた。

タクシーにて駅まで移動してそこから空港へ。

14:30、空港を出発。「さらばモロッコ、また来ます。」機内では『モロッコ流謫』のつづきを読みながら余韻を反芻。

6月10日夕方、約20時間かけて成田空港へ到着。梅雨空の東京へともどってきた。満員の山手線にのって帰宅。さあ、次の日から新作『春の祭典』の稽古。今回のジャジューカへの旅は、新作の取材も兼ねていたのだった。

春の祭典はストラビンスキーにとって異教である、イスラムの祝祭を題材にした楽曲。そうして生け贄が主題であったりと、まさにジャジューカの世界。

そこから約2ヶ月のあいだ、意気込んで必死で頑張って創作にはげんだ。

結果、春の祭典史上前代未聞、全編無音の春の祭典ができあがった。音響の牛川紀政さんは大絶賛してくれたが、観客の評判は賛否両論だった。

賛否両論だったけれど、春の祭典の初演のときのような事件にはならず話題にもならずに終わってしまった。ちから及ばず・・・

どこかの劇場でひさしぶりに元パブリックシアターのかじやさんに会ったら「春の祭典観たよ、最高だった」とほめてくれた。けれど「賛否両論でした」と答えたら「そうだろうね」と笑っていた。

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舞踏家集団デュ社第2回公演『春の祭典』@D-倉庫 Photo by bozzo
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2021年06月14日

入稿するけど決めすぎるな

最近は連日、東京にてチラシの作業をしていました。

そうして昨日、入稿完了。

入稿したのは、7月からおこなう『デュ社連続舞踏公演』の宣伝用チラシです。

オモテ面は2年前から森雅美さんのすてきな写真をつかわしていただこうと用意していたのでもんだいなし、ウラ面をつくっていた。寝ているときに“まずは顔見世”“そして合宿”とことばが浮かんできたので、デザインにおとしこむ。

まずは7月にやる顔見世公演のもんごんを考えます。デュ社のコンセプトである『?』の要素が入っているといいという湯山の意見を参考にする。

“2018年に拠点を東京から淡路島へと移したデュ社。世界的に活躍する舞踏家、向雲太郎を擁して本拠地『淡路舞踏社』の野外舞台にて「ぶとう?舞踏?」とまずは手はじめ、顔見世公演。”

じぶんで“世界的な”とかいう恥ずかしさに耐えつつ「事実だぞ」と制作をつづける。

値段は2千円・・・2千円をとるということは1時間はやらねば。路上の投げ銭で2千円頂こうと思ったら、そうとうにがんばらないとむずかしい。

期間は2021年7月16日(金)17日(土)18日(日)で、時間は金曜は19時から土曜は15時から日曜は14時からでいいか。金曜日だけが照明がひつようだな。印刷はウェブとはちがって、いちど印刷してしまうと取り返しがつかないので慎重になる。

そして8月におこなう合宿と公演のほうも考えます。

“デュ社ではこの夏に合宿と公演をおこないます。「舞踏ってなんや?」と 考えながら、ともに淡路島にて汗をながしおどりあそぶ合宿生を募集します。”

期間は2021年8月7日(土)〜15日(日)まで。14日と15日に合宿生をまじえて公演をやる。値段はどうしようか・・・もうすこし考えよう。

合宿のほうは“詳細はホームページにてご確認ください。”と考えを練る猶予をとる。

何人募集するか・・・淡路舞踏社には無理をすれば10人は泊まれるが、こんなご時世なので5人ぐらいが限界か。合宿費はいくらにするか・・・食費と滞在費と講師料でひとり5万が妥当なところか。

カリキュラムなんてのも考えなくてはならないけれど、あんまり決めすぎるのは窮屈。

自由がいちばんと独立をしたのだし、じぶんたち独特のやりかたでやりたい。

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『きのう食べたあさりの貝殻』貝の模様って不思議にうつくしい。
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2021年06月15日

情報不足によりワクチンとの因果関係が評価できない

最近はワイドショーの話題はワクチンばかり。

ワクチンありきですべてがすすんでいて、あらがうことはもうできない。

妻のご両親も接種して、じぶんの両親も近々打つ予定です。

すこし前までは懐疑的な声も聞いたけれどそれもなくなり世界各地、日本全国で加速するワクチン接種ですが、その陰で200人ちかくのかたが接種後に死亡しているとニュースでやっていてびっくり。

5月末にワクチン接種から数時間後に急死した兵庫県神戸市の73歳の女性の遺族が、テレビの取材に応じて胸の内を語っていた。

「覚悟もなにもないですから。いきなりでしたから。それがつらいですね、ほんとに。」

5月28日、神戸市に住む73歳の女性は、かかりつけの病院で夫と一緒にファイザー社製のワクチンを接種。当日の体調に特に問題はなく、午後4時半ごろに接種を受けた後、30分ほど病院で待機して帰宅したという。しかし、その後・・・

「テレビを見て、午後7時すぎくらいですかね。胸が痛いから先に休むねと。それが最期の言葉でしたね。」

呼吸が一気に荒くなるなど女性の容体は急変、救急搬送されたが、病院に着いた時にはすでに心肺停止状態で午後8時すぎに死亡。

ワクチン接種後、わずか3時間半あまりの突然の別れだった。

「どこかが調子悪くてという話であればわかりますが、何もない状態でほんとにすぐでした。時間が経つにつれて、考えたらもうワクチンしかないじゃないですか、消去法で言ったらそれしかないですよね。」亡くなられた女性の旦那さんは語る。

実は国内でワクチン接種後に、わかっているだけで196人が死亡している。

しかし副反応を検討する厚生労働省の専門部会は、分析を行った139人について『情報不足によりワクチンとの因果関係が評価できない』としていて、死亡との関連性を認めていない。

「政府が一生懸命やっているのはよくわかるんですけど。因果関係をつまびらかにする必要がある、誰でも打ちなさいということではないというふうに私は思います。」

そう旦那さんは語り現在、大学病院に詳細な検査を依頼していて、ワクチンが原因で亡くなったのかどうかをはっきりさせるべきだと考えているそうです。

合掌。

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『graffiti_2021_6_2』

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2021年06月16日

まっくろとまっしろと千歳烏山とせかいのおわり

ケネス・ブラウアー著『宇宙船とカヌー』を読了。

淡路においていて滞在のおりに気が向いたら読むというスタイルだったので、結構時間がかかって読みはじめてから2年以上たっていた。

父親は“スペースコロニー計画"に参加した世界的な物理学者、フリーマン・ダイソン。その息子、ジョージ・ダイソンは17歳で家を飛び出してカヌーで旅をする自由人で巨大カヌーをつくろうとしている。

暗黒の宇宙科学に夢をはせる父とまっしろな北極の大自然と海にいきる息子。ふたりのエピソードが平行してお話は進んでいき、さいごにひとつになりふたりは対話をする。

カヌーイストの野田知佑さんがジョージ・ダイソンについて書いていて、その世界では伝説的な人のようだった。

戌井昭人氏の小説『さのよいよい』と『壺の中にはなにもない』をつづけて読了。“さのよいよい”は自伝的なお話で戌井君のそだった雰囲気が千歳烏山の景色とともに目に浮かんできて興味深かった。

“壺の中にはなにもない”は、だめなわかもののものがたりで、まるで中島おとうとがモデルのような小説だった。生きるとはどうでもいいような、どうにもならないようなもどかしいものなのだ。

二冊とも読んでいるあいだ、そのしあわせではないものがたりと相反してなんだかふしぎな多幸感というか、何故だかしあわせなきぶんになってやめられなくなり、あっというまに読み終えてしまった。

村上春樹さんの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』を読了。

まえにいちど読んだはずなのに「こんな小説だったかな」となんども思った。

やれやれというつぶやきが結構でてきて実際に主人公は「やれやれ」と思うようなうんざりした境遇ばかりに遭遇する。こころのある現実世界とこころがなくて影のない夢のような、ふたつの世界が関係あるようにないように連続していくお話だった。

読みながら村上春樹さんはことばのひとなのだなあ。とあらためて思いつつ、まどろっこしいようなもってまわった言いまわしに感嘆。

いちどもすがたをあらわさない東京の地下に住むという“やみくろ”の憎悪にみちみちたまっくろい声というのが印象的だった。

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『graffiti_2021_6_16』
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2021年06月17日

ある日の首相

午前
7時3分、官邸。

敷地内を散歩。

7時58分、閣議。8時12分、小泉進次郎環境相。16分、新型コロナウィルスに影響をうけた非正規雇用労働者等に対する緊急対策関係閣僚会議。37分、石川正一郎拉致問題対策本部事務局長。

10時31分、北村滋国家安全保障局長、滝沢裕昭内閣情報官、防衛省の岡真臣防衛政策局長、納富中情報本部長。40分、滝沢内閣情報官。57分、西村康稔経済再生担当相、内閣府の山崎重孝事務次官、田村宏内閣府審議官、林幸宏、井上裕之両政策統括官。

11時18分、西村経済再生担当相。43分、北村国家安全保障局長、滝沢内閣情報官、山田重夫外務省総合外交政策局長、防衛省の岡防衛政策局長、山崎幸二統合幕僚長。

午後
0時10分、東京虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」。同ホテル内の歯科「ミヤタデンタルオフィス」で治療。21分、官邸。

2時、岡田直樹官房副長官、北村国家安全保障局長、安達雅志首相補佐官、外務省の森健良、鈴木浩両外務審議官、福島靖正厚生労働省医務技監。7分、岡田官房副長官、北村国家安全保障局長、阿達首相補佐官、外務省の森、鈴木両外務審議官。20分、小野啓一外務省地球規模課題審議官、福島厚労省医務技監加わる。25分、岡田官房副長官、北村国家安全保障局長、阿達首相補佐官、外務省の森、鈴木両外務審議官。27分、新川浩嗣気候変動対策推進室長、小野外務省地球規模課題審議官、近藤智洋環境省地球環境審議官加わる。35分、岡田官房副長官、北村国家安全保障局長、阿達首相補佐官、外務省の森、鈴木両外務審議官。

3時40分、梶山弘志経済産業省、和泉洋人首相補佐官、経産省の安藤久佳事務次官、荒井勝喜総括審議官。

4時1分、藤井健志官房副長官補、和泉首相補佐官、吉田学新型コロナウィルス感染症対策推進室長、厚労省の樽見英樹事務次官、福島医務技監。35分、林幹雄自民党幹事長代理。

6時56分、衆院第2議員会館。

7時59分、東京・赤坂の衆院議員宿舎。

ふー、お疲れさまです。

あまりの漢字の多さにびっくり。同じひとばかりが出入りしている印象だが、首相官邸には厳重に警備された裏口もあり首相動静に出てこないひととも会っているとか。

それにしてもいろんな役職があるものです。

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『graffiti_2021_6_16』

2021年6月8日 東京新聞 『首相の1日』より
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2021年06月18日

The anniversary of Ko Murobushi's death

今日は大先輩の舞踏家、室伏鴻の命日。

舞踏カンパニー大駱駝艦の創設メンバーであり、らくだかんの基礎をつくったひとりであった。

男性メンバーはらくだにいるときには眉毛を剃るが、独立すると生やしはじめる。けれども室伏さんは生涯、眉毛を剃りつづけた。

けっして揺るがない信念であり、世の中につねに喧嘩を売っているという姿勢があったように思う。その踊りからは、いつも不満を感じどうしようもない怒りを感じる。

室伏さんはもと火を愛する山伏でもあり、腕に布を巻いて炎をまとって踊るのを得意としていた。木の箱の中に入って火をつけて、なかから出てくるなんていう危険なこともしている。

あるときいつまでたっても室伏さんが出てこないので、みんなで心配していたらふらふらになって出てきた。待機しているあいだに揮発した燃料でラリってしまって、出口がわからなくなってしまったそう。

“伐倒”といううしろにまっすぐに倒れるわざも得意としていた。室伏さんは大理石のうえで伐倒したりする。頭を打って失神なんて数知れず。

らくだかん発行の新聞『激しい季節』の初代編集長でありことばのひとでもあり、深淵なことばの数々を肉体をとおして舞台上へと投げ出し深化させていく。

大駱駝艦から独立したあとは、日本を飛び出し海外をベースにして活躍しつづけた。なんでもありの舞踏の真髄をもて遊びながら、世の中もじぶんも疑うということをつねに実践していた。

晩年に何回か教えを請うたが、ことばというよりはおどりを通じてのほうがわかることが多かったように思う。

最後はブラジルで公演を終えたあと、ドイツへ移動する途中にメキシコの空港で倒れて帰らぬひととなった。

享年、68歳。

国内では知るひとぞ知る存在だったが、世界では圧倒的に評価されていた。パリを拠点とする騎馬劇団『ジンガロ』の出演料は、ワンステージ100万だったとか・・・

国外で忙しく活動していたけれど、その飛行機でのたびかさなる移動のストレスが寿命を縮めたのかもしれない。そう思うと認めようとしなかった日本という国に腹が立ってくる。

けれども「死ぬなんてざまあみろですよ」が口癖だったという室伏さんのこと。

べつに誰のことも恨んではいないのかもしれない。

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神山貞次郎写真集『I LOVE BUTOH!』より。
室伏さんの残した本や資料や記録をアーカイブしたカフェが早稲田にある>>Shy
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2021年06月19日

だれのための五輪?

国際オリンピック委員会、IOCのジョン・コーツさんが来日しました。

関係者の来日に対して、IOCからの注文はなかなかにぜいたくでうるさいものがあるようです。

飛行機はチャーターまたはファーストクラス、空港は一般客とは別の専用口を用意すること。バッハ会長到着時は滑走路で式典風に歓迎すること。開会式まえに天皇と面会する。その後にカクテルパーティーを開くこと。その費用は開催国の税金でまかなう。

委員の車移動に一般車両やバス進入禁止の専用レーンをつくること。移動手段は新幹線の一両借りやハイヤーなどにする。

IOC関係者は5つ星ホテルに宿泊する。ホテルでは支配人が季節の果物とケーキをもって部屋まで挨拶に来ること。ホテルのバーは委員用に深夜も延長営業すること。

競技スタジアムにもワインとビールを用意すること、etc...etc...

2019年10月、IOCが突如、猛暑への懸念から五輪のマラソン・競歩会場を札幌に移転する案を勝手に発表。「断固抗議する」と小池都知事。都議会は「許せない、IOCと断固戦い抜く」と息巻いたが反発むなしく4日後、札幌移転は正式決定。

オリンピックとは誰のものでもなく、IOCのためのものだそうです。

日本はただ場所をIOCに提供しているだけ。しかし施設や競技場はすべて開催国が税金で用意しなければならない。IOCはまったくふところが痛まなくて楽しんで豪遊して帰るだけ。

ふところが痛まないどころか、なにもしないでも入ってくる何兆円もの放映権でウッハウハ。

「さて、つぎはどこが立候補するかな・・・やった、パリか、ひさぶり。たのしみだわい。」

そんなばかばかしい実態に立候補する国がなくなってきていて、お金のある国しか開催しなくなっている。立候補しても、その時だけしかつかわない無駄なあたらしい施設やスタジアムをつくったりする都市はなくなってきているとか。

最近は五輪よりも世界選手権に重きをおく選手も多い。

オリンピックをなぜやるのか?

オリンピックとはなんなのか?

ほんとうに人類にとって必要なのか?

この機会に立ち止まって、かんがえてみてもいいのかもしれません。

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『graffiti_2021_6_19』

参照:2021年6月11日、12日 東京新聞 | 2021年5月27日 女性自身
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2021年06月20日

まちがってもいいじゃないか

まちがうことをおそれちゃいけない

ひとはまちがえるいきものなんだ。まちがうということはあたりまえのことなんだ。まちがいだと気づくことが大切なのか。

そうしてその気づいたまちがいをなおすことも重要。いつまでもまちがったままではよくないな。さっさとあやまっちまえばいいんだ。

まちがったものをわらっちゃいけない

みんな最初はまちがえるんだ。それをすぐに忘れてしまう。じぶんにも最初があったことを思いだそう。思いだしたい。そうしておおきなこころで許そうじゃあ、あーりませんか。

まちがった意見をまちがった答えを

ああじゃないかこうじゃないかと

みんなで出しあい言いあうなかでだ

ほんとうのものを見つけていくのだ

いまはああだこうだと出しあったり言いあったりするゆとりがない。はやくはやくと答えを求められる。スピードが速すぎるんだな。忙しすぎるんだ。せまいにっぽん、そんなにいそいでどこへいく。

そうしてまちがった答えをそのままやっていたりする。

ほんとうではないことをやっていたりする。ほんとうのものは少なかったりする。ほんとうのほんものを見つけていきたい。

大切なのはやっぱりうたがうこと。あーでもないこーでもないと試行錯誤すること。みんなで対話することなんだな。

そうしてみんなで伸びていくのだ

みんなで伸びるのではなくてじぶんだけが伸びようとする、いまはそんな時代。みんなで競争する時代、能力主義なんていうぎすぎすしたものがはばをきかせているそんな時代。

誰かが伸びようとするのを待てなかったりする、そんな世界。

じぶんだけがよかったらいいのではない。

ひとはひとりでは生きていけないのですよ。

ほんとうに。

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『graffiti_2021_6_2』

引用:『教室はまちがうところだ』 作:藤田晋治
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2021年06月21日

夢、dream

戌井君の家に遊びにいく。

タダちゃんとシモン君もいる。

2階のトイレを借りようと入ったらドアがあいて、戌井君が首を突っ込んできてギリギリまでへんてこなお芝居をしてくれておもしろかった。

トイレのなかは広くて段ボールかなにかでいろいろとデコレーションしてあって白を基調としてるのだけど、なんだかサイケデリックな感じで目がまわりそうになる。

鉄割がイベントに出ている。

遠くの2階でお客さんは観ていて声がとどいているのかなと心配になる。

鉄割のみんなが、おもしろいかっこをしていてさすが。じぶんは上半身裸で、なんだか馬のようなものを股に挟んでいていまいちに感じる。

ごくつぶしのど自慢をやるというので幕のなかに入るけれど、歌が決まってないのでどうしよう。

順番がまわってきて近くで戌井君が歌をうたうのでなんとなくあわせて歌う。

いちめん真っ白な雪の世界。

だいぶん遠いところへ稽古をしにいこうかと思うが、空を見たらどんよりと暗くなってきている。もう日が暮れそうなので怖ろしいからやめて戻ろう。

真っ白い雪はすべて布団でできていて、寝るときはどれかをつかわないといけないな。もといたところにもどるときに、高校生ぐらいの男女が雪の小山のかげで勉強をしている横をとおる。

女の子が寝転んでとなりに男がわざとらしく倒れたので、そのあとどうなるか観察したいところだがあんまり近くによるとバレそう。

展開が気になりつつもとの場所にもどる。

美術の学校にいる。

まんなかにでかい囲炉裏があるところでそれを囲んで儀式をしている。焼いている積んでいた板が倒れて、前列のおじいさんふたりの肩に乗る。肩が焼けそうなので、どかしにいこうかと思うが大丈夫そうなのでうごかない。

トイレへいったら真っ白なタイルの床でガラス張りで洒落ている。となりにしにきた男のおしっこのしぶきが足にかかって嫌だなあ。

台所へいったらおにぎりを配っていてひと袋もらう。屋上へいってみんなと食べよう。

屋上へいったら、空は曇っていて太陽のひかりは弱いので寒い。椅子に座ると低くてまるでしゃがんでいるみたいだった。

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『シンカンセンノナカデカイタ』
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2021年06月22日

ひつようないどう

昨日は関西へと移動。

7月公演の宣伝、準備、稽古のための必要な帰宅です。

湯山大一郎が加入してはじめての主催自主公演、張り切って参ろう。入場料2,000円を払っても、また観たいと思わせる公演にするぞ。

しかし気負わずにマジメは禁物、遊びあそび。

昼の“ぷらっとこだま”なので、10時に家を出る。のんびりと各駅電車で出発。車内から駅にいるおじいさんが白いマスクをしてとぼとぼと歩いているのを客観的に見て、なぜこんなことになってしまったのだろうと疑問に思う。

駅でまるでお祭りへと向かうような行列に並んで乗り換え。山手線は相変わらず混んでいて横に平気で座ってくるのでギョッとする。

みんなスマホを覗き込んで他人になんて無関心、喋るひともいないのでまったく問題なし。2度と会うことのないひとたちと、ひととき場と時間を共有しすれ違う。

品川でシュウマイ弁当を購入。ビールと合わせたいところだが、昨日飲みすぎたので控える。しかしドリンク券がついているのでビールと交換。やっと新幹線でもお酒が解禁されたみたい。

まだ時間があるので本屋で立ち読み。SWITCHの戌井君のインタビューを拝見。お相手はTEAM NACSの森崎博之リーダーさんで写真の戌井君がふざけていて愉快だった。

インタビューを書き起こすのがたいへんでランニングしながら録音を聴くそうだが、何度も繰り返し聴くのであたまがおかしくなるとか言っていた。

たけしさんが本を出していたのでちょいとペラペラ。漫才ブーム前夜、演芸場ではいつまでも売れないと、観客ではなく同業者に向けて漫才をやっていてだんだんおもしろいと話題になり売れてきた。

しかしそのあと営業で地方へといくとまったくウケなくて、笑いをその場の雰囲気や客に合わせることも大切だと学んだとか。

世阿弥も同じことを言ってるそうで、読みながら都志での公演もあんまり高尚にならないように気をつけようと思った。

その場の雰囲気を感じながら柔らかくいこう。

新幹線に乗ったら窓からの風景を眺める。薄曇りの天気と相まって東京はやっぱり灰色のコンクリートジャングル、単調でつまらないのです。

さらば東京、しばしおわかれ。

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『いつか描いた絵』
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2021年06月23日

沖縄慰霊の日

今日は沖縄戦の『慰霊の日』

なぜ6月23日かというと、沖縄南部にいた日本軍トップが自決した日だからとか。

けれどそのあとも、追い詰められた日本兵が住民を殺害するなど惨劇は終戦までつづいたそうです。

沖縄は太平洋戦争末期に大日本帝国陸軍によって、本土防衛の時間稼ぎの捨て石にされてしまった。

その結果、3ヶ月におよぶ住民をまきこんだ激烈な地上戦がおこなわれ、約9万4000人の非戦闘員の沖縄のかたがたが亡くなった。かき集められた沖縄出身戦闘員も2万8228人が亡くなり県民の4人に1人が犠牲になったといわれる。

一般島民が多数犠牲になった理由は、首里城の地下にあった司令部から多くのひとがいた島の最南端へと日本軍トップが退却していったからだという。

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1945年5月、焼け野原と化した那覇市街上空を飛行する米軍観測連絡機。Photo by Wikipedia.

集団自決という悲劇もおこった。

一部のひとたちは「米軍につかまれば男は戦車でひき殺され、女は辱めを受けたうえでひどい殺されかたをする」と日本軍将兵たちから恐怖を植えつけられていた。

「敵が上陸してきたら全員玉砕だ」

読谷村のチビリガマといわれる、自然洞窟の壕へと140人が避難していた。

「ころさない、でてきなさい」とのアメリカ兵の呼びかけに応じることなく、みずから火を放つなどして肉親相互が殺しあい83人が死に至ってしまった。

そのチビリガマから1キロはなれたシムクガマには、約1000人の島民が避難していた。

米兵がやはり投降を呼びかけるけれど「米軍は鬼畜、自決するべき」と声があがる。

その混乱の中、ハワイからの帰国者、比嘉平治さんと比嘉平三さんの2人が「アメリカ人はひとを殺さないよ」と、騒ぐ避難民たちをなだめ説得し、手ぶらで外へとでていった。

英語で米兵と話しをして全員を投降へと導き、1000人のいのちが助かった。この2人のおじいさんは、普段はなにかと日本兵にたてつく存在で“非国民”と呼ばれていたそうです。

最終的に沖縄戦では約19万人が亡くなった。19万?

たいへんな数で、想像もつかない。それもウィルスで亡くなるとかではなくて、殺しあいながら死んでいく。とんでもないことです。

19万人のひとりひとりに両親がいて兄弟がいて妻がいて夫がいて子どもがいた。猫も飼っていたかもしれない。

永遠に失われてしまった19万のいのち。

それでもまだ、大日本帝国は降伏しなかった・・・

ことしも刻一刻と原爆投下の瞬間が近づいてきています。

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伊江島で戦死した直後のピューリッツァー賞受賞の従軍カメラマン、アーニー・パイル。享年44歳。合掌。Photo by Wikipedia.

参照・引用:2020年6月23日 毎日新聞 | 2020年6月23日、24日 朝日新聞 | 沖縄県読谷村総合情報サイト | フォーラム『沖縄戦における「集団自決」と教科書検定』林 博史 | Wikipedia
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2021年06月24日

おそろしさも、苦しさも、悲しさも感じうる人間感情の極限

沖縄戦でのいちばんの激戦地、前田高地を舞台にした『HACKSAW RIDGE』という映画があります。

主人公のデズモンド・T・ドスは実在の人物。

かれはキリスト教の敬虔な信徒であり、銃をもつことを拒否する“良心的兵役拒否者”として志願する。良心的兵役拒否者とは、信仰や信条によって武器をもって戦うことを拒否する者。

そんな息子に従軍経験のある父親は「戦争はひとを殺すことだぞ」と教える。

入隊してからも銃をもつことを拒否しつづけて上官から嫌がらせをうけ、仲間からいじめをうける。隊長からは除隊をしろと迫られるが、ドスはそうしない。

上官の命令に背いた罪で軍事裁判にかけられて、婚約者がかけつけてきて説得する。しかしかれは答える。

「信念を捨ててひとを殺せというのか?」

「ならば、相手が武器をもって襲いかかってきたらどうする?無抵抗でやられるのか?」主人公は仲間から殴られ、そう問いかけられてもやはり暴力をつかわない。その姿はたしかに美しいけれどそれでいいのか?最愛のひとが暴行を受けていても闘わないというのか?

あした僕は名も知らぬ街で 名も知らぬひとを銃で撃つのさ あした僕は君を守るためと 自分に言い聞かせて ひとを撃っちまうのさ 〜サンボマスター『戦争と僕』より

「わたしは衛生兵として仲間を助けたいのです。ひとりぐらい戦場に殺すものではなく、助けるものがいてもいいのではないですか。」ドスはそう訴え、最後はみとめられて戦場へといく。

その言葉どおりにかれは敵も味方もわからないような前線にて75人の負傷兵の命を救い、良心的兵役拒否者としてはじめてアメリカ名誉勲章を授与された。

75人・・・殺すことの簡単さにくらべて、助けることのなんとむずかしいことか。

ライフルによって脳みそが吹っ飛び、機関銃によって上半身がハチの巣になり、手榴弾によって下半身がなくなり、火炎放射器によって生きながら燃え上がり、砲弾によって粉々に飛び散って死んでいく兵士たち。

残酷だといわれる描写もあるが、現実はあんなものではなかったでしょう。

「ありったけの地獄をひとつに集めた」といわれる凄絶な白兵戦が日本兵とアメリカ兵のあいだでおこなわれた。

「おそろしさも、苦しさも、悲しさも感じうる人間感情の極限であった」

前田高地の激戦で生き残った沖縄の学者、外間守善(ほかましゅぜん)さんの回想より。

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『graffiti_2021_6_23』

引用:2020年6月23日 毎日新聞
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2021年06月25日

みるく世=へいわな世

12歳。

はじめていのちの芽吹きを見た。

生まれたばかりのめいは ちいさな胸を上下させ 手足をいっしょうけんめいにうごかし ひとみにみずうみを閉じ込めて

「おなかがすいたよ」「オムツをかえて」と ちからいっぱい、声のかぎりにうったえる おおきな鳴き声をそっと抱き寄せられる今日は、へいわだと思う。 赤ちゃんの泣き声を いとおしく思える今日は おだやかであると思う。

その可愛らしい重みを胸に抱き、6月の蒼天を仰いだとき いちめんの青を分断するセスナにのって 私の思いは 76年のときを超えていく

この空はきっと覚えている 母の子守唄が空襲警報に消されたできごとを 灯されたばかりのいのちが消されていく瞬間を

吹き抜けるこの風は覚えている うちなーぐちを取り上げられた沖縄を 自らに混じった鉄のにおいを

踏みしめるこの土は覚えている まだ幼さの残る手に、銃を握らされた少年がいたことを おかえりを聞くことなく散った父の最期のさけびを

私は知っている 礎をなでる皺の手が なんども拭ってきた涙

あなたは知っている あれは現実だったこと きらびやかなサンゴ礁の底に 深く沈められつつある 悲しみが存在することを

凛と立つガジュマルが言う 忘れるな、ほんとうにあったのだ 暗くしめった壕のなかが 憎しみで満たされた日が ほんとうにあったのだ 漆黒の空 しかばねを避けて逃げた日が ほんとうにあったのだ 血色の海 いくつもの生きるべきいのちの おおきな鼓動が 岩を打つ波にかき消され 万歳と投げ打たれた日が ほんとうにあったのだと

6月を彩る月桃がたゆたう 忘れないで、犠牲になっていいいのちなど あって良かったはずがないことを 忘れないで、壊すのは、簡単だということを もろく、あやうく、だからこそ守るべき この暮らしを

忘れないで 誰もがへいわを祈っていたことを どうか忘れないで 生きることのよろこび あなたは生かされているのよと

いま摩文仁の丘に立ち 私は歌いたい 澄んだ酸素を肺いっぱいにとりこみ 今日生きているよろこびをふるえる声帯に感じて 決意の声高らかに

みるく世ぬなうらば世やなおれ

へいわな世界は私たちがつくるのだ

ともに立つあなたに 感じて欲しい たぎる血潮にながれる先人の想い

ともに立つあなたと 歌いたい 蒼穹へひびく癒しの歌 そよぐ島風にのせて 歌いたい へいわな未来へとどくたましいの歌

私たちはわすれないこと あの日のできごとを伝え続けること 繰り返さないこと いのちのかぎり生きること 決意の歌を 歌いたい

いま摩文仁の丘に立ち あの真太陽までとどけと祈る みるく世ぬなうらば世やなおれ へいわな世がやってくる この世はきっと良くなっていくと つながれ続けてきたバトン 素晴らしい未来へと 信じ手渡されたバトン 生きとし生けるすべての尊いいのちのバトン

いま、私たちのなかにある

暗黒の過去を溶かすことなく あのあやまちにふたたび身を投じることなく つなぎ続けたい

みるく世を創るのはここにいる私たちだ

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2021年6月23日 沖縄全戦没者追悼式で朗読された宮古島市立西辺中学校2年、上原美春さんの自作の詩『みるく世の謳』全文を掲載
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2021年06月26日

帰宅、侵略的植物

五色町都志の淡路舞踏社に帰ってきています。

緊急事態宣言延長にともなって帰社を、解除される6月21日まで自粛延長していた。

帰ってきたら家のなかは多少かび臭いぐらいで、心配していたネズミの被害もなくホッと胸をなでおろす。移動するまえに天井裏でゴトゴトと音がしていて“ネズミ一発撃退”というハーブの噴煙剤を仕掛けてきたのです。

窓を開けて空気を入れ替えると止まっていた家のなかの時間がうごきはじめる。野外舞台はだんだんと白っちゃけてきているので、そろそろ防腐剤を塗ったほうがいいけれど高価なので思案中。

舞台のなかのプルーンがだんだんと色づきはじめていてさっそくもいでぱくり、美味なり。

庭のドクダミがどうなっているか心配だったが、そんなには繁殖してなくて良かった。いちめん臭いドクダミ畑になっていたらいやだなあ。と思っていたのです。

噂ほどには繁殖力は強くないのだな。ほかの雑草とおなじ扱いをしても大丈夫そうでひとあんしん。

淡路島ではいま、ナガエツルノゲイトウなる外来種の植物が猛烈に繁殖しつつあるそうです。

非常に増殖力が高くて、土中深くまで伸びる根がわずかでも残ると再生する。ちぎれたほんの短い茎からもどんどん発根、発芽して増える。草刈りして飛び散ったらそれでひろがる。

もし靴についてどこかに運ばれたら、そこであっというまに繁殖するぐらいに乾燥にも耐えられて生命力がとんでもなくつよいらしい。

ニュースで観た洲本市の畑ではいちめんナガエツルノゲイトウになっていた。もともとは水草らしく水田でも繁殖するのでへたをすると農家にとっては危機的状況になりかねないのです。

1980年代に南アメリカからアクアリウムの観賞用として日本へと輸入されたそうで、誰かが処置にこまって捨てたんだな。なにしてくれとんねん。

千葉,神奈川,静岡,滋賀,京都,大阪,兵庫,徳島,福岡,佐賀,熊本,鹿児島,沖縄の各府県と日本中で被害が広がってきているようで、琵琶湖や印旛沼も甚大な被害を受けている。

特定外来生物に指定されていて「地球最悪の侵略的植物」と呼ばれて国や府県が警告をだしているのです。

怖ろしい。

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『シロツメクサみたいな花が咲く』
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2021年06月27日

夫婦で別の姓を名乗ること

『夫婦別々の姓での結婚は認められない』

各紙が“最高裁大法廷で判断がされた”と一面で報じていた。

「じぶんには無関係なことだな。」そんなふうに思いつつ新聞を読んでみました。

裁判官15人のうち、4人は別姓を認めると判断。婚姻は国家が提供するサービスではなく、両当事者の終生的な共同生活を目的とする人間のいとなみである。

おなじ姓の婚姻届けを出させてはじめて認める現在の仕組みは婚姻を希望するものに同姓を強制していると指摘して、憲法24条に違反していると断言した。

姓の変更をせまられる96%が女性であるという現状も、憲法24条がさだめる両性の平等に反している。とも指摘。

女性の社会進出がすすみ、姓が変わることの不利益は大きくなっている。名前がかわることで認識がされにくくなり仕事に支障がでるので、結婚しても仕事上は旧姓のままだったりする。それまでの経歴や業績がいちど“無”になってしまうからです。

そして、なんと日本以外に夫婦同姓を義務づける国はないのです。国連の女性差別撤廃委員会にくりかえし、是正を勧告されている。

今回の裁判官は15人のうち13人が男性だった・・・

最高裁は2015年の判決を踏襲し、まったくおなじ「この種の制度のあり方は国会で論ぜられ判断されるべき事柄」という言い回しを締めくくりにつかった。

しかし1996年に夫婦別姓を導入する民法改正案が答申されたが、それから25年たっても改正は見送られている。自民党の議員が「家族の一体感が失われる」と反対しているからだという。

自民党にはもともと性的役割分業の家族観を重視する議員がおおいそうで、その代表が安倍前首相。在任中は党内議論は封じられていた。

「政治がうごかないならば司法へ」とたたかれたはずの最高裁のとびらは冷たく閉ざされ、ボールは国会へと蹴りかえされた。

2017年の内閣府の調査では「姓がちがっても家族の一体感に影響はない」とかんがえるひとが64%に達し「導入してもよい」とする回答も過去最高の42.5%にのぼっているという。

じぶんには関係ないはなしだと思っていたが、もしも夫婦別姓がみとめられていたら、亡くなった祖母の“木谷”という姓をのこしたいというつよい想いも、あっさりと解決していたでしょう。

養子にならず姓もかわらなかったし、じぶんもこの時代遅れな法律の当事者であったのだとあらためて実感したのでした。

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『graffiti_2021_6_27』

参照・引用:2021年6月24日 朝日新聞、毎日新聞、読売新聞
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2021年06月28日

コロナコワクナイケド、ワクチンコワイ

ワクチンをどんどん広めなければならない。

テレビでも新聞でもワクチンが日本を救うような論調です。

けれどもマスメディアとはちがい、ネットの世界では懐疑的な声は大きい。

今後も冷静に情報を取捨選択しながら、メディアにおどらされることなく真実を見つめていきたい。

厚生労働省ホームページによると6月23日までにワクチン接種後に亡くなったひとの数は、ファイザー社製が6月4日の発表から159人増えて355人に、モデルナ社製も1人亡くなられたそうです。

合掌。

報告書をみていたら死亡について「ワクチンと症状名との因果関係が認められないもの」は5件で「情報不足等によりワクチンと症状名との因果関係が評価できないもの」が275件とほとんど。

「追加の報告がなされた場合および今後の事例についても、引きつづき、専門家の評価を進める。」としているが、なかには“因果関係あり”と記載され「ワクチンと各事象の因果関係を完全に否定することは難しい。」と専門家がコメントしている47歳女性の事例もある。

どんどんどんどんワクチン接種をすすめたい菅首相からしたら、耳をふさぎたい絶対に広がって欲しくない報告。

首相官邸は「接種後の死亡と、接種を原因とする死亡は全く意味が異なります。」としきりにツイッターで発信。それがなんだか火消しをしているように感じるのは、いままで不都合なことは嘘をついてごまかし、隠蔽、改ざんなんてことをしてきたから。

しかし、いくら意味が異なります。と言われても不安になるのはあたりまえ。どう考えてもワクチンがなにかの引き金になったのではないのか?と思ってしまう。

死亡とはべつに1,710人の重篤者も報告されている。『重篤』とは、死亡、障害、それらに繋がるおそれのあるもの、入院など。

たとえ副作用が起こっても自己負担だと聞くと貧乏人にとっては、なお怖ろしい。

マスメディアは、感染力のつよい変異ウィルスが増えてきていると騒いでいる。しかし感染したときの症状は頭痛と鼻水なんて話しも聞く・・・

それって風邪やん。

ほんとうは罹患することを過剰に怖れず騒がずに風邪やインフルエンザのように、共存し共生することが肝要なのでしょう。

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『graffiti_2021_6_28』

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2021年06月29日

ファイザー社とモデルナ社のワクチン構造について

PCR検査と抗原検査を約400名に実施し対応にあたった岡田教授の授業をうけた。

各種ワクチンの構造と副作用に関する講義です。

まずはファイザー社とモデルナ社のワクチンについて。

コロナウィルスはトゲトゲを細胞に接着させて侵入してくる。そこで世界中の研究者がこのトゲトゲをなんとかしようと分析をおこなった。

ワクチンはトゲトゲだけを再現する遺伝子メッセンジャーRNAを試験管内で合成、その人工遺伝子を脂の膜で包んで粒子状にして表面を界面活性剤でコーティング。これを筋肉注射で血管内に入れる。

最近はだんだんと表面をコーティングするこの界面活性剤“ポリエチレングリコール”という化学物質が、重大なアレルギーをひきおこすことがわかってきているそうです。

注射すると人工遺伝子を包んだ脂質物質が血流内をながれてヒトの細胞膜にくっついて一体化しコロナウィルスのトゲトゲをコーティングする人工遺伝子mRNAだけが、からだのなかのタンパク再生工場に到着する。

そうして情報が解読されてコロナウィルスのトゲトゲが再生される。

からだはこの異物に反応して細胞の外に出す。それを免疫細胞が見つけて免疫反応をおこす。その結果できるのがウィルスと戦う抗体だそうです。

凄いことを人間は考えるものです。

ファイザー社とモデルナ社のワクチンはメッセンジャーRNAが主役。ほんらいmRNAはヒト細胞の酵素によって数分からせいぜい10時間程度で分解される。しかしワクチンのmRNAは分解されないように人為的に改造されている。

できた体内の抗体は3ヶ月ほどで消えるため、人工遺伝子が短時間で分解されてしまうならば3ヶ月ごとにワクチンの接種が必要。

しかし、もしも人工遺伝子が半永久的に体内に残るとしたらたいへんなことであり、免疫反応がいつまでもおこることになるという。

メッセンジャーRNAというものは、いままでに人類のからだのなかに一度も入ったことのない物質だとか。

これから長期的にもどういう副作用がでるのか、観察していかなければならないそうです。

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『graffiti_2021_6_20』

解説:元新潟大学医学部教授・名誉教授 岡田正彦
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:46| ブログ?

2021年06月30日

アストラぜカ社のワクチン構造について

ひきつづき新型コロナウィルスについての岡田教授の授業です。

今日はアストラゼネカ社のワクチンの構造と副作用に関する講義。

アストラゼネカ社のワクチンは試験官内で合成するのはmRNAではなくDNAである。それをAAVという運び屋ウィルスに包み込んで筋肉注射する。

アストラゼネカ社の場合は内容がほとんど公開されていないため、運び屋ウィルスと人工コロナウィルスDNAを安定化させるためにどのような人工物質がふくまれているのかわからないという問題が指摘されているそうです。

血流にのり細胞に接触すると運び屋ウィルスは簡単にすり抜けて入り込む。核のなかに入ってDNAの一部を切り取ってそこにコロナウィルスの遺伝子を組み込んでしまう。

この運び屋ウィルスのなかには“トゲトゲ蛋白を合成しろ”という情報も組み込まれているのでやがてメッセンジャーRNAがつくられて、コロナウィルスのトゲトゲが大量につくられる。

このコロナウィルスの遺伝子は永遠に体内にのこり絶えずトゲトゲがつくりだされることになり、過剰な抗体が生みだされ強烈な免疫反応がおこる。

しかも運び屋ウィルスの行動は制御不能なために、どこにコロナワイルスのDNAが組み込まれるかが予測できないとか。

イヌで動物実験をおこなった研究者は、これから10年間は観察をつづける必要があると警告しているという。

「1日経っても副作用が出なかったのでこのワクチンは安全だなどと間違ったメッセージを出さないように医師のみなさんにお願いします。そんなセリフはどうぞ10年後にしてください。」そう岡田教授も警告していた。

アストラゼネカ社のワクチンはあまりに強すぎるので、それに対抗するためにウィルスが変異している可能性もあると岡田教授は指摘している。

ブラジル、南アフリカ、イギリスで変異ウイルスが発生しているが、アストラゼネカ社が去年、治験をおこなった場所と重なりあうという。

あまりにも強い免疫反応により、ウイルスが過剰に変異したのではないかと解説する。

6月29日、厚生労働省はアストラゼネカ社のワクチンを公的接種の対象とするかどうかを検討する専門分科会が、7月以降に延期になったと発表した。

理由はあきらかにされていない。

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『graffiti_2021_6_29_1』

解説:元新潟大学医学部教授・名誉教授 岡田正彦 | 参照:2021年6月30日 毎日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:58| ブログ?