2021年10月01日

with covid-19

レバ刺しを食べたあとに5人亡くなったらすぐ禁止になる。

しかし、いまはワクチンを接種したあとに1000人以上亡くなっても中止にならない異常事態。

誰かがそんなふうに言っていましたが、そんななか読売新聞に子どもへのワクチン接種のうごきを疑問視する大々的な広告がのった。

日本で10人に1人が読んでいる新聞に掲載されたことで、世間のワクチンへの見方が変わるかもしれない。

1人の妊婦さんが救急搬送されたが間に合わずお腹の赤ちゃんが亡くなったと連日センセーショナルに報道されて、妊婦に優先してワクチンを打たせる方向ですすんでいます。

しかし8月3日、ワクチンを接種したあとに1人の妊婦さんが亡くなっていることは厚生労働省の報告に記されているのに、まったく報道されない不思議。

そして二回接種したひとが感染したり亡くなる事例が増えていると聞くと、いったいなんのためのワクチンなのだろうと素朴な疑問を感じる。

親しいひとのともだちがワクチン接種後に亡くなったと聞いてびっくり。同じひとのおじさんもワクチン接種後に亡くなったと聞いて考え込んでしまう。

かかって亡くなったひとは、身近では聞いたことがない。

現在は唯一のネックが医療逼迫のようなので、それさえなんとかできればインフルエンザとおなじ5類扱いになりそうです。

自衛隊の医官を動員して大規模病床をつくればいいというアイデアを誰かが持っているようなので、なんとかなるかと期待が高まります。

自衛隊の医官は野戦病院でも働けるように特別な緊急医療のスキルをお持ちなのです。

うつるひとをゼロにしようといういまの考え方を変えなければならない。インフルエンザもゼロにするのは不可能で、ともに生きることを考えてのいまがある。

世界中でも、ともに生きる方向へとシフトしつつある。

いまのまま制圧とかいってゼロを目指していたら、永遠にこのままの状態がつづくのです。

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『チラシ裏面のイラスト』

参照:厚生労働省HP 新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要 (コミナティ筋注、ファイザー株式会社) No957
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2021年10月02日

火種はのこった

史上最悪といわれる原子力事故を起こしたウクライナのチェルノブイリ原発。

1986年、テスト運転していた4号炉が暴走して爆発。

炉心がむき出しになった。

火災が発生して放射性物質が大気中に大量に飛んでいく。放出量は10日間で約520万兆ベクレルとされ、東京電力福島第1原発の約6倍にあたった。

事故から35年たったいまも約40万人が避難を強いられ、半径30キロ圏は立ち入りが制限されている。

そんなチェルノブイリ原発で爆発した4号炉の炉心下からここ数年、中性子がおおく検出されるようになっているとか。

炉心にのこった核燃料がいまもいきていると見られている。コンクリートで塗り固められ、葬り去られたはずの核燃料が核分裂をまだつづけているというのです。

4号炉が爆発をおこした直後、被曝覚悟の決死隊が約半年かけて壊れた建屋と炉心をコンクリートの石棺でおおった。しかし突貫工事だったので、石棺はスキマだらけで雨水が流れ込んでいた。

10年後の1996年には中性子の数値が数百倍にもなった。

水が作用して溶け落ちた核燃料の核分裂が連鎖して起こったと見られ、このときも研究者が被曝をかえりみずに、中性子を吸収する溶液を噴霧。

今回の中性子の増加も石棺内の水分の変化が原因とされている。

2016年に石棺ごとおおうシェルターが完成して雨水が入り込まなくなった結果、かえって核分裂を起こしやすい水分量になったのではないかと考えられているだって。

やっかいだなあ。

石棺の内部でどうすることもできない核燃料が大量にくすぶりつづけていることは確かだそうで「まるでバーベキューの燃えさしのようだ」と報道されている。

廃炉、解体までは100年以上かかるそうです。

福島第1原発の廃炉作業も100年以上かかると言われている。いまだ取り出されていない核燃料がチェルノブイリのように核分裂を起こしはじめることもあるのかもしれない。

科学者たちの興味本位と政治家たちの政治利用目的と利権のための欲望からはじまった核開発。

核の平和利用目的と題され人類のためと強調されておこなわれたことが、人類自身を苦しめはじめている。

ひとはじぶんたちでは制御できない怪物を産みだしてしまったのです。

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『11月公演、ちらし原案。意匠デザイン:木村秀治郎』
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2021年10月03日

採択されたぞ

文化庁・アーツフォーザフューチャー、略してAFF。

採択されました。

やったぞ、嬉しいなあ。

これで大駱駝艦から独立してから公演をやるたびに積もりに積もっていた赤字が返せる。

朝、まらのたたない男には金を貸すな」ということわざがありますが、まだ大丈夫。「借金も財産のうち」なんてえ言葉もあるけれど、ないに越したことはない。

腹の底からやる気が湧いてきます、頑張るぞ。

スタッフにもギャラが支払えるのでよかった。キラリふじみもただ働きにならなくてよかった。しかし落とされたひとたちもいるだろうから、あんまりはしゃぐのはやめよう。

これからは一次審査で落とされた原因の会計をきちんとやらないといけない・・・しかし会計士を雇うほどの収入はないので誰がやるか。

じぶんは嫌、湯山も向いてない。でもひとがいない。どうするか・・・今後、グループをどうしていくのか。

そんなことにも関わってくる問題。

いまは任意団体だけど、ゆくゆくは法人にしたほうがいいのでしょう・・・麿赤兒率いる大駱駝艦は株式会社、尊敬するこんにゃく座は有限会社、ほかの知り合いのカンパニーは一般社団法人やNPO法人が多い。

何年か前に文化庁が「今後、法人にしか助成金を出さない」と決定してから知り合いのカンパニーは続々と法人化した。

デュ社も法人化に向けて説明会に参加したりいろいろと調べていたが、助成金をもらうために法人税を払わなければならないというのがどうも腑に落ちない。

もらえる助成金よりも法人税のほうが高くつきそうな予感もして2の足を踏んでいる。

会計専門の人間もかならず必要になるしマイカードナンバーを支払いのたびに調べて、税務署にいって支払い調書うんぬんなんていう作業もやらなければならない。

とか考えていくとあたりまえのことだが、じぶんではやりたくない。だいいち得意ではない。

嫌なことはやらない。

この大切なことを守りつづけて50年。

たまに脱線はするけれど、今後も貫いていきたいのです。

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『ちらし第二案原画』まだ英訳のまちがいに気づいていない。
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2021年10月04日

きたいしています

白鵬が引退しました。

これからあらためて相撲協会に入る。

一兵卒からの出発です。

トップダンサーとか言って威張っていても大駱駝艦から独立したら、大勢いる先輩のいちばん下からはじめるのに似ている。

とてつもなく才能のある人たちともライバル関係になる。そうやって考えると相撲協会よりは広い世界か。

白鵬が相撲協会に残る条件として“ルールを守ること”という、まるで子どもみたいな決めごとを一筆まで書かせて約束させた。

いままではルールを守らなかったのか・・・ルールというか誰の言うことも聞かなかったのか。

万歳をじぶんのためにさせる、軍配に文句をつける、休みたかったら休む、ひさしぶりに出て勝ったら派手なガッツポーズをして雄叫びをあげる、反則技をつかう、何でもありのわがままな子どものよう。

しかし、これからは子ども扱いではなくなり大人の仲間入りで、しかもいちばん新入り。

先に引退した元神さま、鶴竜は相撲協会の地味なジャージを着て支度部屋の出口で全取組が終わるまでマスクをして土俵を遠くながめている。

親方衆の会合のときは、もちろんいちばん下座。

貴乃花との壮絶な睨み合いにも動じなかった、元横綱、理事長の北勝海や影の理事長と貴闘力に名指しされる元大関、尾車親方や元横綱、大乃国親方などなど有象無象のバケモノ揃いなので怖ろしいぞ。

野心を持っている親方はほかにもたくさんいるだろうし知謀策略にたけた親方がいたり、土俵の上とはひと味違った闘いの日々がはじまる。相撲での勝負のように一対一のわかりやすいものではない、ドロドロとした集団戦。

白鵬も相撲協会のなかで生きていくためにはあたまを下げるしかない。

膝を痛めていて正座ができなかった照ノ富士に土下座させて、序二段まで陥落させたようにじぶんも土下座させられるかもしれない。

しかし横綱としての品格うんぬんと言われていたが、人間的にはすぐれているようで、意外と名伯楽になるかもしれない。という話もある。

魅力的な力士を育ててもらいたい。

期待しています。

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『ちらし第二案、彩色』
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2021年10月05日

あたらしくきく

先日、稲刈りを手伝った山形の隆夫さんが新聞配達をしているとかで、たいへんだなあ。と感心。

深夜2時に起きて帰宅は早朝。

新聞配達は早起きもつらいけど新規開拓がしんどいと、専門学校時代の同級生、よしゆきちゃんが言ってたので聞いてみたら非正規なのでノルマはないとのこと。

最近は新聞を読むひとがどんどん減っている。そんななか社員はいまだにノルマがあるそうで、気の毒です。

新聞の勧誘といえば強引なものと相場が決まってたけれど、こんなご時世。勧誘はむずかしそう。

いまはネットで情報がすぐに手にはいるし、とにかい早い。隆夫さんが2時に起きて早朝に配っても、もうおなじ情報は配信されている。

新聞はふるい。デザインがダサい。毎日新聞がカラーをつかったり、ロゴを変えたり工夫をしているけれど、ほかはまだ古くさい。

娘になぜ新聞を読みたくないのか聞いてみたら「つまらなさそう。」と言っていた。

情報を詰め込み過ぎている。もっと余白がないと見ただけでうんざりしてしまう。ぎちぎちに文字が入り組んでいてどこから読んだらいいかわからない。

見出しの書体も工夫しておしゃれにしないと、若いひとが手に取らないのはあたりまえ。

あとはサイズがデカすぎる。開いたら両手いっぱいって、どこで読むねん。せめて半分にしてくれ。情報をもっと取捨選択して厳選すれば、ページ数は少なくていいはず。

情報の鮮度ではネットには敵わない。ネットでは得られない情報を掲載して、ネットと差別化しないとこのままでは読まないひとが、ますます増えてしまう。

そうやって考えるとやはり入念な取材に支えられた連載記事が目玉になるのだろうなあ。

とかとか、大きなお世話。みんなその道のプロ、すでにいろいろ考えてはる。

じぶんのやるべきことをやろう。

えーと、とにかくチラシのデザインを終わらせる。

何枚印刷するか計算して、チラシ折り込みの手配と配送の振り分けと、あとは・・・

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チラシ最終版。本人に似てきたか・・・
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2021年10月06日

入稿したぞ

デュ社連続公演11月

オペラシアターこんにゃく座のトップ歌役者、岡原真弓さんを招いての特別公演

『まゆみと暮せば』

無事、入稿完了。これでお客さんが来るかどうかはときの運、神のみぞ知る。

いやいや、だいたいわかる。デュ社が公演をやるときは東京ならば500人弱、京都ならば200人弱の集客というところか。

いまはまだかんぜんにオッケーということではないので、キャパシティーの半分ぐらい入れる感じか。淡路舞踏社ならばマックス10人。

ゆくゆくは会場を工夫して1回で50人は観られるようにしたい。3千円で15万・・・10人で割ったら1万5千円。1ヶ月で20日働いたとして年収360万円・・・

年収700万円にはほど遠い。人生年収700万円になるまでが楽しいと誰かが言っていた。

目標があって充実しててとにかく頑張って起業したり失敗したり人生、山あり谷あり。

ところが年収700万円を超えると、あとはずーっとおなじなのだとか。いくら稼いでも満足感がえられないので、もっともっととなっていく。だんだんと攻撃することも少なくなって守りに入ってくる。

とかお金の話しはもうやめよう。

チラシも入稿して作品づくりにはいっている。いつものようにデザインしながら内容も考えていた。

今回は舞台側から観るようにして、家をつかってやってみる。

その家には1人のおとこが住んでいる。おとこは顔が白くてどうやら亡者のようです。

そこへおんなとおとこがやってくる。彼らは仕事でここを訪れたダンサー。金粉ショーのツアー中に淡路島にやってきた・・・

54歳舞踏家、また戯曲に挑戦?

『ぴちがい裁判』で死ぬ思いをしてもうこりごりとなったはずなのに、戯曲を書くつもりなのか?

いやいや、今回はあの時のように1時間すべてを言葉で埋めようなんて無謀なことはしない。戯曲を書くことが目標にならないように気をつける。

たんなる台本、土台となる言葉。

即興性を大切にしつつ、どちらかといえばドキュメンタリータッチの喜劇で参ろう。

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入稿、裏面。
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2021年10月07日

ある秋晴れの日

鉄割アルバトロスケットの看板俳優、奥村勲とひさしぶりに会う。

口が悪くてあいかわらずだった。

彼の場合は悪口に形態模写が入ってくるので聞いていて愉快。

いまはたいへんだった職場から移動できてだいぶん楽になったようで良かった。お芝居が大好きなので、なんとか役者の仕事をさせてあげたい。しかし、じぶんで「役者なんかで食えるわけがない」と決めつけているところがあるのでむずかしい。

それでも舞踏に比べれば需要はかぎりなく多いし、人生一発逆転の機会も舞踏とは比べものにならないくらいに多そう。

それもじぶんがこころの底から、そうしたいとおもっているかどうかが問題になってくるのだろうけれど。

芸人もそうだが、売れると多額の借金もすぐに返済できてしまうのでうらやましい。

奥村君は、この『ブログ?』を最初のころから読んでくれている顔を知ってる読者のうちの1人。

先日は感想として相撲の話が「興味ない興味ない」とずーっと言いつづけていた。サムネイルで相撲の絵があると残念な気分になるとまで言ってくれていた。最近は、そんな奥村君のことを考えて相撲の話題は控えている。

しかし、こちらも商売としてやっているわけではないので、たまに関係なく話題にする。

大相撲秋場所は新横綱、照ノ富士が優勝。これから誰がライバルになっていくのか。楽しみです。

大好きな相撲が終わった直後は、まるで祭りが終わってしまったような感じ。生きる糧をひとつ失ったような喪失感さえ漂う。

とか思っていたが、だんだんと気持ちも気候の影響でウキウキしてくる。

キンモクセイの香りをかぎながら「10月ってこんなに爽やかだったかな。」と思う、気持ちのいい秋晴れの日は「幸せかどうか決めるのはじぶん」ということばがあたまに浮かんでくる。

「来年は10月にかならず都志で公演をやるぞ。」とこころに誓う。

奥村君の出演している『ぴちがい裁判』も淡路舞踏社でやろう。

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『progress』

引用:2021年9月29日 東京新聞
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2021年10月08日

Happy birthday to Father

今日は父親の誕生日。

86歳。

長生きしているがそのぶん、これまでに何度かガンにかかって、耳がほとんど聞こえなくなって最近は歩くのもしんどそう。

まるで、からだを引きずるようにして歩いている。

夜寝るのがはやくて朝起きるのがおそくて食べる量も少なくなって、そろそろいわゆる“死ぬ準備”をはじめている感じ。

「朝起きてこーへんなあ。思ってたら死んでたりして」という父に「人間はなかなか死なれへんで」と母が返す。

子どものころは父のことがとても好きで夜、帰ってくる車の音がしたら犬みたいに興奮してた。とにかく話しがおもしろかった。むかしの話しがとくに好きでいたずらの話しなど何回でも聞きたかった。

しかし近頃は耳がまったく聞こえなくなったので、ほとんど話しをしなくなって残念。

奥村君に「親父の枕の匂いが好きでずーっと顔をうずめてた。」言うたら「信じられへん。」とびっくりしてた。

彼は父親のことが大嫌いなのです。

じぶんは次男同士で気が合うところもあったのか。母親にはいつも怒られていたが、父に怒られた記憶はあまりない。

中学生になってグレてきてからは、ほとんど口も聞かなくなってごめんなさい。素行のあらたまらないじぶんを父が包丁で脅したことがあるらしいけれど、覚えてない。

あの頃は父親も荒れててベロンベロンに酔っ払って帰ってきて、犬をいじめたりツルハシで雨戸を壊したりしてた。

仕事で嫌なことでもあったのか。

母親と妹が泣いてて兄貴は、われ関せずと二階に上がって勉強。あのころは家庭崩壊してたのかもしれない。

東京へと家出をするまえに高級鮨屋へ連れていってもらったが、あれは美味かった。

家出をして電車の中で内ポケットを見たらお金が入ってた。飛び立っていくできの悪い息子へのせめてもの餞別だったのか・・・

とか回想してたらまるで亡くなったみたいやな。

絵画に囲碁にショッピングにと忙しく、さらに株の売買も熱心につづけていらっしゃる。

まだまだ生命力は衰えていないようです。

料理の腕前はどんどん上がり去年の誕生日のときは茶碗蒸しを6人前も出汁からつくっていて感服。

いつなにがあってもおかしくない気配ですが、人生を楽しんでいる雰囲気を感じるのです。

ひさしぶりに一緒に飲みたいなあ・・・

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けんじ・ゆうじ
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2021年10月09日

多様性ないよ

岸田新内閣の顔ぶれが発表された。

閣僚21人中、女性は3人。

この女性の少なさを見ると日本はまだまだ変われないのだなあ。とため息が出る。やっぱり性別は半分はんぶんが自然でしょう。神がそうしたのだからと言っても過言ではない。

年令は44歳が1人、50歳代は4人、60歳代が最多で9人、77歳が2人。

働きざかりの40代が1人なのは残念。

年令で政治の良し悪しは決まるだろうか?年令が高いというのはどうなのだろう。歳を食っていればいるほど人生経験というところで見れば長けていたりする。

知識も豊富だし尊敬もされてるし頼りがいもある。なにより安心感がある。

若い年令ならば、まだ怖いもの知らず。案外、アメリカや中国相手に威勢良く闘ってくれるかもしれない。

あたまがやわらかいから発想がゆたか、行動力もすばらしい。しがらみにもまだ縛られていなくて、自由もある。

目が希望に燃えて輝いている。年令はそう・・・36歳。人間としてもあぶらがノリはじめている。

あ、首相の話しでした。

岸田新総裁はまだまだ未知数。しかも秋の選挙を控えている。日本国民の30%が自民党にかならず入れるというので投票率50%ぐらいならば余裕で数の論理によって選ばれる。

それでも国民の総意になるという不思議。

読売新聞の見出しでは“「岸田カラー」若手抜てき”となっていて、まずはほめていたが、ん?と考え込んだ。

44歳はそろそろ中年だし、それも1人ではなあ。

とにかく世界がよくなるならば、なんでもいい。

全員女でも、男でも、全員レズビアンでも、ゲイでもかまわない。全員おばあさんでも、おじいさんでも、全員20代でも、未成年でもかまわない。

やわらかくてしなやかな感性で、この大転換機の世界をサバイブしていくための真のリーダーをわれわれは欲している。

しかし、ひとまかせではいつまでもかわらない。

まずは投票と。

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posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:41| ブログ?

2021年10月10日

練習、検査

鉄割アルバトロスケットのお稽古がはじまりました。

『KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭』に招かれての公演で、ひさしぶりにみんなと会った。

練習がはじまる前からワクワクしながら、練習開始に向けてコンディションを整える。コンディションと言ってもからだもあるけれど、重要なのはこころ。

土曜だし昼からビールを飲んで気持ちを整えます。鉄割は座長の戌井昭人を筆頭にみなさんお酒が大好きなので、調子を高めていくのです。

こころが固くなっていないか。柔らかく適当でいい加減な状態か、鉄割の舞台では常識とか必要ないのでこころを存分に遊ばせます。

まだこんなときなのでなにがあるかわからないとか言われているけれど、やってはいけないことはわかっているので大丈夫。

さらに念のため、稽古初日から公演が終わるまで“モニタリング”をするとか。すぐに送れるように、メールの下書きや携帯メモなどに日々記録をする。公演後も2週間程度、保存しておかねばならないそうで了解です。

すべては誰かがかかったときのための手続きだが、風邪やインフルエンザとおなじ扱いになればこんな煩雑なことはしなくていいのになあ。と思う。

致死率の非常に高い伝染病とおなじかそれ以上の扱いになっているから、こんなに面倒なことになってしまっているのです。

緊急事態解除されたのでPCR検査ではなくて、もう少し簡易で精度のおちる“抗原検査”を行うとか。抗原ではなく抗体検査だったらよかったのにと内心思う。

すでに抗体を持っていたら嬉しいのです。

こちらは、稽古開始のときと現地入りの直前に検査するとかでたいへん。参加人数分だから百人以上にもなる。

1人10,000円でもたいへんな金額に・・・とか思っていたら最近は抗原検査も抗体検査も安くなってるようです。去年の騒動のはじまりの頃は高額で有象無象がビジネスに新規参入していた。

検査バブルはどうやらはじけたようです。

とか、一般社会のことはひととき忘れて鉄割世界にどっぷりとハマろう。

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『Crack』
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2021年10月11日

棄権、危険

今日も朝から体調良し。

すっかりと秋も深まってきたが、そろそろ選挙が近し。

30歳になるまで選挙はいったことがなかった。

政治に興味がなかった。

賄賂や汚職や不正に嘘、誤魔化し「記憶にございません。」なんていう政治家の発言を子ども心に聞きながら「この人たちは信用ならないのだ。」と印象に強く残ってしまった。

この「政治がつまらなくて信用ならなくて興味がない」と思わせるのも自民党の策略なのではないか。と最近は感じる。自民党には岩盤と言われる、必ず自民党に投票する支持者が国民の30%いるとか。

このひとたちは雨だろうが風だろうが雪が降ろうが投票にいく。

自民党としては投票率が低ければ低いほど自分たちが有利になる。国民の政治に対する興味なんてなければないほど嬉しい。

投票率は常に30%でいいのです。

ダサいなんて若者からつぶやかれはじめたらしめたもの。

それでも勝てば官軍、国民の総意で選ばれたことになる。なのでなんでもやって良い気持ちになってしまうのでしょう。

いっぽうそんな自民党と戦う野党はどうかと目を向けると蓮舫さんとか辻元清美さんとか福島瑞穂さんとか、かっこいい政治家はいるが、全体としてはなんだか弱くて烏合の衆。

本気で国を変えたいならば与党の中に入って変えていくしかない。とも思う。外野で騒いでも負け犬の遠吠え。

立憲民主党が日本共産党の票が目当てで近づいているが、もしも政権をとれたときでも連立しないというからズルい。と感じる。

いま自民党が公明党の票が目当てで利用しているのと似ている。自民党の派閥人事の蚊帳の外、公明党は、閣僚の中に数名しか名前がないのだからヒドいもの。自公連立というのは名ばかり。

そんなないがしろにされている「公明党と日本共産党が手を組んだらおもしろいのになあ。」と思う今日、この頃。

日本共産党はほんとうのことしか言わないし、公明党もあたりまえのことを言っている。

どちらもインテリの集まりで、どちらも良い政策をお待ちなのです。

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『ある日の絵』
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2021年10月12日

ある日のゆりいか

今日は新月。

新月はあたらしいことをやるのにいいとき。

ということでいろいろはじめるぞ。

ただし、ボイドタイムという逆にあたらしいことをはじめないほうがいい時間もあったりするので、気をつけよう。西洋占星術から来ている歴史あるものだが、信じるか信じないかは人それぞれ。

スピリチュアルなことだけど、目に見えないことを信じなくなって人間はつまらなくなったのも事実。

科学的にも実証されていそうな角度、緯度など月がほかの惑星の影響がなくなるときだそうで、ほかの惑星の影響がなくなり無になる月のちから。

海の水位が変わってしまうほどに影響があり、あらゆる地球のこと、ものに引力を及ぼしている月。ということで、ボイドタイムをしらべてその時間を避けて台本を書きはじめる。

ボイドタイムにはアメリカ大統領も会議を避けるらしい。

スピリチュアルだろうが迷信だろうがオカルトだろうが、おもしろい台本が書けるためならばなんでも取り入れてなんでもやってベストを尽くす、ひさしぶりの本気の新月。

夜の20時から効力が高まるとかで、お酒を抜いて待ちます。

20時とともにスタート、まずはスケジュール帳をあたらしくする。新月のアフォーメーションをおこなって、それから台本にとりかかる。とかやってたら眠たくなってくる。

普段は21時には寝てるものな。これから鉄割のお稽古が夜にはじまるので、夜型に変えていかねば。

はじめることはたくさんあるけれど、とりあえずはやりたいことには手をつけられたか。

次の日の午後2時まで新月。

朝から台本を打ち込んで、チラシの手配など雑事をこなす。天気が限りなく良いので外へと出かけて自転車で公園を彷徨う。家でうんうんうなってもいいセリフは浮かばなかったりする。

いいアイデアは移動中に浮かぶことが多い。トイレの中も発想の場としてはなかなか。

あとは風呂か。

歴史上の大発見も風呂で閃いたものが有名なのです。

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2021年10月13日

うまくやろうとしない

現役の落語家では唯一の人間国宝だった十代目、柳家小三治師匠が亡くなられました。

81歳。

まだまだ若い、残念。

落語を観たことがないときに最初に誰の落語を聞くのがいいかと考えて、やはり最初が肝心。ファーストインパクトが大切「柳家小三治の落語だ」とチケットをとって聞きに出かけた。

名人と噂の高いかただったが、落語家には珍しくテレビに一切出ないかたでもあった。テレビ的な世界とは一線を画した、ちからの抜けた名人芸に最初から最後までずーっと笑かされた。結構いい席だったので師匠の飄々とした姿がはっきりと目に焼きついて残っている。

小三治師匠といえばマクラと言われるほどに有名だったが、雑談のようなマクラから噺にはいったのに気がつかないようなリラックスした感じだった。

高座を拝見する前にドキュメンタリー映画を観にいった。

すべてを落語に注ぎ込んでいる生真面目な姿に感動、高座が忙しくてテレビになんて出ているヒマがないってな塩梅だった。

多趣味で知られる師匠だが、その多彩な趣味のぜんぶも落語のためなんだと言っていた。バイクに乗るのも音楽を聞くのも、すべては落語をおもしろくするため。

結局、芸を磨くためには人間を磨かなければならないのだともおっしゃっていた。

おもしろい踊りをするためには、まずはじぶんがおもしろい人間にならなくてはならない。そのために本を読んで映画を観て旅をして人と会って話し、お酒を飲んでたまにはハメを外して馬鹿をやる。

「人がいかに生きているかってことを、ダジャレや冗談ではなく、普通に喋っておもしろいのが落語だ」といい、笑わせようとするだけのくすぐりに対しては容赦がなかったという。

根幹にあったのは、テクニックではなく、そのものになりきる『了見』だった。

『存在そのものが落語』と言われた小三治師匠。

両親に大反対され壁に向かって座りつづけた少年は17人抜きで真打に昇進し、そこから精進をしつづけて究極のありのままな自在の境地に至った。

倒れる5日前まで「こんなもんじゃない、こんなもんじゃない」と高座に上がりつづけた落語人生だった。

合掌。

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『柳家小三治、本名:郡山剛蔵(こおりやまたけぞう)』

参照・引用:2021年10月12日 東京新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:50| ブログ?

2021年10月14日

わからないこと

今日も朝から体調良し。

ひさしぶりに秋晴れの天気で気持ちがいい。

家で台本を考えていたが、煮詰まってきたので外へ。熱なし、咳なし、くしゃみなし。

なので自転車に乗るときにマスクはしない。

いまは外でもマスクをするのがあたりまえになってしまっている。これは完全に同調圧力、事なかれ主義で右に倣えの日本人らしい態度。しかしマスク警察なんていう押しつけがましい、ヒステリックなおじいさんたちがいるのだからいたしかたない。

去年、外でマスクは必要ないと厚生労働省がホームページで言っていたが、いまはどうだろう。

おなじ家で暮らして濃厚接触を繰り返していたカップルの片方だけが陽性で、片方は陰性なんていうことが起こっている。しょっちゅう唾液の交換をしていたのにうつらなかったとか。

いろんなことがわかってきたが、どうやってうつるのかは本当はまだわかっていないそうです。

話しを聞いて「宇宙のことはいろいろとわかってきたが、まだ85%が謎だ」というのを思い出した。

からだは元気だが、こころ的には11月公演の台本を考えなければならないので、追い詰められている。

あと1日しか猶予がないので、今日が締め切りみたいなもの。けれども今回は脚本をたんなる台本として使うつもり。作品をつくる上での手がかりとして考えているので、内容は明日からわずかに3日間しかない稽古にてつくっていくのです。

真面目は禁物、いい加減で適当にいこう。

鉄割のほうのお稽古は奥村勲もあらわれてこれで本格化するのか。とか思っても全員揃う日がなかなかなくて鉄割らしい。練習していると京都のお客さんのよろこぶ顔が、もううかんでくる。

すでに売り切れ間近らしく「スゲーなあ」と感心する。

今晩も電車で千歳烏山のお稽古場へと向かう。京王線はいつもどおりの超満員。

「でも、全員マスクしてるので大丈夫」なんて思っていたが、これもじつはまったく関係ないかもしれない。

なぜかかる人がいなくなっているのか。

誰もわかっていない。

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photo by Manabu Numata
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 14:09| ブログ?

2021年10月15日

スケールのはなしから

都会にいると「スケールが小さいなあ」と思ってしまう。

玄関なんて靴一足しかおけない。

「壁一枚へだてて他人」なんて大自然のなかで考えるとかんぜんに不自然。他人ならばもっと距離をとる。それが都会では取らしてもらえない。とるにはお金が必要。

都会という密集、密接しているところ。

街にいると子どもが多いなあ。と感じる。多すぎて車の餌食やネットの餌食になってしまう。虐待に会う子も出てきて亡くなる子どもも増える。

いまは異常事態なのだから、いっそのこと地方へ分散疎開させたらどうだろう。車から子どもを守り、ネットから守り、虐待から守り、ウイルスから子どもを守る。

成人するまで田舎で暮らして、それから都会へと働きに出る。

教育も工場のように日の当たらないところに詰め込み、工場のようにライン生産するのではなく自然の中でのびのびと育てる。

それがゆくゆくは日本という国を救ってくれる人材を育てることにつながる。

満員電車が都会を象徴する異常な空間の最たるもの。あんなに大勢で密集密接するなんて淡路島ではお祭りぐらい。

それも2年以上やれていないのに・・・ソーシャルディスタンスもクソもない。暴力的に詰め込まれて息もできない。アウシュビッツじゃあるまいし、暴動を起こすぞ。

しかし為政者たちは、そんなものには乗らないから何もしない。社会を支えるひとたちがどんな目に遭っていようと関係ない。

ひと握りの支配するものと、その他大勢の支配されるものたち。とか考えてもしかたないのでやめよう。

そろそろ気候が良くなって運動会や体育祭の季節。

そうやってあらためて考えると、真夏の炎天下のなかで運動会や体育祭をやる馬鹿はいない。

そんな馬鹿なことをIOCの利益のためにやりきった大赤字の東京オリンピックは、これからいろんな反省をしなければならないのだろうけれど自民党はもう次のことに忙しい。

原発もいろいろやりかけだけど、もう次のことをやろうとしている。

とかそんなスケールの大きなことは考えても仕方がないな。

この異常なスケールの大都会からはやく脱出したいと思う今日、この頃なのです。

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『ある日の絵』
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2021年10月16日

夢、Dream

稽古場へといく途中に山本良と会う。

道すがら、今度どんな歌をうたうか話す。

近道を教えてもらって着いたらもう通し稽古がはじまりそう。

湯山に群舞のおどりの振付を確認する。体育館のような会場にいったら女性陣がすでに衣裳をつけて練習してる。

最初は安産祈願でみんなが座っているときに出てきて、合図をしたらみんなとおなじことをする。

「こっちよりも宇宙人のほうがやばくないですか、あれ結構むずかしいですよ。」と湯山に言われて、そうやな安産はなんとなくわかるので、宇宙人のおどりを確認しよう。

まずは場位置を確認。湯山に見てもらって「誰それもっと右」とかやってたら前に誰もいなくなり、どセンターの真ん中になってしまいピンチ。見ながらやろうと思ってたのに、これだと振付を盗めないぞ。

みんな白塗りを塗っててじぶんだけ塗ってないので、これは目立つぞ。客席の奥のほうには白塗りしてカツラもかぶった麿さんがイスに座ってすでにスタンバイしてる。

「とにかく白塗りしてくる。」と言い残してダッシュ。

外へ出たらふたつあるドアのどちらが楽屋かわからない。適当に左を開けたらなかに奥山がいる。「白塗りすんのかよ。」とか聞いたら「最近はいつもこんな感じっすよ。」と冷たく答えられて、ムカッとしながらマジかとつぶやく。

楽屋に駆け込んだら白塗りがなんだか水っぽくて薄い。「なんやねんこれ。」と近くにいた直哉に文句を言ったら「最近はこんなんですよ。」と答えられる。

慌てて白塗りをするが薄い。顔だけ白ければええか。からだは適当で足は前だけ塗って。

近くにいた若いのに「見とけよ麿さんに怒鳴られるから。」と宣言。

「最近、麿さん怒鳴るか。」と聞いたら「しょっちゅうですよ。」と答えられて、健在やな。

とかバタバタやってたら目が覚めた。

夢で良かった。

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『ある日の絵』
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2021年10月17日

ピーター・ノーマンを知っているかい

1968年10月17日、メキシコオリンピック。

陸上男子200mの表彰台に金メダル、トミー・スミスと銅メダル、ジョン・カーロスの2人の黒人が立っていた。

2人は靴をはいていなかった。黒い靴下は貧困を、黒い手袋は“ブラックパワーと差別からの解放”を訴える無言の抗議だった。

2人はアメリカ国歌が演奏され国旗が揚がると、下を向いてこぶしを突き上げた。

スミスとカーロスの陸上競技人生はIOCの永久追放処分を受け閉ざされる。けれどもこぶしを突き上げる勇気ある姿は、いまもアメリカでリスペクトされつづけている。

「僕も君たちと一緒に立つ」

そう言って2人に賛同した銀メダリスト、ピーター・ノーマンは帰国するとはげしい批判にさらされる。

母国オーストラリアでは差別主義思想が色濃く残っていて、ピーターのやったことは受け入れられない。国内の大会で優勝してもオリンピック代表にふたたび選ばれることはなかった。

ピーターは不遇の人生をおくり、2006年10月3日に死去。葬儀には生涯の友だったスミスとカーロスが参列した。

1942年、ピーター・ノーマンはオーストラリアのビクトリア州、メルボルン郊外の貧しい家に生まれた。

当時のオーストラリアは、イギリスの植民地だった18世紀からの『白豪主義』政策のなごりで、白人が先住民のアボリジニやアジア系民族などの有色人種を差別していた。

白人が最優先され、有色人種は市民権が得られないなど法的にも迫害されていた。しかしピーターは敬虔なクリスチャンだった両親と貧しい有色人種の人々に炊き出しをおこなったり、弱者に対して思いやりのある生活をしていた。

彼ら家族は白人でありながらも、決して差別する側に立つことはなかった。他の白人たちからは非難されることもあったが、そんなとき父はピーターに言った。

「肌の色など関係ない。人間はみんな平等なんだ。それを忘れてはいけない」

「後悔はしていない。たしかに得るはずだった多くを失ってしまったかもしれないが、こころは満たされている。自分の信念を貫き通せた。」

ピーターは後年、そう話していたそうです。

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左:ピーター・ノーマン。中央:トミー・スミス、右:ジョン・カーロス。photo by Google.

参照・引用:2020年8月14日 GLOBE ASAHI『五輪の表彰台でこぶしを突き上げた黒人金メダリスト 半世紀を経て、BLMを語る』| 笹川スポーツ財団『20. 白人選手のブラックパワー・サリュート』| Wikipedia
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2021年10月18日

静かにしろい!そろそろはじまるぞ

『鉄割アルバトロスケット』

1997年、作:戌井昭人と演出:牛嶋みさを、を中心に東京は根津の宮永会館にて旗揚げ。

グループ名の“鉄割”とは江戸時代に実在した芸人、鉄割熊蔵に由来する。“アルバトロスケット”はアルバトロス=あほうどり=信天翁×ロケット。

公演スタイルは、数分間の寸劇、踊り、パフォーマンス約数十演目を、ロック・ブルースなどノンジャンルの音楽世界でつなぐという構成をとる。

まるでダム崩壊のごとく絶妙かつ珍妙なキレと間合いで公演をおこなう。

それはまさに劇作、戌井のバックボーンでもある“古典落語・ブルース・阿呆だら経・パンク・ジャーマンロック・浪花節・レゲエ・文学・ダブ・旅・ビートニクス・食い物・映画・さすらいのカウボーイ・・・等々”を包括/分散させたものと言える〜鉄割HPより

京都国際舞台芸術祭招聘公演『鉄都割京です』

お稽古2日目、晴れ、こころの調子よし、からだの調子はもっとよし。今日から渡部真一と中島智人が参加。本読みから立ってうごいてみる。

3日目、晴れ、こころもからだも調子よし。まだ看板俳優、奥村勲はあらわれない。立っての練習がはじまると、あとはとにかく覚えるのだ。

いつからか台本を読み上げて録音して覚えるようにしている。じぶんのところは飛ばして録音、これだとほかの人のセリフはうろ覚えでもいいので楽なのです。

しかし、あんまりやりすぎるとスピードが合わなくなったりするので気をつけよう。

4日目、雨、からだの調子よし。こころは雨なのでもうひとつ調子が出ない。朝から鉄割のセリフを覚える。そのあとは11月公演の台本を考える。

大丈夫なのかと何度もスケジュールを確認するが、岡原真弓さんが忙しくて稽古ができないのでやれる限りのことをやろう。

ピンチはチャンスだ。

常識を捨てよう。柔らかく臨機応変にいこう。お芝居にしようとするのではなく、ドキュメンタリーの手法でいくのだ。

5日目、雨、からだの調子よし。制作的担当、松島さとみさんがあらわれて「チケット売れ行き好調で、売り切れ間近」とインフォメーションあり。

京都方面でご覧になりたい方はお早めにどうぞ。

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Photo by Manabu Numata
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2021年10月19日

全力で不条理に突進する面々による、痛快オフビート演劇

11年ぶりにKYOTO EXPERIMENTに帰ってくる『鉄割アルバトロスケット』

寸劇・歌・踊りを織り交ぜた1〜5分の出し物をダダダと矢継ぎ早に繰り出すスタイルが特徴だ。

そうして光を当てるのは、社会から「ちょっぴりズレてる人々」の日常のあれやこれや。世の不条理にあえて全力で飛び込んでいくパフォーマーたちの滑稽で痛快なすがたを通して、ものごとの本質をグサッとえぐり出していく。

そんなズレてる面々が躍動する世界は、とかくクリーンな現代都市では失われつつある風景でもある。

パンデミックで不寛容さが倍増した時代ではなおさらだ。

阿呆、無常、アウトローが炸裂する鉄割的世界は、もはやノスタルジーになってしまうのか、それとも−−? 

観客の間近で、見世物小屋的に展開していく演目を体感し、ぜひ、あなた自身の目で見極めてほしい。〜KYOTO EXPERIMENT WEB SITEより

鉄割のお稽古、6日目、晴れ。気持ちがいい。体調は熱なしでいい調子だが、先日の飲み過ぎた後遺症があらわれた感じで、今晩はお酒を抜こう。

7日目、晴れ。体調良し。稽古へ出かけるまで11月公演の台本を直したりする。

練習は、音響のチャーさんもあらわれてだんだんと本番態勢にはいっている。帰りに電車に乗ったら超満員でびっくり。

8日目、雨、体調良し。今日は朝からこんにゃく座にて岡原真弓さんとの稽古。

電車に乗ったらみなさんマスクをしているけれど、咳もくしゃみもしてなくて喋らないならば必要ないはずなのに。いまはそもそも、なぜマスクをしているのかわからなくなっている。

とか考えながらこんにゃく座へ。

岡原さんと湯山と3人であーだこーだとやっているうちになんだかいい感じで、おもしろくなりそうで良かった。

鉄割の稽古場へといくと10/22と10/24が、もう、予約が不可能となったとのインフォメーションあり。

土曜もほぼ埋まっており、売り切れ完売は時間の問題とのことです。

posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 17:49| ブログ?

2021年10月20日

Happy birthday to Mother

前略、おふくろ様

82歳の誕生日、おめでとうございます。

今年も姉妹で集まりたいところだったが、こんなときだからむずかしいですね。

最近、おふくろ様は足が弱くなってきて歩くことがままならなくなって心配していますが、こころとあたまはしっかりとしているのでひと安心しております。

まだまだ長生きできそう。

子どもの頃から母親には怒られてばかりだったが、言うことはまったく聞かなかった。聞こうと思わなかった。子どもの頃は怖かったが怒られすぎて慣れてしまって、なんとも思わなくなってしまった。

子どものことを思って口うるさくなってしまうのだと、じぶんが親になってはじめてわかります。わかりますがじぶんはほとんどなにも言いません。

妻にまかせています。ふたりで口うるさいとよくないですからね。

親不孝ばかりしてきた人生だったが結婚してから彼女のおかげで、だんだんと親孝行ができるようになってきてよかった。

孫の顔を見せるという最高の親孝行もできた。

感染させてはいけないので、様子を見にいくことができませんが、体調はいかがでしょうか。

近頃は歩けなくなってきて大好きな観劇もままならないので、ほんとうに淋しいしつまらないですね。

じぶんの足で歩けないというのはどんなに辛いだろう。けれども入院しているとき車椅子の運転は上手だったから、これからは家の中を改造して車椅子で移動できるようにすれば行動範囲は広がるかもしれない。

11月の岡原真弓さんとの淡路島公演は歌と音楽と踊りとお母さんの好きな感じだと思うので、是非とも招待したいがこのあいだ7月に来てもらったときの感じだとむずかしいかもなあ。

岡原さんは豊中出身で家もまだあるようなので、川西を訪れて歌と踊りを誕生日プレゼントにする。なんてこともいまは気軽にできない。

しかしこのアイデアは来年やるので、それまでどうかお元気で。

それでは。

草草

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『モナリザにらくがき』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 15:29| ブログ?

2021年10月21日

新聞、観劇、稽古

今日は朝から雨。

体調は季節の変わり目、なんだかすぐれない。

しかし熱なし咳なし、くしゃみなし。

午前中はいつものルーティンのあと11月公演の台本の直しをしたり『ブログ?』をアップしたりする。空いた時間に散歩がてらコンビニへ。週刊ポストを探して戌井君の連載を立ち読み。ついでに新聞を買う。

いまは新聞週間のようだが、見出しがどれもなんだかつまらなくて読む気にならなくて、昨日は新聞を買わなかった。

灰色のこの世界を象徴する新聞というもの。灰色の政治の世界も象徴していてよく似ていると思う。

殺人とか事故とか汚職とか不正とか不具合とか、人間の愚かさを毎日知らせる新聞なのでうんざりもしてくる。

良いことも書いてあるが、悪いことのほうがセンセーショナルにこころに響いてくる。人間はどうしても悪いことのほうに目がいってしまう。

「見ざる、聞かざる、言わざる」は徳川家康が「子どもは悪いことを見ない聞かない言わないほうがよろしい」と教育論をのべたもの。

大人もたまにはテレビを消して新聞を閉じてスマホも遠ざけて、情報のシャワーから距離をおくほうが良いのでしょう。

午後は師匠、麿赤兒の舞台を拝見へ。

フランソワ・シニョーというフランス人ダンサーとのコラボレーションで、フランソワのやりたいことに麿さんがつきあってやっている感じの作品だった。

しかし、そこは師匠。見事にやり切って大いに客席を盛り上げていた。何回もカーテンコールがあって、そのたびに出てきてサービスをする麿さんの姿を観ながら「頑張ってるなあ。」と感動。

じぶんも頑張らねばとやる気が湧いてくる。

そのあとは千歳烏山にて鉄割のお稽古。

明日で練習は終わりだが結局、全員揃う日はなかった。みなさんほかの仕事をしていて本職はべつにあって忙しいのです。

お芝居で食えればいいのだが、そうは問屋がおろさない。好きなことで飯を食うのはなかなか許されない。芸術的なことをなかなか許容できない国民性もある。

とか愚痴を言っていても仕方がない。

関係なく師匠のように舞台にからだを投げ出しつづけよう。

posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 13:56| ブログ?

2021年10月22日

積み込み、移動

朝から体調良し。

天気も良し。

10時からオペラシアターこんにゃく座にて岡原真弓さんと11月の稽古。

作曲、音楽監督の築山建一郎もzoomにて参加。オンラインだと雰囲気は伝わらないかもしれないが、とにかくやってみよう。しかしつくりながらなので、まだまだひと様にお観せできるような状態ではない。

最後のほうに建一郎と話していたら、やはりなにも伝わらなかったようで「意味がわからない」と言われてショック。こちらは1日、3人で打ち合わせをして先を行ってしまっていた感じもあって、ついて来れなかったようで反省。

建一郎に申し訳ない気分でもう一度はじめから作品の成り立ちや、やりたいことなどを丁寧に説明をして共有する。

台本を書いたり歌詞を書いたりしているがそれはたんなる叩き台。お芝居をやりたいわけではなく、岡原さんが歌役者さんなので、その特色を生かそうというこころみの企画。

それぞれが光っておもしろくなるために、なんでもありの舞踏の魂を実践、挑戦するのだ。変なことをやりすぎていると言われることもあるけれど、舞踏なんて変なことをやってなんぼ。

想像できるようなことをやったところでつまらない。ヒヤヒヤしたが最終的には、わかってもらえたようで良かったが苦い思いがのこる。

対話という大切なことを実感する。

家にいちど帰ってひと息ついて、夕方鉄割の練習へ。

今日でお稽古は終了、雑談で盛り上がったりむかしのことを思い出して話しているのを聞いたりする。練習も本番さながら盛り上がって、楽しいときはすぐに終わってしまった。

休憩のときに毎週楽しみにしてた戌井君の週刊ポストの連載が終わると聞いて残念。単行本化される予定もないようで無念。

BRUTUSの連載も終わったそうで「連載はあてにするな」と誰かに言われたとか回想してた。

積み込みをして解散、帰宅したら23時だった。明日は2週間ぶりのお休みなのでいろいろと終わらせよう。

明後日に京都へと出発。

はじまったらあっという間に終わってしまうのだろうなあ。

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『オカザえもんを模写』
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2021年10月23日

はじまった

鉄割アルバトロスケット

京都公演『鉄都割京です』

移動の日は18時に京都へ到着。さきに入っていた主宰の戌井昭人と演出の牛嶋みさをと合流。

久しぶりにみんなで居酒屋へといく。まだ21時までの営業だとか。ホテルへ帰ってロビーで東陽先生ともうすこし飲んで就寝。

次の日は劇場入りして朝から仕込み。

鉄割特有の舞台ができあがっていく。緞帳がなんだかへんな匂いがしていて、戌井君と奥村君とコインランドリーへ。歩いて6分だと言っていたけれど、なかなか着かないので調べたら車で6分だった。

幕をぶち込んで出来上がるまで昼飯を食べる。近くにいい感じのうどん屋があって、京都特有の町のカレーうどんを食べたい食べたいとしきりに言っていた奥村君の希望がかなう。なかなか美味かったが京都出身の奥村氏によると普通だとのこと。

つくれそうな感じだったので今度、淡路島でつくろう。

コインランドリーから戻ったらもう一枚緞帳が洗い残ってて、あらら。湯山に自転車を借りてもういちどコインランドリーへ。

待っているあいだに自転車でうろうろする。京都は街並みがなんだか上品でおしゃれ。規制で高い建物をつくってはいけないのも関係しているのでしょう。洗い終わって劇場へもどったら舞台も完成間近。

夕方から練習をする。しかしガリガリ俳優、中島朋人は仕事が休めなくて明日来るとかで場所にからだをならしたりする準備運動てきな雰囲気。

終わったら21時。店がどこもかしこもまったくやっていなくてびっくり。風呂屋へいってコンビニに寄ってビールを買って宿のロビーでホッとひといき。いろんなひとが通るたびにつかまえて雑談する。

さて今日は本番初日。

朝から体調よし。11時ぐらいに劇場へといって練習開始。しかしまだ中島があらわれないので、のんびりとする。

12時に中島があらわれたので抜き稽古。確認したら14時からゲネプロ開始。

いつも誰かいなかったりする鉄割にしてはめずらしく本格的な予行演習だった。

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『京都の掲示板にペイント』
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2021年10月24日

本番初日、2日目、千秋楽

本番初日は19時に開幕。

2年ぶりの本公演だが最初、観客の反応に物足りなさを感じる。

原因は下北沢ザ・スズナリ満員の300人を超える観客の大爆笑の成功体験が残っていたから。

今回は100人足らずの観客でしかも皆さん、マスクをしての鑑賞。マスクをしていると笑い声が消されてしまう。

そんななか、座長の戌井昭人、看板俳優の奥村勲、旗揚げメンバーの渡部真一がお客さんを沸かせていてさすが。

ベテランの底力を感じる。

終わって劇場を出たら築山建一郎が観に来てくれていて、話しをすると「のめり込んで観ました。おもしろかったですわ。」と喜んでいた。

風呂屋へいって汗を流してから、飲んでいる湯山と友人の青ちゃんとパートナーさん、建一郎に合流。

京都は今日からお酒が解禁だとかで街は明るく華やいで、みんな楽しそうだった。

飲み屋からの帰り道に建一郎と鉄割のいい加減で適当な良さについて話す。それが本番のグルーブ感につながっている。

ホテルにもどって今晩もロビーにて一杯。中島朋人の離婚話しを聞く。別れる理由は人、それぞれ。あんなに好きだったのに、いつのまにか大嫌いになる不思議について話す。

本番2日目、14時開幕。

ちょっと飲みすぎな感じで疲れも出てきているが、大丈夫。

昨日はあんまりうまくいかなかったので、今日も初日のつもりで頑張ろう。最初に少々集中力に欠けるところがあって、気を引き締める。

終わったらまだ16時。

父の知り合いがやっている京都現代美術館“何必館”へといこうとするが、祇園でバスから降りたら渡部から連絡がある。何必館へは明後日、移動日に参ろう。

渡部と中島と照明の足立さんと、着いた日にいこうとしていたホルモン屋へ。地元の人たちが通う名店で混んでいた。

3日目、千秋楽。

楽しいときは、やはりあっという間に終わってしまう。最後も集中して楽しむ。

終わったらバラして、お疲れさまでした。

つぎは来年か。

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『鉄割のちゃぶ台の模様にペイント』
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2021年10月25日

おわった

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭・招聘公演

鉄割アルバトロスケット『鉄都割京です』

大好評にて全日程終了。

京都のお客さんたちが「おもしろかったです」と喜んでいる姿を見るたびに「すごいなあ」と戌井昭人氏の才能に驚嘆し感服しつつ、じぶんも頑張ろうとこころのなかで猛烈に誓う。

11月の公演をかならずなんとしてでも、おもしろくするのだ。予約がぼちぼちと入りはじめているので気をひきしめよう。

次の日は朝から雨で祭りのあとの寂しさが漂う。10時にチェックアウトして東京へと帰るメンバーを見送る。そのあとに鉄割公演中にずーっと気になっていた“ホー・ツーニェン”の展示を観にいく。

しかし展示室にはいったら真っ暗で日程をみたら終わっていて残念。11月公演のチラシを折り込んでいたので、余っていたら引き上げようかと思って係りのひとに聞いたら見当たらなくて、あらら。

荷物を宿泊していたホテルにあずけてロビーにて『ブログ?』をしるしたあとに『何必館・京都現代美術館』へいくぞ。

何必館は祇園の通りのど真ん中に奇跡のように存在する私設の美術館で祇園の喧騒とは一線を画していて、その静溢な雰囲気はいついってもこころが洗われる。

調べたら、いまは“アンリ・カルティエ=ブレッソン”の写真展をやっている。とのことで、まさか休みではあるまいな。とチェックしたら月曜休館で、今日はそんな日なのか。

すべてのことが思い通りにいかない。

そんなこともあるのさ。

これからどうするか・・・途方にくれるが昼ごはんを食べたら川西へ。夕方に移動するつもりだったが、多少早くてもいいでしょう。

明日は終日、実家にて11月公演の台本をなおして、明後日に大阪は曽根の岡原真弓さんの実家にて稽古をする。いまはご両親が亡くなられて家を改造していろいろとやれるようにしているとか。

曽根にて稽古をしたら次の日に1ヶ月ぶりに淡路島へ。

庭の雑草がどうなってるか、ローリエのカイガラムシはどうなっているか・・・

心配。

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『鉄割のちゃぶ台の模様にらくがき』
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2021年10月26日

遺志

『悪魔のしるし』を主宰していた危口統之(きぐちのりゆき)がとつぜん亡くなってはや、4年。

危口君とはセゾン文化財団の新年会で知り合って「おもしろいことをやってるなあ。」と注目をしていた。

苦労人ゆえか性格はあまのじゃくをとおり越して、攻撃的なところがあった。

権威主義的なものに対する嫌悪もあったのか、公共ホールの主催で作品をつくったときは素人のじぶんの父親を主役にして舞台にあげるという嫌がらせのようなことをしていた。

それが見事にはまって現実なのか虚構なのかわからない、ノンフィクションとフィクションのはざまを行き来するような不思議な作品になっていた。

公共ホールがリスクを負って自主的に主催をするのではなくて、応募してきたカンパニーを埋め草的に都合よくつかっているのが気に要らない。と発言していた彼らしい攻めた舞台だった。

スマホをうしろにのびた棒にとりつけて、じぶんの姿を映して顔につけたゴーグルの画面にとばして観るという彼が考案したシステムは、まるで能の"離見の見”を具現化したようでとても興味深かった。

そんな危口君が考案し、日本のみならず世界各地でおこなわれてヒット作品になっていた『搬入プロジェクト』がリーダー亡きあとも各地で開催されていると新聞にのっていた。

搬入プロジェクトは、ある空間に入らなさそうでギリギリ入る巨大なオブジェを設計、製作し、それを搬入するパフォーマンスだが、複雑なかたちをした搬入物を苦労して入れていくすがたに観客も熱狂するのだとか。

彼が搬入の副業をしているのを逆手にとって、それをパフォーマンス化するというアイデアを実現させたもの。

一種のお祭りみたいなものだな。

作品をオープンにするにあたって作品の著作権を放棄し「誰でも勝手にやっていいもの」にするために、いろいろと権利のことや法的なことを仲間がクリアさせて、開催しているとかですばらしい。

危口君は生前、口頭や文章で「搬入プロジェクトは誰がやってもいい」「著作権フリーである」と繰り返し言っていたとか。

きっと、あの世で喜んでいることでしょう。

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"CARRY-IN-PROJECT #15" in ROPPONGI ART NIGHT 2014/4/19-20 This image come from AKUMANOSHIRUSHI WEB.

参照:2021年9月21日 朝日新聞
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2021年10月27日

夢、dream

どこかの公民館。

鉄割の奥村勲氏が舞台にいて船に乗ってる。

両手に旗を持っていて踊ってる。

ヒモがついてて客席の後ろから主宰の戌井昭人氏が引っ張ったら船がうごいて、奥村氏が旗を振りながらセリフを見事に喋るので観ていて感心する。

どこかの劇場。

客席にいたら室伏鴻さんが四つん這いのけもので入ってくる。

照明が暗かったようでなんとかしろと言われるが、脚立がたしかたかいところにあって面倒なので言い訳したら「がたがた言うなやれ。」と怒られる。

裏の倉庫へといったらやはり脚立はいちばん上にある。上まで10メートルはありそうだ。

よじ登っていって上までいったらグラグラしはじめる。もう1人が手伝ってくれるが、グラグラは止まらない。倒れたら死ぬぞ。

手伝いに押さえていてくれるように頼んでなんとかいちばん上の脚立を取ろうとしたら、向こう側の光景が見えて下で室伏さんがたくさんの壁にはさまっている脚立を取ろうとしているのが目に入る。

室伏さんがあの脚立を取れればこの脚立を下におろさなくてすむな。とか考えていたら、壁が倒れて室伏さんともう1人が下敷きになりそうになる。

危ないと思った瞬間に凄まじい叫び声が聞こえて間一髪、壁をふたりで持ち上げて倒れずに済んで良かった。

教室が水びたしになっている。

水は腰ぐらいまであって廊下にも流れている。上にでかい水槽があって、その栓を松田篤史が抜いてさらに水が流れ込んでくる。

誰かのポルシェ。

ボンネットを開けたらすごく薄い。高級だから気をつけて。ふぁっさーと閉じる。湯山が何故かポルシェを押して溝に落としてしまう。外に出たらもう一台、高そうな車。この車も湯山がいたずらしてなんでや。

恐ろしいのでなかに入る。なかは劇場で、もうすでに仕込みが終わっていて照明もついてていい感じ。

うろうろして調子をみる。

袖と舞台をいったりきたりする。

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『模写2021_10_26』
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2021年10月28日

稽古日記

今日も朝からいつものルーティン。

しかし川西には仏壇がないのでお勤めはおやすみ。

午前中は台本を直してプリントアウト。

午後は大阪、曽根の岡原真弓さんのご実家にて11月公演の稽古。いまはご両親が亡くなられて歌のワークショップをやったりしてるとかで、広くて素敵な家だった。

直してきた台本を最初から読んでいってだんだんとからだをうごかす。岡原さんが猛烈に忙しくてセリフや歌詞を覚える時間がないので、どうするか話し合う。本を読みながらのリーディングパフォーマンスというかたちでの公演も視野に入れるかどうか。

しかし本をもっていてはうごきが制限されるのでどうなのだろう。鄭義信さんは台本をもって激しくうごいてのパフォーマンスもおこなったりするらしいが、見たことがないのでよくわからない。

とにかくできるかぎりのことをやることにして、即興にて通してやってみる。

湯山が良くて全体的にもなんとかなっているような気もするが、客観的に観なければとじぶんをいましめる。

休憩時間に渡部真一の個性の強さとあんなに強い自我をもっているのに世に出られないことについて、雑談する。俳優で仕事をするむずかしさ。話芸でいえばもっと上手なひとがいて上にはうえがいる。

しかし大好きなゴルフをなりわいにしているのだから幸せなのだろう。

能楽師の安田登さんが『三流のすすめ』という本を出されているそうだが、それによると、三流とは一流とくらべて劣っているということではなく、もともとは多才な三つの流れをもっているひとのことをいう言葉。

ひとつのことに集中するのが一流で素晴らしいという常識に、しばられない生きかたでもある。

ひとつに決めないおもしろさがあり、目標を持たない大らかさがあり、天才ではない気楽さ、嫌なことはしないガマンしないという生きかたであり、そのためには評価されないでも気にしない強さを持つことも大切。

こうした“ない”を許容することを尊ぶという古典の知恵であり、いまを生きぬくヒントになるそうです。

頑張ら“ない”をモットーにする舞踏に通じる考えかただと思った。

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『鉄割のちゃぶ台の模様にペイント』
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2021年10月29日

Butoh is hybrid. Hybrid is unlimited

川西に滞在中。

父の書斎にて大橋しんさんの『魔法のフレーズをとなえるだけで姿勢がよくなるすごい本』を読む。

からだの考えかた、からだのありかたについての本で舞踏のワークショップでいつもやっていることと、通じるところがたくさんあった。

からだのなかで大切な部分はあたまとからだをつなぐところ。

頭蓋骨と背骨の結合部分でまずはそこを意識する。具体的には頬骨のつけね、耳の穴から指3本のところ。むかし通っていた整体師のかたも、ここを意識してあたまをうごかすと姿勢が整うと言っていた。

背骨というから背中にあるのだとみなさん誤解するが、背骨はからだのセンターにある。からだの中心にある線があたまと耳のすこし前でつながっている。

あたまは脳みそがゆらゆらと揺れる水のなかに浮かんでいるイメージ。背骨はやはりゆらゆらと揺れる鎖がぶら下がっているイメージ。からだは滝のように水が流れていて鯉が上へと登っていくイメージだとか。

このあたりも舞踏がよくつかう「からだは皮膚というやわらかい皮につつまれた水がいっぱいに入った水袋であって、骨や内臓はそこにゆらゆらと浮いている。」イメージや「からだはからっぽな皮袋であり下から上へ水が流れる」や「常に吊られている」舞踏の基本と通じる。

足は砂時計のなかの砂が下へと落ちていくイメージで、舞踏ではからだ全体をつかって砂が流れていったり入ってきたりを繰り返したりする。

ワークショップでは砂を水にかえたり、空気にかえたり油にしたりとイメージでどんどんあそんでいく。

舞踏はバレエやダンス、能狂言歌舞伎はもちろんのこと、気功や合気道や野口体操や野口整体やアレクサンダーテクニーク、ロルフィング、etc...etc...

あらゆるからだへのアプローチをこころみる、いろいろなことを取り入れたハイブリッド。

そこへ哲学や宗教、文学的なエッセンスを取り込んで、なんでもありの世界を舞台に立ち上げる芸術。

まだ生まれてから60年しかたっていなので、これからもいろんなことに刺激を受けながら変容しつづけるのでしょう。

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ほかにも「吐く息でからだがゆるみ、吸う息でからだがのびていく」なんてイメージもあった。
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2021年10月30日

移動の日記

今日は川西から都志へと移動。

毎朝のルーティンのあとに新聞を読む。

最近は何人感染したとかまったく騒がなくなった。

何人ぐらいなのかと朝刊で調べたら全国で875人だった。1億人のうちで875人・・・ほぼいないようなもの。亡くなった方は13人だという。

しかしワクチンを接種したあとに亡くなったときは厳密に因果関係を調べるが、かかったあとに亡くなったひとの因果関係はまったく発表されない不思議。

かかったあとに脳溢血や心筋梗塞や心肺停止、etc...etc...で亡くなる方たちの死因は、ほんとうにコロナウイルスと因果関係はあるのだろうか。

と、新聞を読みながら素朴な疑問を感じつつ、ほかの記事にも目を通す。

日本の核廃絶運動の牽引者だった坪井すなおさんが、亡くなられて連日記事がのっている。

アメリカによる核兵器使用により何十万人を殺されいまだに後遺症に苦しむ国民がいるのに、アメリカの核の傘に守られていると思い込んでいる不条理。

核兵器との不気味な絆を感じる。

しかし坪井さんは「ネバーギブアップ、核廃絶をけっしてあきらめるな」と発言しつづけた。合掌。

『ブログ?』をしるしたら荷物を郵便局から発送して、さてそろそろ出発。秋晴れの気持ちのいい天気にこころも晴れやかになる。

しかしバスに乗るのに鬱陶しいマスクをするとメガネが外れそうになってイヤホンが落ちそうになって小さくひとつ気を吐く。運転席のちかくに立つと「マスクをしてビニールの膜をぶら下げてなにをいったい恐れてるのだろう?」と疑問に思う。

だいたいセキもクシャミもしてなくて喋らないのだからマスクなんて・・・

理不尽な思いを抱えつつ阪急電車のガラガラの車内で人の目を気にしつつマスクをし三宮までいって、高速バスの発車時刻まで買いものをする。

バスを待ちながら母が「どこがじぶんの家かわからんな」と言っていたのを思い出す。

いまは都志の家がいちばんじぶんの家という感じがするかもしれない。

そんな淡路島の家へ1ヶ月以上ぶりの帰宅です。

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『模写2021_1026』

参照:2021年10月29日 毎日新聞
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2021年10月31日

#わたしも投票します

今日は衆議院選挙の投票日。

国民第一とか言いながら国会を軽視して説明責任から逃げつづけたこの9年。

選挙公約を実行しないなんていつものことだし、総裁に選ばれた途端に安倍さんと麻生さんに忖度しはじめた岸田さんを筆頭にやはり政治家というのは信用ならないと思ってしまう。

官邸が人事権を盾に言うことを聞かせて耳の痛いことをいう官僚はすぐにクビにしてしまう。国を支える官僚システムは崩壊寸前、若者の官僚離れにも拍車がかかっているとか。

いろんな政策を立案して国民のためにがんばろうというこころざし持って官僚になった方たちが、絶望して転職するケースも増えているそうです。

そんな安倍、菅政権の国家運営を問う選挙になるようで、いつになく皆さん関心を持っている。

10月16日、俳優の渡辺謙さんや菅田将暉さん、前野朋哉さんら14人が投票を呼びかける動画をネットに投稿。

政府の広報かと思ったが、投票率が低いほうが嬉しい自民党がそんなことをするわけがない。

20代の投票率が低いことを憂いての有志による、ハッシュタグでの政治参加への呼びかけだった。

今回は18歳から投票できるが、投票権のない18歳以下は選ばれた政治家が勝手に政策を決めてそれに嫌でも従わなければならないのだから、有権者の責任は重大。

子どもたちも、まったくいまの世界のことをわかっていない老人に国をうごかされてはたまらない。

投票にいかない棄権という意思表示でいまの政権のやっていることに賛成するのか。もしも、いいと思う候補者がいなければ、比例代表でここ以外は嫌だという意思表示でどこかの政党に投票することもできる。

これからは、フレッシュな感性や女性の声をどんどん取り入れていかないと、世界からどんどん取り残されていく。

脱プラとか叫びながらコンビニ袋を有料にして満足している。デジタル、デジタル言ってるのにいまだにいろんなことが紙で行われている。

憲法を変えて戦争ができるようにしようという態度も改まらない。

このままでは、じぶんたちのそして子どもたちの未来は危ういのです。

と、選挙権をもつイチ舞踏家からでした。

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『模写2021_10_25』

参照:2021年10月26日 毎日新聞夕刊『政と官の関係は〜元文科省官僚が斬る』
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