2018年06月07日

人生は即興の如し

舞踏には、大野一雄と土方巽という二人の始祖がいます。

「かたちはいのちに追いすがるもの」と言って、即興を得意とした大野は柔らかくて女性的。

「いのちはかたちに追いすがらなければならない」という考えのもと、一から十まで振り付けて作品を創った土方は硬質で男性的。

まったく正反対な二人。

しかしこの二つは大切な要素として、いまの舞踏の中に息づいていると思います。

2013年『舞踏?』という作品で、土方さんの踊りのトレースというかコピーというか、簡単にいうとというか、身も蓋もない言葉をつかえば真似をしたことがあります。

youtubeで土方さんの10分のソロを見ながら一挙手一投足を完全にコピーした。

これは大変だったなあ。とてつもなく時間のかかる作業だった。振り起しがまず厄介で映像を見ながら絵にして描き写していった。

それを覚えて稽古していく。

土方さんの真似、振りのトレースをして思ったのは、確かに10分の踊りなら10分間すべての振り付けが決まっているという感じがした。

けれど、その間合いやタイミングは結構アバウトなのだなあ。ということだった。

しかも「突っ立った死体」とか標榜しているけれど、表情豊かで不敵に笑ってみたり泣いたり怒ったりするのが意外だった。

大駱駝艦の踊りはすべて振り付けが決まっているのだけど、その間合いやタイミングはダンスマスターというリーダーに委ねられている。

流石は土方さんの弟子である麿さん、その辺は踏襲してるのかな。と思ったり。

このトレース作業、川口隆夫さんが2013年『大野一雄について』という作品で初めてやって、ヒット作にして全国各地、世界各国で上演してる。

土方さんのコピーをするというアイデアは、まだ大駱駝艦に所属していた2011年に創った『底抜けマンダラ』の企画段階で持っていた。

当時のノートに言葉で振り起こしがしてある。なぜ実行しなかったのか・・・

詳しくは覚えていないが、なんとなくやってはいけない気がしたのだった。

小沢康夫という大駱駝艦の前プロデューサーが「あれは、自分の肉体をメディア(媒体)にして、大野一雄の霊を憑依させてるんだ。」と評してて納得した。

なるほど、舞踏が日常的にやっていることを現代美術的にプレゼンしてるんだな。

2011年の自分は残念ながら、そこまでの確かなコンセプトを持っていなかった。

『舞踏?』の土方コピーは惜しくも二番煎じになってしまったけれど、今となっては当時の自分の勘は正しかった気もするのです。

追記、2020.2.2

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『舞踏?』@渋谷Edge photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:19| ブログ?