2018年08月09日

1945年8月9日

広島への原爆投下は「戦争を終わらせるために必要だった。」という意見がいまだに大多数を占める。

けれど、長崎に関しては疑問を感じる人がアメリカ人の中にも多いようです。

闘っている相手が完全に倒れてノックアウトされているのに、上から更にまた殴る蹴るみたいな。
「おいおい、不正だろ〜!!しかもバレバレだし〜。」

広島の方が通称 "Little boy" 日本語で『ポコチン』。長崎に投下されたのは通称 ”Fat boy" 日本語で『デブ男』。

この最悪のネーミングセンスの醜さこそが、人類の手によって産み出された“あたらしい生きもの”の存在をよく表していると思う。

さて何故、もうほとんど降参している日本に対して、その決断を迫るために二回も原爆実戦投下が行われたのか?

ヒロシマに落とされたのが、Mk1型原子爆弾"ウラン235"。

ナガサキに落とされたのが、mk3型原子爆弾"プルトニウム239"。

種類が全く違う核物質が使われていた。

博士「だって、試してみたかったんだもーん。」
大統領「莫大な税金を使ってふたつも原子爆弾をつくった以上、使わないと次回の予算案を決めるときに予算を減らされてしまうからなあ。。」

ヒロシマが初めての原爆実戦投下をされた都市ならば、ナガサキは最後の原爆実戦投下をされた都市だと思います。

人類にとって、このことはとても大切なことであり。

二度の受難を経たからこそ、パパさまが我々のもとにやって来て祝福してくれた。長崎のキリスト教では、いまもそう信じられています。

江戸時代、世界的に見ても異様な宗教弾圧を受けた長崎。

その長崎に1945年8月9日11時02分、原子爆弾が投下された。

死者 73,884人 重軽傷者 74,909 合計148,793人

罹災人員120,820人(半径4キロ以内の全焼全壊家屋の世帯員数)

罹災戸数18,409戸(半径4キロ以内の全戸数。市内総戸数の約36%)

全焼11,574戸(半径4キロ以内。市内の約3分の1に当る)

全壊1,326戸(半径1キロ以内を全壊と見なしたもの)

半壊5,509戸(全焼全壊を除く半径4キロ以内を半壊と見なしたもの)

この数字は長崎市原爆資料保存委員会の昭和25年7月発表の報告によったものだが、これが今日の通説となっている。

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posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:30| ブログ?