2018年06月02日

兄貴

わたくし生まれは兵庫県西宮市。幼少期を過ごしたのは伊丹市。字下河原といって河沿の長屋に住んでいました。

平屋建ての家がズラーっと並んでて側の土手を上がるとでかい運河で、河に降りてよく遊んでた。

幼稚園のとき、兄貴と友達が円になって歌って踊ってて、とっても楽しそうだから踊りの円に加わったら落とし穴が掘ってあって、まんまと嵌った。

兄貴たち大喜びだった。この落とし穴を掘るという心はとっても大切で、忘れないようにしたい。

風呂はあったけど小さくてナメクジが大量にいて、近所の風呂屋によく行ってた。夏はお化け屋敷のポスターが貼ってあって恐ろしかった。

兄貴がひよこを買ってきて、大体すぐ死んでしまうのだが一匹大きくなった。

赤いトサカが生えてきて「くわっくわっ」鳴きながら長屋を散歩してたけど、ある日行方不明になって。どうしたのかなあ、あのニワトリ。

そういえば兄貴は、わたくしと違って優等生で、小学生の頃から学級委員をずーっとやってて勉強は一番。

中学では生徒会長で勉強は一番。高校では剣道部の部長で勉強一番。高校でも生徒会長だったのか。

ちなみに高校は元ヤクルト監督の古田と同じで、古田がバッティングをはじめると周りの家は雨戸を閉めたとか。

東大に行くか京大に行くかで迷って、関西に先輩が多いからと京大に行った。京大でも剣道部でさすがに部長ではなかったのか。首席で京都大学大学院に入った。

遊んでばかりのわたくしを尻目に勉強ばかりしてた。英語の辞書を一冊覚えてたのには驚いた。

いつも兄貴と比べられて、俺がドロップアウトしたひとつの理由でもあるのだ。

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三つ違いの兄貴と。

兄貴は、いま“日建設計”という世界で一番大きいと噂の建築事務所で働いている。部長なのか。

せっかく関西に先輩が多いからと京大に行ったのに、東京の会社で働いてるのが笑える。

日建設計の中で担当する人、担当する人が次々と匙を投げたという入り組んでめちゃめちゃになってる渋谷駅前の再開発を担当してるとか。

お袋さんが「あの子、真面目にこつこつやるとこがあるから」言うて子ども扱いしてたのが可笑しかった。兄貴が定年退職してもまだ再開発は、続くらしい。おそろしい。

わたくしは子どもの頃から絵を描くのが大好きで、兄貴は勉強しててこちらは絵を描いてて。

しかし好きなのとそれで食えるのはまた違う。好きなことで飯が食える人は一握り。運とか縁とか才能とかセンスとか努力とかetc・・・色んな要因があるなあ。

大駱駝艦と出会った俺は、絵で食うという夢を諦める。

そんな話しはまた明日にしよっと。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:14| ブログ?