2018年07月26日

草鞋

1995.10/12(thu)19:00
木さん宅でキムさんと話す。

次回、伊藤キム+輝く未来の新作に出るのかどうか?という話し合いだったと思う。確か大駱駝艦の活動と被っていてスケジュール的に掛け持ちが難しくなってきたんだな。

いま手元にある仮チラシに名前が入っているから、わたくしの知らないあいだに勝手に入れられた名前が、どこかで問題になったのかもしれない。

最終的にどちらを選ぶのか。という話しになった。大駱駝艦か伊藤キムか。そう簡単に割り切れることではない。二三時間、話したと思う。

しかし「最初に草鞋を脱いだのはらくだなので」とわたくしが結論を出して終わりになった。「そうか雲はらくだを選ぶんだ」そうキムさんが言ったのをよく覚えている。

狸穴君なんかは「結論を出すのではなくどちらとも、うまく付き合えばいいのに」とか言っていたけれど、自分が出した答えに一点の後悔もなかった。

キムさんはあれよあれよという間に売れっ子になって行くが、わたくしも大駱駝艦での一層の活躍を開始するのだった。

バニョレのドイツ公演まで出演するという話しになって。不思議だけどキムさんとはそのあと20年間近く、一度も会うことはなかった。

再び出会ったのは2012年9月、わたくしが大駱駝艦から独立してまことクラヴに客演した時の稽古場のトイレだった。

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伊藤キムさん 写真:木伸俊 キムさんは子供の頃に片目を失って。それがまた特別な感じを醸し出していた。
posted by Mukai Kumotaro at 22:17| 日記