今日は娘の誕生日。
18歳になりました。
あと2年で一緒にお酒が飲めるのか・・・あっという間です。
生まれたのは夜中、じぶんは病院で出産に立ち会いました。
立ち会ったけれど、この世に出てくる瞬間は反対側にいて見ることができなかった。少し残念だが回り込むのは、はばかられるような切迫した雰囲気があった。
産まれ出てきて持ち上げられたのは、紫色の物体だった。
産道を無呼吸で通ってくるので酸欠状態なのです。子宮にいるときは、胎盤から直接に心臓と脳に酸素が送られているとか。肺はまだ使っていなくて、水がひたひたに染み込んだスポンジみたいな状態。
陣痛のストレスで赤ん坊は肺呼吸の準備に入り、狭い産道を通ることで肺から水分が出ていく。
そうして産まれたらのこった水を吐き出して息を吸う。その瞬間、紫色だった顔が一気に真っ赤になる。これは実際に見たが劇的だった。
2004年4月14日1時28分。
「おみゃーおみゃー」と子猫みたいな鳴き声をあげて無事に誕生。
下の階で待つ、義理のお父さんとお母さんに報告にいったのを覚えている。なんだかふわふわとして足が地についていないような不思議な感じだった。
妻から聞いたところによると、産まれてすぐ3時間おきに母乳を与えてたとか。
助産婦さんが赤ん坊を連れてくるのだけど「そんなすぐ母乳なんか出るか?」と思ってたら乳が張りだして、かちかちになってめっちゃ痛くなったとか。
人間のからだってのは、ほんとうに不思議。
だいたい人類の何億年もかけておこなった進化を、胎児は十月十日でやってしまう。これまた不思議です。
さらに着床に至るまでも凄まじいドラマがある。
人類がひととして生まれてくる確率はほぼ奇跡、400兆分の1とか年末ジャンボで1等に当たるよりも200億倍難しいとかいろいろ言われている。
箱の中に壊れた時計をいれて振ったらもとに戻っている確率・・・
この世に生まれたというだけでたいへんなことなのです。そして何もしなくても、そのままで既にとんでもない作品。
舞踏ではそういいます。
そんな奇跡に遭遇した日なのでした。
こんな時ですが、いやこんな時だからこそできる限りでお祝いをしよう。と、まさか今年もおなじような状況とは・・・