2018年05月29日

やんしゅう?

若衆と書いて“やんしゅう”と読ませる。パソコンで変換しても出てこないから“わかしゅう”と打ち込んで変換する。面倒臭い。

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若衆チラシ

若衆の主宰は鶴山欣也さん。大駱駝艦に入る前は宮城聡さんに師事してお芝居をやっていた。

らくだかんに入る人はだいたい4パターンぐらいに分かれていて、鶴山さんのようにお芝居をやっていた人。古川杏さん、若林淳、湯山大一郎なんかはこのパターン。

そもそも麿さんがそうだから、結構多いと思う。

女性は、踊りをやっていた人が多い。子どもの時からバレエをやっていた。というやつだな。

踊りが上手な人が多くて、だいたい麿さんに一目置かれる。皆さん、大駱駝艦の華です。

あとは美術系。村松卓矢とわたくしがこれです。いま一番多いかもしれない。

そして、踊りも芝居も美術もあまり関係ない人。流れ流れて辿り着く。

星野建一郎は、テレビで林英哲さんが太鼓叩いてたら、上から麿さんが落ちてきて。びっくりして感動して「この人の弟子になりたい!」と入った。とか言ってた。

透は「そんなの適当だよ。」

だいたいブラブラしてて縁があって入ってくるんだな。

鶴山さんは、当時大駱駝艦の番頭を自認してた。麿さんは認めてない。ところもあったようだけど。

そう若衆の稽古が進むにつれて、メンバーの人間関係もよく見えるようになってきた。

鶴山さんは一人浮いてる感じで、いま考えるともう大駱駝艦をやめる寸前だった。あんまり誰もいうことを聞かない。

星野は鶴山さんのことが嫌いだとかで出てなかった。及川君も出てなかった。

本番前に麿さんが、作品のチェックをする日があって、みるみる面白くなって行くのが驚きだった。

だいたい主宰の踊りというのは一番あと回しの状態で麿さんに見せることが多いので、そこが一番のツッコミポイントになるのだ。

鶴山さんもソロを一番稽古してた。

どういう存在なのか?そこから紐解いてでは、どういうふうに存在すればいいのか?と考えて。

何をするのか?を考えて。最終的にブランコに乗ってた。

作品タイトルは『しゃみ』だったけど、鶴山さんが“しゃみ”という芸者だ。という設定になって。

袖から「しゃみ!」「しゃみ!」言われて狂って行く、てな演出だったかな。そういうのも麿さんが考えてた。

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雲太郎デビュー、若衆公演『しゃみ』前からむかい、村松、若林、狸穴善五郎。

なんとか、ソロもできて板橋から荷物を積み込んで、タイニーアリスで仕込み、本番をやった。

そういえば当時、らくだかんの車がエルフだったかな、板橋から新宿に行くあいだにドアが外れて。そのままドアがない状態で走ってたのが、地獄の黙示録のヘリみたいでかっこよかった。

若衆の公演が終わって。でもまだ大駱駝艦には入らないんだな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:04| ブログ?