2018年07月06日

死について

舞踏は、死を嫌いません。

どちらかというと好みます。初期の頃は暗黒舞踏派と名乗っていました。暗黒=死ですね。

暗闇でアンコを喰う舞踏だとか土方巽特有の韜晦で。ならばこっちはと『舞踏?』という作品で暗闇でマンゴを喰いました。

“萬國舞踏派”というのも15年ぐらい前に立ち上げようとしてました。

それはさておき。わたくし自身は、死なんておそれることではないのではないかと睨んでいます。

本当のところは誰にもわからなのだし。だっていま生きている人は、誰も死んだことがないのだから。

当たり前ですが。

死後の世界とか生まれ変わりとか色々言われているけれど、実際のところ確実ではないわけでいまいち信用ができないし説得力に欠ける。

目に見えない世界は信じています。信じているしどちらかというと好きです。信じているだけに宗教的というか説教臭が漂ってくると嫌になる。

この世にわからないことの、ひとつやふたつあったっても罰は当たるまい。

死んだらどうなるかわからない。その末期「あー、はいはい」か「うわー!そうきた!!」か「えー!?まじでー」か。はたまた「…」か。大いに楽しみではないか。

近代知の巨匠・埴谷雄高が人類にできる最も意識的な行為が「自殺と子供をつくらないこと。」と断言しています。

死は恐れないわたくしではありますがどちらも出来ません。

“死”という人類にとっての永遠の謎。死を考えることは“生”を見つめることでもあります。闇があるからこそ一筋の光にも感動できるのです。

だからこそ土方巽は光よりも闇、この社会が忌み嫌う死・暗黒のほうを大切にしたのだと思います。

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澁澤龍彦はその著書『マルジナリア』で死刑の問題は、「恐怖と苦痛にある」と看破していた。
そういえば死刑囚の俳句集を読んだことがあるけれど、壮絶だったなあ。
布団たたみ 雑巾しぼり 別れとす
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 17:19| ブログ?