2018年05月17日

絵で食うのだ

セツに入った頃からイラストではなくて、今でいうファインアートの道に突き進んだ。絵で売れる、絵で食べる。

そんなこと本気で考えていたとは。甘いな、20代のおれ。

一生書き続けて、とうとう売れずに耳を切って死んでしまう。ってな世界で。

koeni1.jpg
当時住んでいた高円寺の西川荘にて。

昼はバイトして帰って来て絵を描く。毎日毎日、ひたすらその繰り返しだった。

当時はアメリカでバスキアが活躍してた頃で、グラフティに憧れて制作してた。

絵に点数をつけるような世界から遠く離れて、自由にもっと自由にともがき続けた。そしてそれで食べるのだ。それしか考えてなかった。

大昔から綿々と続くパトロネージュのこととか、「食べさせて頂く」という乞食の覚悟と穀潰しの自覚を悟る大切さ。

なんてのを本で読む知識として頭で分かってるだけで、今のように身に沁みては解ってなかった。

koenji2.jpg
画材ってのは高いのでたいへんだった。

そんな生活を二、三年続けた。頑張ったけどあかんかったなあ。煮詰まってた。でも限界までは行ったのか。。

いやいや、いまだに続けてる友達のことを考えるとケツを割ったんだな。逃げた。麿さんの名言に「逃げろ!」というのがあるけれど、それも運命か。

逃げ続けた人類がいま生き延びて繁栄してるということも、、いや言い訳だな。

いまならわかる。実力の世界ではあるのだけど、運と縁も必要なのだと。

そして一生やり続けることの重要さ、続けられる幸運と、何がなんでもという執念を燃やし続けられるかどうかの勝負であって、倒れても倒れても起き上がりまた前へすすむ。

その生き様に人は胸を打たれるのだと。


どこかの生命保険会社だったか。審査委員長が池田満寿夫さんの公募展に作品を出して、グランプリではなかったけれど賞をもらった。

当時池田満寿夫は絵の値段ではわからないけれど、トップを走ってた。というわたくしの印象。本当のところは知らなかったけど。

新宿の高層ビルの最上階で授賞式があるというので行った。

エレベーターに乗って、最上階についてドアが開いた時、真っ正面に池田満寿夫さんが座ってた。

その姿が、なんというか。他人のことをとやかくいうのは良くない。のですが。。当時の感想です。

みすぼらしくて、なんだか冴えなくて。ごめんなさい。がっかりしてしまった。いや強烈なショックをうけたのを覚えてる。

「これが日本のファインアート界のトップの姿かあ。。。」

いまだったらわかります。別に格好とかそんなものは全く関係ないと。でも夢を食べて生きてる青二才にはわからなかった。

わたくしはエレベーターの“閉まる”のボタンを静かに押して新宿の雑踏を通り、そのまま高円寺のアパートへ帰ったのだった。

koenji3.jpg
誰の撮影か。能天気なおれ。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 11:17| ブログ?