2018年07月02日

初舞台

1995年2月17日金曜日 19:00〜
『海印の馬』オープニング

音響、大阿久さんの音があまりに大きすぎて合図が全く聞こえずボロボロ。だった。

楽屋に戻ってきて先輩・楠田健史さんの怒りが爆発。

「オメエら何の為に稽古してたんだ!稽古してたんだろ!!」ドアをズンズン叩いて吠える。

しかし、いちばん間違えてたのはこの楠田さんだったのだが・・・

ちなみに楠田さんは“舞踏派ZERO”というグループを奥様の筆宝ふみえさんと主宰をされていまして、先ごろ舞踊批評家協会新人賞を受賞されました。

「おめでとうございます。」

そして前出の現在は退かれていますが、長く大駱駝艦の音響を担当していた大阿久和夫さん。

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ニューヨークタイムズに「大阿久の音は象に聞かせるのか。」と書かれたとか、次に音響を担当していた関克郎さんには“難聴の大阿久”とか様々なことを言われていましたが、まあ音がデカかったのです。

メインのフェーダーを上げきったら、足でアンプのボリュームを上げていくらしいです。

音響が大阿久さんの時に、劇場でスピーカーの前に座っています。

時間になり照明が消えて行ってだんだん暗くなって。暗転になりました。

ト、スピーカーから「サーーーーー」というノイズが聞こえてくるのがもの凄く怖いんですね。そのあとの客を全員吹っ飛ばすほどの爆音が予想されます。

そんな大阿久さんですが、もうらくだの音響から退かれた後にパブリックシアターでの『海印の馬』稽古の時にふらりとあらわれて。

男性の群舞“安産祈願”のシーンでフェーダーを握ってくれた。

それまでのダンサーが音を出していた時と全く違って、びっくり仰天したことがあったなあ。

目に見えて踊りも良くなって。

音響ひとつでこんなにも変わるものなのだ。と感動。大阿久さんお元気かしら。

そうそう初舞台。

覚えているのは、オープニングのこと。安産祈願のこと。あとは、とにかく舞台が広く感じたことかな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 16:10| ブログ?