2022年02月03日

僕自身にとっては肉体こそが自我といえる

石原慎太郎さんが亡くなられました。

一橋大学在学中に書いた『太陽の季節』が芥川賞を受賞。映画化され、たちまち時代の寵児になる。

「僕は芥川賞をとって有名になったんじゃない、俺のおかげで芥川賞は有名になった。」

選考委員をながくつとめて辛辣な選評に賛否両論あったそうだけど、戌井君はじめての芥川賞候補作の『まずいスープ』は誉めていていいことを言っていた。

慎太郎カットなどと呼ばれて不良の兄貴分だったのが、いつのまにか保守的な政治家となりグレた若者を取り締まる側にまわっていた。偉大な作家ではあるけれど広島長崎オリンピックをつぶして東京オリンピックにしたとか政治家としてはいまいちな印象。

友達の江藤淳も「プロの政治家の凄みや泥臭さが欠如している偉大なアマチュア」と評していた。

政治家としてはいいこともわるいこともしたが『自主憲法制定』に信念を持っていた。たしかに石原さんがつかうこの表現は憲法改正ということばよりも説得力をもっている。

「平和を愛する諸国民の公正と審議に信頼して」は、正しくは「公正と審議を」であり「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏からまぬかれ」は「欠乏をまぬかれ」

国家の基本法をただしい日本語に直すことが自主、自立だとことばをたいせつにする作家らしい着眼点。

都知事選に立候補したとき、なにをいうのかと身がまえる報道人に開口いちばん「裕次郎の兄であります」早世した弟への複雑な思いはつねにあった。

じぶんの書いた原作、脚本の映画が大ヒットし主演した弟がどんどん大スターになり羽ばたいていくのを「いささかの屈辱をもって見ていた」「じぶんのほうが男前だと思っていた」とミリオンセラーになった『弟』に書いている。

無意識過剰なひとで、他人から「ああ思われはしないか、こう言われるのではないか」とまったく考えないひとだったそうです。

じぶんを突きうごかすのは結局、人生にたいする好奇心だと晩年くちにしていた。

享年89歳。

合掌

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一ヶ月ぶりにクラブキャメルオープン。

参照・引用:2022年2月2日 読売新聞、産経新聞、毎日新聞、朝日新聞、神戸新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:31| ブログ?