2018年07月14日

1995年雨月大阪公演以降

『雨月』大阪公演では維新派のメンバーがこぞって舞台の仕込みを手伝ってくれて大助かり。

維新派は、更地に巨大なセットを泊まり込みで一ヶ月以上かけて自分たちの手で立ち上げ、終演後にまたセットを完全にバラして更地に戻すという職能集団。

主宰の松本雄吉さんが一昨年に亡くなられ、惜しまれながら解散してしまいました。

野外劇の先駆者で西の維新派、東の大駱駝艦と並び称されていました。

ツアー中は、吹田駅前の常行圓滿寺というお寺に泊めていただき、打ち上げの後にお寺で維新派のメンバーと朝まで飲むのも楽しかった。

7月28日〜8月19日
元シブがき隊の薬丸裕英さん主演の戦後50周年記念作品『ビルマの竪琴』に大駱駝艦ダンスマスター若林淳とともに派遣されるという抜擢をうけた。

沖縄、大阪、京都、名古屋をまわって東京公演とこれはもう張り切って色々と勉強をさせてもらいました。

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ビルマの竪琴パンフ出演者紹介文。

ビルマの竪琴のツアーを終えて夏合宿、冬、伊藤キム新作公演。そして1996年大駱駝艦天賦典式新作。

さあ。この“舞踏”という魔法のような表現方法の、完全にとりこになった向雲太郎はノリに乗ってズンズンと突き進んでいくのでした。

この頃、スターになると公言して止まなかったわたくし。若気の至りです。

しかし蜷川幸雄さん、ビートたけしさんや鶴瓶さんの若い頃の話しを聞くとやっぱり売り出そうと躍起になって、がむしゃらになりふり構わずに突き進んでいる。

そういう若気の至りが推進力になって、活躍への足掛かりになるのも本当のところだと思います。

しかし1997年に中野テルプシコールでソロ公演を目論んだりするわたくしですが、実現するのは大駱駝艦から独立した2012年。

15年後か。なかなか思うようにならないのも事実。

人生、一歩進んで二歩下がる。みたいな感じだな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:35| ブログ?