2022年04月07日

殺しあいがつづく、けれど対岸の火事のメモ

戦争を国際紛争の解決手段としてつかってはならない。

「戦争はね、まったく地獄だよ。いったいいつになったら終わるんだろうなあ。いったいいつになったら平和に暮らせるのだろうなあ」マービンゲイの歌より。

戦争の報道のあとに春の訪れを告げるニュースがながれる。プロ野球がはじまり球場は満員になる。テレビのなかはいつだって対岸の火事。日本はずーっと対岸の火事。

芸術にたずさわるものは社会的、政治的な問題に関する意見を作品で直接語るのではなく、別の物語りや表現に変換し間接話法で伝えるのが好ましい。と新聞で読んでなるほど。

そのほうがより深くつたわりひとのこころをうごかす。

わたしの屍体に手を触れるな おまえたちの手は 「死」に触れることができない わたしの屍体は 群衆のなかにまじえて 雨にうたせよ 田村隆一

「いのちを助けることが最優先です。国境になんの意味があるというのでしょうか。」緒方貞子

ちからを抜くことのたいせつさ、しかし手は抜かない、気も抜かない。

「なるようになる。心配するな。」一休禅師

『むらづくり入門』

シリコンバレーはひとに役立つ製品の開発をよそおいながら人間を消費される『製品』にかえてきた。グーグルやフェイスブックはたんなる広告会社である。

ひとびとはそのサービスを無料だと勘違いしているが、企業側は入力される個人データを消費し莫大な利益を得ている。

戦いや権力へのモチベーションなど所詮、我欲でしかない。

軍事とかいうとなんだか政治的で許される感じだが、要するに暴力。許されないことが大前提だということをけっして忘れてはいけないのです。しかし座して死ぬわけにはいかないので自衛のために最期まで闘う。

じぶんは非暴力の仏教徒だが、日本の仏教は自衛のための武力はみとめている。

ただし自衛の範疇から逸脱してはならない。

「戦争は血の流れる政治。外交は血の流れない戦争。」塩野 七生

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おとこのからだみたいなにんじん

参照・引用:2022年3月26日、27日 毎日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:51| ブログ?