2018年08月23日

8月ジャーナリズム

8月だけ戦争を回顧する報道が集中することを“8月ジャーナリズム”と言うそうです。(8月23日毎日新聞・余録)

決して悪いことではないと思います。風化させてはいけないことですから。

『ブログ?』も戦争の話しをもう少ししましょう。

“子は鎹”なんてえことを申しますが、ほんとうにそうだと思います。その鎹を失った悲しみはどうすればいいのだろう。

先日の関西の地震でブロック塀の下敷きになり、たった一人だけ亡くなった女の子。そのお母さん、お父さんの悲しみはどうすればいいのだろう。

Oh, Mr. President, listen to me

前略 大統領さま

1945年8月6日 約14万人といわれる死者のうち、犠牲になった子どもは何人いたのでしょう?

1945年8月9日 約7万人といわれる死者のうち、犠牲になった子どもは何人いたのでしょう?

わたくしは、いかなる理由、原因、理屈、言い訳、論理、主張があったとしても大量殺戮兵器・原子力爆弾の無差別、無警告の実戦投下は違法であり、間違っていたと言い続けます。

Oh, Mr. President, why are you so mean?

いま、広島の若者には原爆アレルギーともいうべき拒否反応が多いそうです。

資料館もリニューアルという名の改悪を行なっている。

「観覧後の心情に配慮した空間を整備します。」(8月23日毎日新聞・余録)だって。

そうして本当のことは伝わらずに忘れられ風化して行き、また同じことが繰り返される。

けれど、それが人間という醜い生きものの宿命か。

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報道写真家 ジョー・オダネル撮影「焼き場に立つ少年」(1945年長崎の爆心地にて)
眠るように亡くなっている妹を背負い立つ少年。順番を待っているのかな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:59| ブログ?