2021年11月01日

移動の日記のつづき

川西からの移動日。

三宮から高速バスにのって30分。

明石大橋を渡りながら、だんだんと見慣れてきた灰色の神戸とみどり豊かな淡路島のコントラストをながめる。

山の中の高速道路を抜けると約1ヶ月ぶりの播磨灘が見えてくる。夕焼けにひかるどこまでもおだやかな海を見ながら「帰ってきたのだなあ」としみじみと思う。

途中にある『幸せのパンケーキ』は相変わらず繁盛していて、さらに店が増えていた。巨大な資本のちからを実感。

小綺麗なカフェに都志の舞台に張ろうと思っている、イメージ通りのタープが張ってあったりするので参考にする。

イタリア料理の『ガープコスタ』あたりもどんどん店が増えている。オシャレでインスタ映えする施設ではないといまは繁盛しない感じ。たしかにくたびれて色褪せた施設では若者が夢を感じないのも事実。

とか考えながら右側に流れていく海を眺める。

なんでもいいからどんどん栄えて都志のほうまで来てくれたらいいなあ。しかしガープコスタのつぎのバス停あたりからさびれてくる。時代から取り残されていく地方の実態が広がっている。

とか思っていると真っ白な新築の家があらわれたりして嬉しくなる。

椰子の木が林立する海沿いのホテルもできていたりして、いま淡路島に注目が集まっているという話しを思い出す。

とかとか考えていたらつぎは最寄りの五色バスセンター。

岬をいくつかめぐったら遠くに白い風車が見えてきて降りる準備をはじめる。最後の岬を越えたら風車がだんだん大きく近くなってくる。

ご先祖さまが眠る墓地を通ったらもうすぐ。夕焼けに小豆島と四国が水墨画のように、うすく輪郭を浮き上がらせている。

バス停に着いたらちょうど夕方5時、サイレンが盛大に鳴っていた。

季節はもう晩秋、すこし肌寒いぐらい。ドアの鍵を開けるとかび臭いような独特の匂いが出迎えてくれる。

「ただいま帰りました。」

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庭の柿がほとんど落ちていて残念。
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2021年11月02日

結果発表

衆議院選挙の投開票が終わりました。

テレビでは自民党総裁選は大々的に取り上げて盛り上げたが、衆院選は公職選挙法にしばられてさっぱりと取り上げられなかったとか。

どこを観てもバラエティばかりだった。

いっぽうウェブ上は無法地帯、悪口陰口に罵詈雑言、誹謗中傷のあらし。対立候補の足を引っ張ろうと口汚くののしって、ひどいありさまでした。ネット上にもなんらかの選挙規制法がこれからは必要なのでしょう。

今回の選挙は安倍、菅政権の約9年間の国家運営を問う選挙戦だったが、自民党は過半数を超える議席を確保。公明党はあいかわらずの安定感。

立憲民主党は議席を大幅に減らし日本共産党も2議席を減らした。そのぶん日本維新の会が議席を伸ばして自民公明党も立憲共産党も嫌だというひとの票を獲得した。

投票率は55.93パーセントで戦後3番目の低さ、自民党の追い風になった。そのうちの32パーセントが自民党へと投票したことになる。国民の約3割しか支持していないのに選挙至上主義の現在は勝てば官軍、国民の「信任を得た」と岸田総裁も口にした。

しかし棄権は現政権の容認と考えると77パーセントの国民が自民党を支持したことになるので仕方ないのか。

一党がずーっと国をうごかす弊害がいろんなところにでてきている。やはりアメリカのように、二大政党で代わり番こに政策を競いあうというのが理想的なのでしょう。

小選挙区制でそんな二大政党制になるかと期待されたが、けっきょくはならなかったそうです。

当選者456人のうち411人が男性・・・

2003年の小泉政権から女性活躍をずーっとうたっているが、女性は45人で当選者に占める割合は1割を切って逆に後退してしまった。20代はたったの1人で多様性にはほど遠い。

医療の問題も経済政策も外交や安全保障、人口減少と問題が山積みで、万歳なんてしている場合ではない。

自民公明党でも民主共産党でも維新の会でも社民党でもれいわでもNでもなんでもでもいいのです。

日本が平和でこぼれ落ちる人たちがいなくなり、個人が尊重されて安心して暮らせる社会になるように期待しています。

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残っていた庭の柿を食べたら甘くて美味だった。

参照:2021年11月1日 毎日新聞、朝日新聞 | 2021年11月2日 産経新聞、朝日新聞
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2021年11月03日

都志での日記

淡路島は五色町都志の家に帰ってきています。

1ヶ月と1週間ぶりの帰宅。

朝からいつものルーティン。

そのあとは朝のお勤め。「おん さらば、たたぎゃた はんな まんな のう きゃろみ」こころを込めて真言を唱えます。茶碗を洗ったらコンビニへ。

戌井君の週刊ポストの連載が最終回だった。公演の終わり、秋の終わり、旅の終わり、etc...etc...

さまざまな終わりがあるけれど、人生の終わりが最大の区切り。

死んだらどうなるのか?あの世だの輪廻だの生まれ変わりだのいろいろと言われているが、科学的には魂魄が飛び散って空間にさまようというのが通説になっているようです。

漂っている魂魄に意識はない。チューニング中の楽器のような状態で、なにかの機会にいきものなりに入って、演奏がまたはじまる。

ほんとうかどうかはわかりません。

しかし、この歳まで生きてくると「もう一度人間に生まれてくるのは嫌だなあ」と思う。またこんなにつらくたいへんなことを繰り返すのかと思うとうんざりする。

戌井君連載の挿絵を描いていた東陽片岡先生が畳の線を一つ一つ手描きしているとかで、そんなふうに丁寧に生きねばと思った。

コピーアンドペーストを繰り返すような人生ではつまらない。

京都で「東陽先生に影響を受けてプロの漫画家になった若者が結構いる」という話しを聞いた。それぐらいに唯一無二、誰にも似ていない画風なのです。

コンビニからの帰り道、今日は土曜日だしなんにもしないお休みにしようと決める。やりたいこと、やらなければならないことはあるけれど今日はやめよう。

すぐに真面目になろうとするじぶんがいる。

なにもかもどうでもいいというこころをお忘れなく。なにもかも大したことではないという態度をたいせつに。ちからの抜き具合の塩梅なんだな。

生きるという恥ずかしいことと、人間のみっともなさや嫌らしさが渾然一体となっていることを思い出そう。

しかし完全に馬鹿かというとそうではなくて、知性がぴかりと光っていたりするのがいい。

そのためにはいろんな本を読んでいろんなひとと話して、いろんなことを感じてこころをうごかすのです。

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『CLUB CAMEL』約1ヶ月ぶりにスタート。
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2021年11月04日

柳家小三治 噺家人生悪くねえ

先日、惜しくも亡くなられた人間国宝、柳家小三治師匠に280日間密着したドキュメンタリーを拝見。

テレビ東京制作でBSテレ東での再放送。

2019年、79歳のときの映像だったが、スケジュールは2年先まで埋まっていると言っていた。

取材初日に気をつかって話しかけるスタッフに「あんまり話しかけないでもらいたい」と冷たく突き放す姿を観て「怖いなあ」と姿勢をただす。

突然亡くなられた桂歌丸師匠のことをたずねられると「放送用のことばなんてありませんので」とまたしても素っ気ない。

いざ高座へあがると全身全霊でお客さんを笑わせるが、ふだんはまったくサービスをしなくて寡黙どころか苦虫をかみつぶしたような仏頂面。笑いもしないすがたを観ると「プロだなあ」とうなってしまう。

名人とあがめたてまつられるが、高座へあがるまえは凄まじい緊張感がただよう。そんなすがたを観ていると、いつも真剣にふざけるというか命懸けで話し、笑わせているのだと感じた。

高座へあがってお客さんの雰囲気、顔をみてからなにを話すかを決めるという。小三治といえば噺のまえのまくらだと言われるがそのまくらさえも、その瞬間に決めるという。

まさに即興の真剣勝負、一期一会でそのときがすべて。

高校生のときに素人寄席で15回連続合格、柳家小さんに弟子入りして30歳のときに17人抜きで真打に昇進するなど順風満帆の噺家人生だった。

絶頂期、40歳のときに師匠からまっすぐに目を見ながら「おまえの噺はおもしろくねえな」と言われて衝撃をうける。

それからバイクに乗ったりいろんなことに挑戦しながら迷い、もがき苦しみつづける。オートバイで北海道の最北端、稚内の宗谷岬までいったりしながら芸の答えを探す旅をつづけた。

50歳のときに「極意中の極意」という声色をかえるのではない。演じようとするのではない、表現するのではない。

「その人物になりきればいい、こころがそうなればいいのだ」という答えにたどりつく。

「まだまだ駆け出し、こんなもんじゃない。終わりはないんです。」

そう取材の最後に口にしていた。

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かんたんに描けるかと思ったらすごい時間がかかった・・・
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2021年11月05日

まるでお坊さんのような日記

今日は朝から晴れ。

いつものルーティンのあと仏前にすわり真言を唱える。

「おん さらば、たたぎゃた はんな まんな のう きゃろみ」

柿を食べたら舞台の養生をはずそう。まだ濡れているところがあるので、押さえていた石をどけて杉板をはずして乾かす。天気がいいのでたまっていた洗濯をする。

近所に巣があるのか、スズメバチが低く羽音をさせてうろうろしていて恐ろしい。しかしスズメバチが飛んでいても、巣がそこになければいきなり人を刺すようなことはまずないとか。

手で追い払うなどしない限り、いちばん攻撃的なオオスズメバチでも人間には関心を示さないので、そっとしておけば危険はないそうです。なので、気をつけながら作業をする。

都志に帰ってくるたびに東京から荷物を送っていたヤマト便が廃止になった。それにちかいサービスがあると噂を聞いたので西濃運輸のホームページを検索。しかし高くて通常の宅配とたいして変わらなかった。

午後に先日、大阪にて稽古した映像を観る。

おもしろいところもあり、どうしようもないところもありであたまを抱えつつ思考をめぐらす。真面目にならないように、遊びあそび。とただただ、もっとおもしろくなるようにするのだ。

夕方にローリエのカイガラムシをとりのぞく。指でかんたんに取れて、それでじゅうぶんに対策になるようで不思議な害虫。

明日、ごみの日なので雑草も抜く。黄色くてかわいい花が咲いているなと思ったら、枯れたら茶色いエイリアンの牙のような種子に変身して服にくっつく雑草。

つぶつぶのたねが触れるだけで大量に手袋や服にくっつくように、うまくできている雑草など自然の営為に感心する。取ってもとってもどこかにくっついていてしたたか。

自転車でお墓にいって掃除して高野槙をお供えする。暗くなってきたので今日はここまで。

そのあとはいつものように夕方のお勤め、真言を唱えました。

と、1日を振り返ると、まるでお坊さんのような生活。

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『過去の絵をアップデート』
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2021年11月06日

専業主婦からの転機

母は独身時代は勤めていたが、結婚を機に専業主婦になった。

3人の子どもを育てながら、生活学校という消費者活動にかかわっていた。

母の最初の転機は「消費生活コンサルタントの養成講座があるから受けてみない?」という、友人からの一言だった。

まず論文と面接という関門があったが、生活学校での問題点を見つけ解決策を話し合うなどの活動で学んだことが役立った。月曜から金曜まで大阪に通い、40歳のときに消費生活コンサルタントの資格を得る。

翌年4月から大阪通産局で相談員になり、その後も乳業団体の相談員、守口市で相談員として働いた。

2回目の転機は2001年に市長選をめぐって川西市議会ぐるみの選挙違反事件が起き、全国的なニュースになったときだ。隣町の町会議員から「こんなときに女性が立ち上がらなくてどうするの?」と電話がかかってきた。

当時、川西市議会に女性議員が1人という現実に生活学校の仲間が中心になり『あしたをひらく女性の会』をつくり、母が代表として2人の候補者を立てて議会に送り出した。

なにもできないほどに細かく決められた公職選挙法に「まるで校則みたい」との声があがる。たった25日間の選挙だったが、ずぶの素人が選挙違反をしないようにと気をつけながらの手探りの選挙戦を展開した。

もっと女性議員が増えて欲しいとの思いで『主婦の手作り選挙入門』という本をつくり、統一地方選のまえに完成、発行。

多くの地域で参考にしてもらえたという。

黒川地区ですすめられていたリゾート計画の中止をもとめて署名活動をしたり、当時の政務活動費の問題点にも取り組んで、市政や議会の監視をする活動もつづけた。

そして4年後、当初の女性議員が会を離れたため、母が立候補するようにもとめられ当選。仲間と一緒に議員活動をおこなう。生活者の視点で福祉、環境、人権問題などに取り組み、毎議会欠かさず一般質問をした。

母の3回目の転機は議員をやめてからの認知症予防活動との出会い。

活動していた仲間の言動から認知症の初期ではないかと思ったが、どうしてよいかわからなかった。そんなときに「明るく、頭をつかって、あきらめない」というスリーA認知症予防と出会う。

脳活性化ゲームとやさしさのシャワーという理念にひかれて活動を開始。

はや8年目を迎えている。

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若い頃の母。

参照・引用:女の気持ちペングループ 特集『専業主婦からの転機』母75歳、7年前の原稿より
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2021年11月07日

文化庁ではなくて 舞踏ではなくて

現在、文化庁のAFFから助成金をいただく予定。

まずは頑張って公演を成功させよう。

文化庁が不採択になったときのために、もうひとつ芸文金の助成金にも申請していたら、そちらも採択されたと東京に通知があったらしい。

ふたつもらうのはおそらくいけないはずなので、不思議に思う。

しかし「貰えるものはもらっておくか」とも思ったりする。

そうしたら昨日、妻から電話があり、助成金不採択の通知が来たとのこと。いろいろと調べていくと最初に来たのは今年の2月にもらった継続支援申請の通知でなんでいま頃になって届くねん、まぎらわしいやろ。

そうしてさらに調べたら2月にもらったのは文化庁ではなくて、日本芸術文化振興会というところだと判明。

お金を頂いてたのに、ずーっと名前を間違えてたというたいへんに失礼なことをしていて、ごめんなさい。

けれども、さらにもう一度調べなおしたら文化庁の所轄だけど、別の法人だとかで「ややこしや」と思いつつ『ブログ?』もすべて名前を直す。「なんで申請者はお金がもらわれへんねん、おかしいやろ」と文化庁に怒っていたが責任の所在が違っていて、そちらもごめんなさい。

気をつけようと思うが、そもそもこういうことが向いていないのだ。

今回のAFFでほんとうにじぶんでやるのはやめにしよう。

お金の心配も大切だが、噂になるぐらいにおもしろいことをやらねば。唯一無二のヘンテコなことを考えてかんがえて実行する。

じぶんが活躍するのは大竹伸朗さんやお東陽先生や戌井君や塚原君や影響をうけたいろんな人たちへの恩返しでもある。

「がんばるぞ」と気持ちが盛り上がることもあれば「もう先が見えきてるかな」と弱気になることもある。

年齢的には中年、そして老年。

舞踏的にはこれから、ちからがどんどん抜けて経年良化。いろんなことがほんとうにもうどうでもよくなってきて、こだわりもなくなってきている。

そして塚原君のことを考えると舞踏というものにも、まだまだこだわりすぎかと思ったりする。

「見習おう」とも思うがじぶんは自分。

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『最新作』
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2021年11月08日

ある秋の日の日記

午後15時半から文化庁AFFの公演終了後の実績報告書についてのオリエンテーションに参加。

zoomをつかったウェブ上での一方通行の説明会でなにをしててもわからない。

関係のない話しのときにトイレにいったり、食事をしたりする。

以前は東京の会場までじっさいに足を運ばねばならなかったので、便利になったといえば言える。しかし、ひととの関わりということで考えれば、平面的な薄っぺらい無味無臭の味気ないものになってしまったとも言える。

zoomなのにカメラにむかっている担当者のかたがマスクをしていて「なんだか顔がバレたくないので素性を隠そうとしているように見えるなあ」と思ったりする。

理由はもちろんわかるけれど「へんなの」と思う。

説明会は90分におよんだがそのほとんどが、ホームページに記載されている文章を読んでいるだけだった。いっけん親切なように感じるが、見方をかえると信用されていないというか馬鹿にされているようにも感じてきた。

説明が終わって質疑応答の時間中に電話がかかってくる。

「神戸新聞の田中です」と名乗られて慌てる。11月13日、14日の淡路舞踏社でおこなう『まゆみと暮せば』を、わざわざ淡路島まで取材に来てくれるというのでびっくり仰天、恐縮。

「歌と踊りと音楽のものがたりとありますが、舞踏とはちがうんですか」と内容をかんたんに聞かれるが、まだ3回しか稽古をしてないしどうなるか・・・

答えに窮しつつ「ゲストの岡原真弓さんが多忙を極めるので、それを逆手に取れるような公演にしようと思います」と答える。

うまいこと稽古ができないのを逆手に取る。あんまりひとりで考えすぎるな。そう、即興というよりは台本なんて忘れちまってドキュメンタリーのような感じになるといい。

スリリングな瞬間が生まれるように・・・

ある秋の日に女性がやってくる。そこからはじまるものがたり。

とか考えていたら、文化庁AFFの説明会が終了。

「ありがとうございました」

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『顔も名前もわからない担当者』
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2021年11月09日

ワクチン副作用について

ワクチン接種後に亡くなったかたが、1312人になったと10月22日に厚生労働省ホームページで発表されました。

合掌。

さらに「医療機関からワクチンと関連あり」の副作用があった人が16112人、重篤者は2474人。

『重篤』とは、1.死亡、2.障害、3.それらに繋がるおそれのあるもの、4.入院、5.それらに準じて重い症状を重篤と呼ぶそうです。

ワクチン接種後に亡くなったかた以外の副作用の症状は・・・

歩行不能10人 歩行障害38人 肺炎67人 視力障害が56人で失明が1人 チアノーゼ21人 呼吸困難が765人 呼吸停止48人 窒息16人 呼吸障害19人 無呼吸29人 喘息発作269人

急性心不全43人 心筋梗塞35人 心筋炎72人 心停止が57人 心肺停止が170人 心不全55人 ギラン・バレー症候群66人 くも膜下出血が68人 てんかん16人 意識の消失が173人

運動機能障害が264人 感覚鈍麻が809人 顔面麻痺が105人 起立障害が57人 昏睡が1人 失神寸前の状態になった人が900人 脳梗塞が240人 脳出血が95人 脳炎が23人 痙攣の発作を起こした人が229人、etc...etc...

それらとは別でアナフィラキシーショックを起こした人が62人で、アナフィラキシー反応は2359人と発表されていた。

アナフィラキシーとはなにかと調べたらワクチンを接種後の副作用のほとんどがあてはまるらしい。さらに急激な血圧低下で意識を失うなどの危険な症状を“ショック”と呼ぶとか。

じぶんはアレルギー体質で、子どもの頃は喘息で息ができなくて死ぬ思いをしていた。あれはほんとうにつらかったなあ・・・

大人になってからも、食べもののアレルギーで全身にじんましんができて呼吸ができなくて死にそうになったこともある。

なのでワクチンは敬遠しています。いまのところ絶対にうたなければならない必要もない。

しかし音楽イベントもワクチン接種をしていないと参加できないとか。

仕事を選ぶか、リスクを選ぶか・・・

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『細野晴臣さん、音楽活動50周年の新聞広告のマラカスをスケッチしようとしてたらこうなった』

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2021年11月10日

ある晩秋の日記

ちょうどお昼のサイレンが鳴ったときに、神戸新聞の田中真治さんが淡路舞踏社にやってきた。

てっきり岡原さんの紹介かと思っていたらちがっていた。

劇場で今回のチラシを手にして興味をもって取材に来てくれたとかで、恐縮です。

電話で話した声の感じだと年配の方かと思っていたら結構若くておどろいた。と伝えたら「そんなに若くはありません」と言っていて聞いたら50歳になったばっかりとのこと。

50歳はこころとからだがだんだんとわかれてくる年齢、いままでこんなことはなかったのにということが増えてきておもしろいのです。

インタビューというのはひさしぶりだけれど、話しをなんでも聞いてくれるので気持ちがいい。もともと雑談好きなので1時間以上喋って、ごめんなさい。

新聞にのる記事は小さいとおもうけれど、無駄なことをたくさん喋った。

舞踏家の冗舌といって、舞踏家は土方巽を筆頭にみなさんお喋りな方がおおい。もちろん師匠、麿赤兒も大の雑談好き。ひと晩中喋っていたりする。しかしいざ舞台にあがると寡黙になるので可笑しい。

インタビューをうけていて、11月の舞台は稽古がまったくできないという状況を超えていかなければいけないのだと強く実感。その状況をちからづよく逆手にとって、いまそこでしか起こりえない瞬間をつくりだすのです。

昨日の夜にも11月のことを考えていて、決して取り繕うようなことをしないように肝に銘じようとこころにちかう。受けようとか、なにかをやろうとかせずに、勇気をもってとらわれずに自由にやりたい。

いかに嘘のない瞬間をつくりだせるか。

ただそこにあるという舞踏の真髄を素のままでやれるかの勝負。

だいたいお客さんなんて残酷なもの。めちゃめちゃになるのをじつは期待していたりする。そしてたとえめちゃめちゃになったところで死ぬわけではなし。

そのほうがおもしろいくらいなのです。

と開きなおって参ろう。

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そして本日、掲載。
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2021年11月11日

戦争だと考えれば民衆の多少の犠牲は仕方ないのか

なんのためにワクチンを打つのか・・・

疑問を感じることは許されず戦時中のように右向け右、ワクチンありきでものごとがどんどん進んでいる。

しかし、厚生省がホームページで警告している通り、ワクチン接種は義務でも強制でもない。

副作用が必ずあることをわかった上で判断して欲しいと呼びかけている。最近は感染者が激減しているが、なぜか3回目の接種がはじまるそうです。

そんななか、鳥取県では感染して亡くなった方は5人なのにワクチン接種後に亡くなった方は10人になった。なんのためにワクチンを接種しているのか・・・ほんとうにもうわけがわからないのです。

接種回数が増えれば亡くなるひとが増えるあたりまえ。

合掌。

今朝、ワクチン接種後の副反応の報告の仕方を深掘りした映像を拝見。

副反応報告制度というものが日本の予防接種法で定められているとか。

重篤な副反応などがあった場合、まずは接種をした医師や医療機関から国が委託する民間の“PMDA”『医薬品医療機器総合機構』なるところへ報告される。

ここには複数の医師や薬剤師などがいて副反応を分析、評価してようやく厚生労働省へと報告される。

厚生省でその案件を評価して公表する。ただ「これは再調査したほうがいいのではないか」という案件については、さかのぼって接種した医師や医療機関に調査をおこなう。

この調査を行うのは誰かというと厚生省のかたではなくて、なんと医薬品会社の人たち、つまりファイザー社やモデルナ社の関係者だというのです。

そこで調査され評価された結果が厚生労働省へと報告されて、はじめてホームページで発表される。これだけの過程を経て発表されているのが、現在の接種後に死亡したかたがた、1312人だそうです。

報告されて公表されているが、ワクチン接種と関係あると評価された死亡事例はいまだに一件もない。

ほとんどが評価不能・・・

アメリカファイザー社は今年のワクチンの売り上げが4兆円を超えると発表。アメリカでは11歳以下の子どもたちへの治験実施を国が許可。

5歳から治験、すなわち製造販売、接種できるように日本政府にも交渉中。

ファイザー社は来年も3兆円を超える売り上げを見込んでいるそうです。

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『師匠の絵にらくがき』

参照:厚生労働省HP | 2021年10月26日 BSS 山陰放送 | 2021年11月4日 朝日新聞 経済面 | CBC news
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2021年11月12日

来年か

11月公演の招待状を師匠に出すかどうか悩み中。

新作をつくるときはいつも「これを麿赤兒に観せても大丈夫か」

世間に公開するひとつの価値基準にしているところがある。

それは世界中、どこでもおなじでメキシコだろうが淡路島だろうが最終的にそんなことを考えながらつくっている。今回も、もちろん誰に観せても恥ずかしくないものを制作する。

淡路舞踏社はだんだんと軌道に乗りはじめている感じだが、まだまだ試運転している雰囲気もある。

雨が降ったらどうするか、かんかん照りのときはどうするか、ひとがたくさん来たらどうするか。とトライアル公演を繰り返している段階。

まだ麿さんを呼ぶほどにはでき上がっていない。

師匠の耳にも「むかいたちがおもしろいことをやってる」と噂が届くぐらいにもっともっと盛り上げないとな。

鉄割アルバトロスケットも20年以上活動してきて、いまやっと盛り上がってきている。

来年の春か秋・・・

大駱駝艦時代につくった名作『壺中の旅』を再演するときがいいな。そのためには野外で雪を降らせる仕掛けを考えないと。とか考えていたがなんだか最近、じぶんの壺中の旅への興味が薄れてきているというか先へいっているというか古く感じる。

壺中の旅は湯山にまかせて、じぶんはちがうことを考えよう。

麿さんを淡路舞踏社に招くときは湯山からマネージャーの渡邊達也に連絡をしてもらい、スケジュールを確認したり宿の手配をしたりと入念に準備をしよう。

やはり気候も良い時にお招きしたい。

冬はさむい・・・

麿さんと新船さんはお隣の素敵な梅木旅館に泊まってもらおう。

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『graffiti_20211109』
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2021年11月13日

夢か

お笑い芸人3人組の家へ遊びにいく。
トリオの名前はなんだったか・・・
シンプルな名前だったが忘れてしまった。
一緒にいろいろと遊んで最後に顔に落書きされて、笑かそうとしすぎているその落書きが恥ずかしい。洗って落ちるかな。と心配になる。このあと鉄割の本番があるのだ。
海外にいる。
学校に通っていてじぶんの作品が選ばれて、それに沿ってみんなが制作をしている。廊下を通ってちがう教室へといく。
作品は巨大なものでスケールがでかいので大丈夫か、できるのかどうか不安になる。
高い梯子段を超えていく。
幼い娘を連れていて何度も落ちそうになるので助ける。
最後に手をすべらせて真っ逆さまに落ちそうになったので、足をもってなんとか助ける。下におりて「落ちたら死ぬんだよ」と言い聞かせるがよくわかっていない。
そこで目が覚めて夢で良かった。寝るまえにカブトムシが木から落ちる映像を見たからかな。
もう一度寝よう・・・
夜に野外の屋台のようなところでコンタクトゴンゾの塚原君と飲んでいる。
もう店じまいのようで机が片付けられる。そのまま立ち飲みをしていたらお客がたくさんあらわれる。
まわりには電灯がたくさんぶらさがっていてにぎやかだ。
目が覚めて先日、京都で塚原君に会えなかったからこんな夢を見たのか。と思う。
彼とは古い知り合いだが、コンタクトゴンゾというとてもおもしろいことをしているグループを主宰している。
パフォーマンスにもダンスにも倒れない境界線上で暴れてて、注目をしていたらあっという間に有名になった。
いまは京都エクスペリメントの芸術監督になってすっかり偉くなっている感じだが、そういう権威は好きではないだろうから窮屈な感じを勝手に想像している。
嫉妬だな。

無事に初日があけた。評判はいいようだ。
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2021年11月14日

はじまりそうです

あと3日で開演なので着々と用意をすすめています。

もう考えるしごとは終わり。

ここで起きることがすべて。

おもしろいか、おもしろくないか。ただそれだけ。おもしろくなるためにどうすればいいのか。とか湯山に相談したら「いまから撮影なんですよ」とにべもなかった。

いま神戸の山奥にて映画の撮影中です。寒そうやわー、想像しただけで寒気がする。2月に山奥でほぼ全裸で池にはいるみたいな撮影があったけど、おわってから入った風呂が抜群に気持ちよかった。

今回、まずは舞台監督の中村彩世女史が淡路舞踏へイン。

若いのに気が利いてこれからの有望株、なんとか舞台の仕事で食べられるように頑張っています。広島出身で広島にルーツのあるものとして縁を感じる。

まだ道具頭の湯山が来てないのでのんびりとやろう。

2時のバスで湯山が到着。

着くなりずーっと映画スタッフの馬鹿さ加減に愚痴をこぼしつづけてた。

聞きながら過去にあった大変だった数々の現場のことを思い出した。とにかく人手不足。朝3時から夜の3時までうごきっぱなし。好きではないとできないなりわい。

甲冑を着てうんこができなくて便秘になったとか、3時間しか寝てないんですよとか言って怒っている。

デュ社の名前を変えるか変えないかで、最近揺れうごいていたが湯山は大反対。「俺辞めますわ」と言うのでちょっとまて。いま辞められると困るので対話をします。

新しくつくった野外舞台を『淡路舞踏社』と名づけたので『デュ社』と“社”がかぶっている。じぶんは仏教徒なのでShrineと言うよりはTempleなのです。

とか説明してたら「だったら変えるのは淡路舞踏社のほうでしょう」と反論するのでなるほど。しかし淡路舞踏寺ではなあ。子ども向けでもあるならば「淡路舞踏パークとか」とも言っててええやん。

なるほどな。と考えます。「淡路と舞踏は外せない。そのあとをどうするかだな・・・ん、それでいいのか、もしかして、シンプルだし。」

『淡路舞踏』

決めつけて発表とかしなくていいのかもしれない。だんだんと決まっていく場所の名前。

とにかくデュ社は変えません。

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大好評にて終了、千秋楽へ。
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2021年11月15日

感謝しています

社会のそして、じぶんの常識や前提をうたがおう。

下らないものや、ことをぶっ飛ばそう。

「おもしろき ことなき この世を おもしろく」

舞台上の非現実を凌駕するほどの非常事態が日常に起こったときは、なにをすればいいのかと途方にくれる。

それでもその日常を超えるほどの非日常を、やはりつくりださなければならないのでしょう。こんな大変なときだからこそ、じぶんの出来ることを一生懸命にやるしかない。

師と仰ぎみる芸暦57年の名優であり、世界的な舞踏家である麿赤兒はいう。

「ただひたすら、をどるのみ」

いまじぶんにできること、それはおもしろい作品を考えることであり、おもしろいをどりを創ることであり、そして、ただひたすらにをどろうとするこころをもつこと。

とか、まじめになるな。

季節ごとに風景を変えて眼を愉しませてくれる木々や花のように、美しく鳴きつづける虫たちのように、丹精込められた灘の旨い酒のように、ただ単純にひとを愉しませ胸を打つことが出来ればいいと思ったりもする・・・

 迷い込んだ知らない世界で、何だかわからない出鱈目な儀式とお祭りをやっている。それは適当でいい加減で大雑把で大らか。

一切の要約や理路整然、様式美のかけらもない。これはじぶんの夢なのか、誰かの無意識世界なのか。様々なことがあやふやにつながっていく。

一切のタブーがなく本能のまま行動してもよいような衝動に駆られる。原始的で混沌としていて、いのちの危うさすらを感じる。

聖も俗もグチャグチャに入り混じった興奮状態であり最先端と最末端が混じりあい、光と闇、善と悪、生と死が並列しているところをみると「どうやらここは現実の世界であるのだなあ」とぼんやり考える。

なんだか色んなことがどうでもよいと思えてくる。

「ああ。これでいいのだ」

芸術もダンスもなにもかも、おもしろくないとダメなんだ。必死におもしろい事をやりつづけよう。そしておもしろいをどりを創りつづけよう。

そのために生きる。

いや、そのために生かされているのだ。

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UFO?
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2021年11月16日

トントントントン

わたしはその日、借金取りからの電話で目を覚ました。

夢を見ていたが、それはとても凶暴な夢で、部屋を大男が完全に破壊していた。

小男が「この部屋に大事なものはあるか」と聞くので答えたら、その大事なものを大男が次々と破壊しはじめたのだ。止めようとすると小男が机をバンッと叩いた。

そのとき軽快な太鼓の音が鳴って部屋の破壊からは救われたが、現実に引き戻された。

相手は年配の女性でおだやかな声で名前を名乗り銀行から引き落としができなかったことを告げ、いつ払えるかを尋ねた。

「今日か明日には」そう答えると相手の声は一段トーンがあがり礼を言って振込先を伝えた。

電話を切りもう一度眠りにつこうとしたが、もう夢を見ることはできなかった。仕方なく外出の準備をする。図書館へと本を返しにいくのだ。

本は窓についての本が数冊と器についての本と書の本とお芝居の本だった。

集合住宅を出ると裏の牧草地へとむかう。柵のなかへと入るとジテンニャが寄ってきて手の匂いをかいだ。ジテンニャを外へと出すと飛び乗って図書館へと出発した。

すれちがうひとがみんなマスクをしているが風邪でも流行っているのだろうか。ふしぎに思いながらジテンニャを走らせる。途中の急な坂道ではギアを二段ほど落とすように命令する。若い頃は立ちのりなんていう芸当もできたがさすがにもう無理だ。

人生もおなじ。立ちのりで先をいそいでいた時期は過ぎ去り、ギアをどんどん落としてスピードを落とすときが来ているのかもしれない。

途中の人口庭園で白いパンツをはいたほとんどはだかの真っ黒な肌の老人とぶつかりそうになった。気をつけろ、あたまにイナズマのような真っ白なイレズミを入れた、からだのおおきなおとこに怒鳴られた。

そのうちに真っ黒な雪が降りはじめた。

そのむかし雪は白かったとかいう噂を聞いたことがあるがほんとうだろうか。

途中のスーパーで買いものをしようとして店に入ると入り口で子どもが母親の真似をして、子ども用のカゴの取っ手を消毒していた。

その可愛くて微笑ましい姿を見ているうちに、何故か涙がこぼれそうになったのだった。

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白神ももこが岡原さんから今回の話しを聞いて爆笑していたらしい。Photo by Manaho Kaneko
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2021年11月17日

おわった

デュ社本公演『まゆみと暮せば』

終わりました。

たいへんだったが、楽しかったなあ・・・

今回、ゲストで主役の岡原真弓さんがオペラシアターこんにゃく座の全国ツアーのスケジュールがぴちぴちに入っていて稽古が3回しか出来なかった。

心配で不安でしかたない。しかし、それを「ピンチはチャンスとなんとか逆手にとってやるぞ」と覚悟をきめて考えつづけてきた。ようやく淡路島に入って現場にてイメージを確認して「大丈夫、いける」という自信を深めた。

本番1日まえ、午後2時に音楽監督であり作曲の築山建一郎が到着。

なにがおこなわれるかわからないと心配そう。しかし前の日に湯山にやりたいことのすべてを伝えて、すべてを理解しているので大丈夫。

彼が建一郎にあたまから順を追って内容を伝えてくれているので、じぶんは別の作業をする。岡原さんがやってくる、午後5時からの稽古に向けます。

午後5時のサイレンとともに岡原真弓さんがあらわれ、全員集合。不安そうな岡原さんにもう一度、じぶんの口から作品について説明をしてカタチにしていく。

岡原さんは笑いながら呆れながらも、そのあほみたいなアイデアにノリノリで付き合ってくれる。

いよいよ劇中劇の金粉ショーのシーン。

まだ半信半疑の真弓さんを励ましながら裸になることを確認。とにかく寒いのでそこだけは細心の注意をしつつ、お腹が冷えると困るというのでお腹に金布のサラシを巻いてなかにほかほかのカイロを仕込むことにする。

裸になるのはNGではないとのことだったので良かった。58歳のオペラ歌手をツンイチにするので気を使います。寒くてさむくてブルブル震えながら、なんとかラストまでリハーサルをやって終了。風呂を沸かしてみんなで生き返る。

本番当日。

朝からのんびり。

午前中に昨日確認しきれなかったことをもう一度、あたまからチェックしていく。岡原さんはとにかく金粉ショーが心配のようなので、そこを重点的に練習し午後2時から通し稽古。

やっと作品が全貌をあらわした。

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『UFO』photo by bozzo
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2021年11月18日

初日

本番初日。

2時からのランスルーは、もうそれぞれに任せてじぶんのことに徹します。

演出が出演してしまって誰も客席で観ていない状態になるが、おそらくもう大丈夫。

しかし2回公演だから許されるが、これが何回もやるときだったらおもしろくない日もでてくるかもしれない。客観的に俯瞰してながめるような存在が、これからは必要になる。次回作は出演せずに演出に徹底しようと思う。

それぞれ問題点を見つけて3時に終わったら、すぐにあたまから修正をしていく。

4時、客席をつくりはじめて4時半にはお客さんが、ちらほら集まりはじめる。うろうろしながら客入れをしつつ、お客さんと雑談をします。

ほとんど岡原さんのファンだが、わざわざ東京から観に来てくれたひともいて嬉しいかぎりです。

神戸新聞の田中さんも来てくれて「ありがとうございます。」おかげさまで盛り上がってきました。それにしても新聞というメディアはやはり偉大です。新聞にのってからさまざまな方に声をかけられるようになった。

先日は淡路舞踏センターのまえを通りかかった近くの保育園児を引率している先生に「新聞にのってましたよね。どこかと思ってたんです」いうて話しかけられてびっくり。

淡路島ではすっかり有名人になってしまった。

「大阪から来ました」という若者4人組もあらわれてテンションが上がる。

5時のサイレンとともにスタートするが、5時のバスでくるお客さんがいるかもしれないと雑談をつづけなから待ちます。遅れてくるひとはいなかったようで、岡原さんの素晴らしいアコーディオンにて開演。

初日はとにかくいろんなことが、終始バタバタしていた。

しかしお客さんは笑ったり泣いたりと楽しんだようだったので、ホッとひと安心。人生即興、なにがあるかわからないからおもしろい。

そこでどう生きるか?その瞬間にすべてをかけるのです。

明日は千秋楽。

悔いのないように楽しむぞ。

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第一部はドリフのように家の中をつかった。photo by bozzo
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2021年11月19日

回想、千穐楽

今日は2日目だがもう千秋楽。

岡原さんのスケジュールが、この2日間しか押されられなかった。

朝からのんびりといつものルーティン。

からだを舞台でうごかしたら湯山がよこで寝ているが、仏前にて朝のお勤めをします。今日もおもしろくなりますように。そのあとは近くのお大師堂にお参りしたり稲荷神社へと参拝したりする。

10時頃、昨日の反省を最初のシーンからやっていく。

「途中の金粉ショーへの転換のところを休憩にしたらいい。」という岡原さんのアイデアでブレイクを入れる。

なので後半のボリュームを予定通りにする。金粉ショーのあとにまゆみとビッグイチローが、もう一度あらわれて帰っていく台本どおりの展開にもどす。

そのあと歌を3人で歌って大団円。

昨日はやりすぎな感じがしたのでカットしていた。

楽日はお客さんの集まりが早くて昼には来ているかたもいる。近くに海があるし温泉もあるし、幸せのパンケーキにイタリア料理に回るところはたくさんあるのです。

神姫バスが途中下車ができるようにしたので、パンケーキを食べてイタリア料理を食べて素敵な梅木屋旅館に泊まって、舞踏を観てから山の上の温泉へ入るなんてことが可能になった。

なんと昨日に引きつづき、また観に来てくれたお客さんもいた。

5時のサイレンのときに2階にものを取りにきていて、しまった。

慌てて窓から顔を出して「空襲警報か」と声を出す。

前の日は「空襲警報か」とお客さんのまえで騒いだら「あれは5時の時報なんよ」と教えてくれて、まるでイチベルを役場が鳴らしてくれてるみたいと和んだのだった。

今日は昨日とはちがうはじまり、このあとどうなっていくか。

下へおりて雑談するが、今日の雰囲気は昨日とはちがうあたりまえ。なんだかもうひとつ盛り上がらない。流れでヒロシマの話しをしてしまってしんみりとする。

そこから2日目は終始みなさん集中して観てくれていた。フィナーレをつくったので、ラストは盛り上がって終了。

千秋楽はすこしシリアスに引っ張られた。

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なぜか金粉ショーの練習をするオペラ歌手。photo by bozzo
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2021年11月20日

千穐楽から忘年会

初日、2日目無事終了。

お客さんは喜んでいたみたいなので良かった、よかった。

大阪からきた若者が泣いていたとかでやりすぎたかと考える。

帽子を目深にかぶり下を向いて「観ていないなあ」とか思っていたら、泣いていたらしい。至近距離なので、なるべく手加減をするようにはしていたのだが強烈すぎたか。

会場がせまい場合は大駱駝艦では“圏”といいますが、発散するオーラのようなものをなるべく小さくすると観客が見やすい。逆に武道館のような場所では圏を限りなくデカくする。

大きなものはゆっくりとうごく。

音楽監督で作曲の築山建一郎と舞台監督の中村彩世は、本番終わりでバラして帰ってしまった。

彩世はまだ27歳、仕事もできるし気も効くし、これから有望な人材。今後ともよろしく。

建一郎には今回、無茶なリクエストをして心配させたが、おかげでいい楽曲が生まれたと思います。彼の曲には根底に明るさがあるので、重い題材にも飲み込まれなかった。ありがとう、お疲れさまでした。

次の日は片付けをしたあとに忘年会。

なんと岡原さんが忘年会にも残ってくれて、朝から一緒に片付けものをしてくれる。

大好きな大相撲がはじまっているので、片付けていたテレビを仏前に出します。テレビをつけた瞬間にくだらなくて、しょーもない現実が目の前に広がる。

ここ淡路島の片田舎にいると都会の大騒ぎはまったく関係ない。透明な板をたてて、さらにマスクをしている異常な光景を観ながら「大変だなあ」と同情する。

新聞ではあいかわらず「ワクチンワクチン」騒いでいる。

いまは戦争中、いわゆる“Gray war”のまっただなか・・・庭に玉ねぎとじゃがいもと、そのほか野菜の種をたくさんまいて自供自足に備えます。

戦争中は田舎に疎開して食べものさえ確保できればなんとかなる。

夜はデュ社の大忘年会。

湯山とも腹を割って熱く対話できて岡原さんがいてくれ、ほんとうによき会になりました。

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「元気一杯、開演間近です」舞台監督・票券・照明:中村彩世 photo by bozzo
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2021年11月21日

片付け、大掃除

公演の片付けを続行中、やっとシーツを干し終わった。

そうして大掃除に入っている。

掃除しながら先日の公演のことを思い出して、ほくそ笑む。

忘年会の次の日も、岡原真弓さんが朝から掃除機をかけたりしてくれて大助かり。こんにゃく座の全国ツアーで鍛えられているから隅々まで掃除してくれる。

すこし喉が痛いというのでプロポリス飴を進呈。梅しょうゆ番茶に生姜をすり入れたものも差し上げます。最近、だいぶん冷えてきたからなあ。

「季節の変わり目、からだだけには気をつけてください。」

最後のさいごは「からだがあればいいんだよ」そうしてからだがなくなり「はいそれまでよ。」

12時のバスで湯山も帰るとバタバタ慌ててるので「急ぐ必要なんてないのに」と思いながら、それを横目で見ます。あと5分なのにヒゲを剃ってるから「家に帰るまでマスクしてるのに」とか話しかけて邪魔します。

のんびりと「ビールでも飲もうぜ」と誘惑すると「そうすね」と乗ってくる。

12時に岡原さんは帰っていった。

サイレンとともにあらわれて、サイレンとともに去りぬ。湯山の絵図通りに気分良く帰っていって大成功。いつでもまた来てください。

戻って野外舞台を眺めながらウッドデッキにて乾杯。

13時のバスで湯山も帰っていって、家の中が急に伽藍とする。がらんとするが「1人ってほんとうに気楽」と痛感。

たまに、まだ誰かいる気がして不思議な感じ。音楽を聴きながら片付けを続行、そのまま大掃除に入ります。2階のじぶんの部屋がいちばん散らかっているので、そこを重点的に掃除する。

3時から大相撲を観ながら作業続行。幕内土俵入りがかっこいい。5時まで作業したらサイレンが鳴ったので、今日はもうやめよう。

相撲が終わったのでテレビを消したら、家の中が急に静かになりひまになる。

「相撲、もう少し遅い時間にやってくれればいいのになあ」と思う。せめて8時ぐらいまでやってくれたら夜、お酒を飲みながら観るなんていう芸当が可能なのに。

国技なんだからそれぐらいやろうぜ。

そうして、その価値があるぐらいにガチでおもしろいのです。

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まゆみとビッグイチロー。photo by bozzo
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2021年11月22日

名前を勝手に変えようとしてすまぬ

大駱駝艦から独立して立ち上げた我がグループ『デュ社』

ずーっと名前が気に要らなくて、考えつづけていた。

デュ社旗揚げのまえは“Soul playing factory”というチーム名にしていた。

じぶんてきには、いろんな思いもありなかなか良いと思っていた。ハイウッドの高樹さんは「雲ちゃん、すげーところがバックについてるんだな」とビビっていたらしい。

しかし、ある日、父親に「韓国の会社か」と言われて「はてな?・・・あー、ソウルだから韓国。」

ソウルは魂、プレイングは遊び、ファクトリーは工場、“魂戯れ工場”を自認していこうとの決意があった。ところが使っているあいだに不便なところも出てきた。長すぎるのである。銀行で振り込むときにひと苦労。

えーと、ソソソ、ウウウ、ルルル、プププ、レレレ、イイイ、ンンンンン・・・探すのがたいへんで毎回うんざり。

旗揚げのときに気分を一新しようと『デュ社』と改名。"Duex"はフランス語でふたつ。ふたつの太陽に対するふたつの社という意味合いを込めた。

互助会的なグループのなりたちも込めて“舞踏家集団”とかんむりをつけていたこともあるが、文化庁の申請のときにかんがえて割愛。

2018年ぐらいから都志の家を『淡路舞踏社』と称して活動をしたいと考えているときに「社、社、うるさい。どちらかといえば仏教徒やしテンプルのほうがあうねん」と思っていた。

しかし淡路舞踏寺ではなあ・・・

そんなある日、デュ社の社をとって『デュ』にするというアイデアが閃く。

これだと思ったが「ふたつのやしろでしょう」と副代表の湯山大一郎に猛反対されて、妻にも「せっかく浸透してきたのに変えるのは反対」と言われて、はい。

「変えるならば淡路舞踏社のほうにしましょうよ」という湯山の主張どおりに、稽古場のほうの名前を変えることにします。

『まゆみと暮せば』劇中劇の金粉ショーより。
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2021年11月23日

グループの名前と場の名前

いまデュ社と淡路舞踏社の社がかぶっているので、稽古場の名前を考えています。

候補1 『淡路舞踏劇場』

いいなと思ったが「この国にはもう劇場はいらないんです。稽古場が必要なんです。」と公言していることを思いだす。

もともとはレジデンスもできる野外の稽古場として考えて設立した。もちろん野外劇場として作品発表もできる。ここを中心にして舞踏が、舞台芸術がどんどん盛り上がっていって欲しいという気持ちも込めて・・・

『淡路舞踏センター』

と名づけるのはどうかなと提案。海外から来た人たちも場所を聞きやすいかなというのもある。

“Where are Awaji Butoh Center?”

ほかの候補は・・・

淡路舞踏シアター, Awaji Butoh Theater,  Awaji Butoh Center,  略してABCか・・・

「ただの家だから劇場というほどのものでもないなあ」と思ったり。Awaji Butoh House,とかどうかな。

妻は淡路舞踏センターは「バスセンターみたい」だと反対。淡路舞踏シアターも「ミニシアターというか映画館みたいじゃない」と難色を示している。

いまのところ淡路舞踏劇場に3票、Awaji Butoh Centerに1票。

ゆくゆくはここを基地にして市役所の立派な劇場とバス停の前の公園と温泉にある巨大な野外舞台、海水浴場の広大な野外舞台と近所の公民館も会場にして国際的なフェスティバルをやる。

そのときに"Awaji Butoh Center"と呼ばれるようになればいいのかもしれない。

そう考えるとべつに名付けずに「たんなるデュ社の本拠地でもいいし稽古場でもいいかな」とも思ったりする。「稽古場に名前をつけなければならない」という思い込みに、あたまをやられているかもしれない。

もっと自由に、もっと柔らかく。

だんだんと名前が決まっていくかもしれないし、今後もグループ内で、そして支援者や関係者の方々と相談をつづけます。

100年つづくようにとしっかりと基礎をつくって作成した野外舞台。

素敵な説得力のある名前がつくといいね。

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奥村勲に頂いたウーファーが大活躍。
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2021年11月24日

アビ再起する

キャバクラに通っていたことがバレて師匠が激怒。

一度はクビになりそうになった阿炎。

3場所の出場停止処分で幕下まで落ちていた。今場所幕内にもどってきて6連勝し北勝富士に破れはしたものの、そのあとも3連勝。

「うれしい」

取組後のインタビューで短いことばに実感を込めた。

182センチ、189キロの千代大龍に押し込まれたが冷静に相手のうごきを見ながら、タイミングよく引き落とした。

「集中して相撲を取れている」そう本人が言うように心技体が充実している。

もともと大関候補だったし実力者だったからあたりまえ。軽率な行動を恥じて「相撲と向き合うことを意識していた」という謹慎の日々。

何度も不祥事をおこしビッグマウスと呼ばれるようにやんちゃだった彼だが、その落ち着いた言葉遣いに反省と成長を感じさせる。「じぶんのなかで、よしと思えたとき、胸をはって一緒に住める」

そう自らを律して基礎訓練にはげみガイドライン違反をした騒動のあとは、家族と離れて相撲部屋で稽古をつづけているという。支えとなる妻と娘、出直す機会を与えてくれた師匠には感謝しかないでしょう。

ひとは誰でもあやまちを犯すもの。重要なのは、そのあとにどう生きるかなのです。

相撲なんて喧嘩、多少は不良ぐらいのほうが強くなれる。なんつったって名前が阿炎政虎だもんな、武将か。

北の富士親方も先日の放送で言っていたが、照ノ富士が強すぎてつまらないしライバルのはずの朝乃山が居ないのがより一層、さびしい。来場所はどこまで落ちるのか。阿炎とおなじ27歳でキャバクラ通いがバレて嘘をついたのも似てる。

いまはどうしてるのかな。稽古嫌いだと言うから、デブデブに太ってたらガッカリだな。人生を棒に振っていると思わずに、ピンチはチャンスだとこころを入れ替えて、この悔しさをバネにして欲しい。

より一層強くなって戻ってくるのを期待しています。

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『模写 Fukushima Drive』

参照・引用:2021年11月23日 神戸新聞
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2021年11月25日

日々の徒然

明日は雨が降るらしいので、本日は外作業に徹する。

まずは歩いてすぐのお大師堂へ。

朝のお参りをしたら掃除をする。家に大量にある線香を寄付、余っている燭台も寄付。

弘法大師の像のとなりにあるのが「みーさん」とか呼ばれていてお姿が見えないので、知りたくてお隣の岩本さんに尋ねてみる。そうしたら、お大師堂の横にある謎のほこらに祀ってあるのが「みーさん」とのことだった。

みーさんだからおそらくヘビだな。この土地の神さまなのだろうか30年前、道路が新設されるにあたって移転、あたらしくお堂と祠がつくられたとか。

祠は誰もお世話をしてないようで、3年前にじぶんがここへと住みはじめたときに荒れ果てていて掃除をしてあげた。なかから男物の壊れた時計が出てきて怨念を感じ、仰天したのを覚えている。

いまだに誰もお世話をしてないようで朽ち果てたまま。「何とかしてあげたい」と思うが、祟りとかありそうで安易には近づけない。

近づけないがいちど手を出したものとして、責任をもってどうなっていくか見届けるのです。

岩本さんとお大師堂のなかに入って「弘法大師像のとなりにあるのはなんの石像なのだろう」と拝見したら、神々しいお顔をしたお地蔵さまだった。地震かなにかで斜めになっているので直します。

びりびりに破けた前掛けも外してあげる。からだにフジツボがびっしりくっついていて「すげー」と感動。

「おん かかかびさんまえい そわか」

お地蔵さまの真言を7回唱えてリンを鳴らします。お地蔵さんは衆生のいく道を照らしてくれるので、道端にあることが多い。岩本さんが「3回鳴らし」と教えてくれるのでそうする。

ぼろぼろの前掛けと斜めになっているのが、ずーっと気になっていたので良かった。

そのあとは舞台の養生を開始。

ブルーシートを養生専用にあたらしく購入したが数が足りずに、チーン。メイン舞台に敷くシートが巨大すぎて1人では折り畳めず途方に暮れる。

大きなため息ひとつ。

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『模写 Landscape Fukushima』
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2021年11月26日

養生を手伝ってもらったり、お寺へいったり、お墓へいったり

公演が終わりもうすぐ都志を離れるので片付け中。

メイン舞台に敷く巨大なシートがデカすぎて1人ではどうしようもない。

なのでお隣の梅木屋旅館の主人、喜多川君に手伝いを頼みにいく。

お客さんがいるようで「忙しいか」と思っていたら、その隣のゲストハウスに泊まっている男性ふたりがうろうろしてるのでつかまえて手伝ってもらう。

梅木屋の隣はバイク乗りが集うゲストハウス。うろうろしていた2人も上下皮の繋ぎであきらかにバイク乗りだった。

3人でシートを折り畳んだら、あっという間に出来上がり「ありがとうございます」

お礼を言って名刺とチラシを渡してなにをやっているか解説したら「あー、知ってます。白塗りするやつですよね」と言うので「山海塾」とキーワードを口にすると「はいはいはい」とさすがに有名。

「山海塾ですか?」と聞かれるので「山海塾がいたグループです」と説明。「東京で活動してたんですけど、独立してここを本拠地にしてやってます」と伝えてわかれる。

もどって野外舞台の養生をつづけるが、シートのおもしにしてる束石が重たくておもたくてヘトヘトに疲れ果てる。

次回は湯山とやらないといけないと反省、すっかり時間がかかってしまう。

ゆくゆくは伐採しようとしている観客席のまえの木を刈り込む。刈り込むのはいいけれど刈った枝を捨てるのが、ひと苦労でごみ袋がすぐに破れるのでイライラして叫んだりする。

でも怒ってもひとり、仕方ない。苦笑して作業をつづける。

お地蔵さんにかかっていた前掛けを捨てようかと思ったが、大勢の人が拝んでいたものなので安易に捨てないほうがいい気がしてお寺へ持っていって供養してもらう。

お寺へ行ったら十川英二さんの奥さま、みっちゃんがいて「公演おもしろかったわ」と言われて恐縮。

住職はいなかったが、そのお母さんと奥さまがいたので渡したら、やはり捨てないほうがよかったようで判断は正しかった。

ついでにお墓へいってお供えしてある高野槙の水をかえる。

墓の入り口に植えた水仙の球根が根付いたようで春が楽しみ。

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『模写 Hiroshima Garden』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 18:23| ブログ?

2021年11月27日

生者必衰のことわりあり

木谷家は高野山から、わざわざ石を取り寄せたというなかなかの墓持ちです。

お墓の大きさは大浜墓地のなかで2番目の大きさ。

高さは4番目。

木谷の墓地のとなりがまるで対抗しているような松本さん家の巨大なお墓。高さも大きさもうちの倍ぐらいある。あるのだが、誰もお世話をする人がいないようで、完全に廃墟になっていてススキがぼうぼうに生い茂っている。

まえを通るたびにさびしい気分になり目を伏せたくなり「誰かなんとかしろよ」と怒りさえも湧いてくる。おとなりとしてもいい気分はしない。むかしはお金持ちで木谷家に対抗して大きなお墓を作ったのだろうけれど、栄枯盛衰。

人間の驕り高ぶった気持ちを戒められているようで、前を通るたびに気持ちは引き締まる。

「このお墓がなければ綺麗な海、播磨灘が見えるのになあ」

いつも残念に思う。だが、戒めのこころを説かれているようであり「このままでいいのか」とも納得する。

木谷家の墓はとなりができるまでは霊園のなかで、いちばん大きいお墓だった。木谷家4代、木谷實平が呉服屋で大成功、大金持ちになり都志でも有名な大立者なので立派な墓をつくったのか。

それとも、もともとお金持ちだったのか。昨日、大掃除の仕上げをしていたら明治18年と箱書きされた漆塗りのお膳が20も出てきた。

しかし、やはり栄枯盛衰、戦争と原爆で財産の一切合切を失い、一時は跡取りもいなくてお家断絶の危機にあった。

となりの墓は、じぶんたちの未来であったかもしれないのです。

もしかしたら高野山から帰ってきたばかりの男前の新住職が「人間の愚かさを晒すために、わざとそのままにしているのかもしれない」と想像したりする。

霊園の中にある無縁仏の集合塔よりも、じぶんの墓をいちばん背を大きくしてしまう傲慢。

やってはいけないことをしてしまった人間の末路を見る思いなのです。

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『模写 Master Printer』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:27| ブログ?

2021年11月28日

鳥が風邪ひいた

最近は神戸新聞を買っています。

いつ記事が掲載されるかわからないからです。

先日の公演の取材のあとに一面の記事に惹かれて神戸新聞を購入。家に帰ってきて新聞を読んでいって、淡路島のページをめくったらじぶんがのっててギョッとした。

のは、田中さんの話しをちゃんと聞いてなかったからだな、すみません。

神戸新聞の本日の一面は『姫路で鳥インフル』

二酸化炭素で窒息させて15万羽を超えるニワトリが殺処分されたそうです、合掌。

狭くてまったく太陽の当たらない暗いケージのなかにぎゅうぎゅうに押し込まれて、身動きもできず糞尿垂れ流しでただただタンパク質を製造する機械のように死ぬまで働かされる。

国際的なアニマルウェルフェアからも警告を受けている日本のケージ飼育。いまそんなことをやってるのは日本ぐらい。そんな不衛生なところに100羽以上なんていう鳥がいるのだから、ウイルスは蔓延しやすい。

そうやって考えると都会の人間の状況と瓜二つ。

大量の人間のために大量のたまごが今日も不衛生で劣悪な環境から機械的に生み出される。

近くのしけたスーパー『マイマート』でたまに「たまご1円で買えますけど、どうしますか?」と聞かれる。即答で「買います。」

しかし店を出てから「たまご10個で1円ってどういうこと?」と複雑な気持ちになる。産んだにわとりもたまごが1円で売られてたら報われへんで。

ひどいことだけど、それもこれも人間のやること。

そうやって得た莫大な利益でコマーシャルにX-ジャパンのYOSHIKIが出演し、立派すぎる豪華な自社ビルは建てられ、1800万円の賄賂も生み出される。

えぐいけれど、その恩恵でたまごを100円で手に入れて毎日食べている異常。たまごなんてむかしは“かいご”といわれて超高級品、天皇陛下しか食べられないようなものだった。

毎日まいにち贅沢に、あたりまえのようにいのちを頂いている。

日本人は殺生という罪を犯していることを自覚しないといけないのです。

敬虔な仏教徒からでした。

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模写、部分

参照:2021年11月18日 神戸新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:16| ブログ?

2021年11月29日

IHがこわれる

起きたら、いつものルーティン。

本日は晴れ。

朝から暖かいので外へ出て舞台にてからだをうごかして、そのあとに仏前にお供えするお茶を沸かそうとする。

都志に住みはじめたばかりのときに檀家なので、ひさしぶりに浄土寺へ挨拶にいった。

住職は色眼鏡をかけヒゲを生やした胡散臭いひとで若いころは獣医を目指して北海道に住んでいたとか、バンドを組んで音楽をやっていたとかうわさを聞いている。とにかく遊び人のようだ。

いったら前住職は引退して息子さんがあたらしく住職になっていた。

高野山で修行して帰ってきたばかりだという身の丈は6尺を超える偉丈夫、堂々たる体格で眉がキリリと引き締まり、そのくせ瞳に優しさを湛えているいいおとこ。ひと目で品の良さと位の高さが伝わります。

総本山、高野山流のお勤めのしかたをいろいろと指導してもらう。

真言は不動明王と大日如来と弘法大師のものを唱えればいいとのこと。最後に『大金剛輪陀羅尼』なる非常に効力の強い真言を唱えるので、そのまえは少々まちがえてもいいと教えてもらって、へえ。

「仏前にお水を」と言ったら「仏さまは香りを楽しまれるので、お水ではなくお茶をお供えしてください」と教えてくれる。

その教えを守って都志にいるときは毎朝、お茶を沸かして仏前に供えるのです。

あとでじぶんが頂くので分量を確認して鍋で番茶を沸かす。

と、あら?IHがうんともすんとも言わない。スイッチをパチンパチンと切り替えるが、赤いランプがつかずになんにもならない。

もしかして壊れたのか・・・

「ここのところ合宿したり公演をしたりと酷使してたので壊れるかもな」と予感はあった。

古いからなあ・・・

ナショナルなんていう会社はもうとっくになくなって、いまはパナソニックになっているのです。

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『graffiti202111』
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2021年11月30日

からだがあればいいんだよ

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お邪魔しました。右から岡原真弓、服部真理子、大石さとし
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