2022年04月11日

消えていくかたちある戦争の記憶

戦争遺跡が全国各地で老朽化を迎えて存亡の危機に瀕している。

広島市に4棟残る被曝建物『旧陸軍被服支廠』についても広島県は2棟を解体する方針。

県が実施したパブリックコメントでは、6割のひとが反対しているがいまだに撤回されない。長崎の爆心地にあった浦上天主堂は「人類の責務において我等はこの被害のあとを詳細に記録せねばならぬのだ」などの反対の声を無視して取り壊されてしまった。

天主堂の保存に前向きであった当時の長崎市長がアメリカへと渡って帰って来たら、保存に否定的な態度へと一変していた。

キリスト教国、アメリカは自分たちが落とした核兵器でキリスト教会が全壊したという証拠を是が非でも残したくなかったというのが通説。

広島の原爆ドームは、核兵器の恐ろしさを観るひとに無言で、しかし迫力をもって物語ってくる。

21年間という長く激しい存廃議論の末、1966年に保存が決まったが、もしも取り壊されていたら広島で一番のあの平和のシンボルは、二度と観ることが出来なかったのです。

ポーランドのアウシュビッツ絶滅収容所はそのまま完全な姿で残されている。

広島でいえばいまは平和公園になっているあの空間がまるごと当時の姿で残されているようなもので、圧倒的な迫力でいまを生きる我々を迎え入れる。

そして、紛れもない歴史の真実を重く伝えてくる。

広島は清潔で美しい原爆資料館の中に、記憶を閉じ込めてしまった。

凄惨な写真や悲惨な遺品の数々が語りかけてくるけれど、資料館から一歩外へと出ると平和な公園の雰囲気によって一瞬でいま見た“ものこと、事実”が消え去ってしまう。

それでも強烈な蝋人形の記憶は人々のこころに残っていたりしたけれど、その蝋人形はグロテスクすぎるとの理由で現在は撤去されてしまった。

実際はあんなどころではなかったはずなのに・・・

真実の戦争の惨禍を伝えようとしているのに、見るひとの気持ちを忖度していったい真実など伝えられるものなのか?

戦後77年を迎えて戦争を知るかたたちが次々と亡くなられている。

そうして戦後生まれの元首相が信じられない発言をくりかえしているいま。

子どもたちへ平和な未来を残すためにも、戦争のかたちある記憶としてなんとか保存していきたいものです。

Catholic_cathedral_in_Nagasaki_HD-SN-99-02902.JPEG
核兵器の凄まじい威力を伝えるいまはなき浦上天主堂・・・なぜ取り壊してしまったのだろう・・・残念。Photo by Wikipedia.

参照:2020年2月3日 毎日新聞『社説』
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:24| ブログ?