2018年08月28日

霊と戦争

「戦争だけはいやなもんだから、あれさえなけりゃ、あとは世の中、何がどうなったって、どうってことないやなんて、ほざいてます。」小沢昭一『背中まるめて』

戦争といえば麿さんのお父さんは、戦艦の艦長で偉い方だったとかで戦死なさってますが、わたくしの父方の祖父は一兵卒で戦争に参加、逃げ回って帰って来たとかで。

1997年10月、麿赤兒ソロ『トナリは何をする人ぞ』の神戸公演。

立派に戦って戦死した艦長の息子である麿さんと、逃げ回って帰国した一兵卒の孫のわたくし。

境遇がまったく違うし立場がまったく違うのに、同じ舞台に立つというのがなんだか申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになったのを覚えています。

『トナリは何をする人ぞ』というのは、わたくしたちがさまざまな人の霊を座布団や椅子にのせて連れてくると麿赤兒が、その霊と踊るという作品。

連れてくるのは土方巽とかA・アルトー、D・マッカーサーとかいう歴史上の人物。

わたくしが誰を連れてくるのかという話になった時に、無名の小市民である祖父“M”の霊を連れて来たらいいのでは。ということになり。

本番最終日だったか、舞台上に麿さんとわたくししかいないのに、霊をのせた座布団を紐で足に結んで立っているのだけど「つんつん」と誰かが紐をずーっと引っ張っていたのは面白い体験だった。

麿赤兒は目の前で踊っている。

後ろの座布団から何かが確かに紐を引っ張っている。

舞台上には二人しかいない。

振り返って確認したいがうごいてはいけない演出。

麿さんに本番後、その話しをしたら「そういうことを感じられるのはいいことだ。」と言っていたと思う。村松卓矢は「そういうのはだいたい下級霊だ。」とか馬鹿にしていたけれど。

そういえば、わたくしの祖父・向井守は兵庫県伊丹アイホールのご近所の『白雪』をつくっている小西酒造の番頭さんだった。

戦争から帰って来てからも小西酒造に復帰して元気に働いていたけれど、わたくしが生まれたときは既に亡くなっていたので実際に会ったことはない。

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白雪のキャッチフレーズ。いまはキャッチフレーズは違うみたい。
posted by Mukai Kumotaro at 14:14| 日記