2018年08月31日

うんざりぴょん

[序]
ちちをかえせ  ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ
わたしをかえせ  わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ
峠三吉『原爆詩集』より

今日は8月最後の日。もう1日だけ戦争の話を。

去年は夭折の詩人、峠三吉さんの生誕100年だった。

上記の詩は『原爆詩集』の序で峠は、そのあとに続く詩への入り口として、より多くの人を招き入れたくてこの詩を書いたのだという。しかしこの序の部分だけが有名になり、一人歩きして平和記念公園の中にも詩碑がある。

筆舌に尽くせないというが、言葉をいくら尽くして惨劇を描こうとしても一編の詩の前では過剰にうつってしまうのかもしれない。

名匠・今村昌平監督が井伏鱒二の名作『黒い雨』を映画化してたけれど、忠実にリアルに作ろうとすればするほどグロテスクでホラー映画のようになってしまい観ていられなかった。所詮つくりもの。

2014年に『ふたつの太陽』という被曝死した曽祖父を主人公にした作品を創るにあたり、参考にと観たのだけれどこの方向へは絶対に向かってはならないと思った。

またあの日の惨劇を説明をするという方向へも向かってはならないと自分を戒めた。

何が起こったのか?を知りたいのならば、広島平和記念資料館へ行けば良いのだから。

自分にしかできないアプローチで自分にしかできない物語を描き出す。最終的に腑に落ちたのはそこでした。

前にも記しましたが、「いま広島では若い人の間で原爆アレルギーともいえる拒否反応が強い。」と広島市文化財団の方が言っていました。しかし一方東京では、1945年8月6日に何が起こったのか知らない人がほとんどです。かくいうわたくしも作品を創るために取材をするまではほとんど何も知らなかった。

知らぬが仏。“見ざる言わざる聞かざる”という日光東照宮の有名な彫刻がありますが、子どもには余計なことを見せるな言うな聞かせるなという徳川家康の教えらしいです。

2017年吉祥寺シアターの小学生ワークショップでその日は、8月6日だったのでほんの少し原爆の話しをしたらアメリカから帰国したての女の子が「もー、なんでそんな話しするのー!」と心の底からうんざりしていた。。

悲しい話は、もうやめたい。

posted by Mukai Kumotaro at 10:24| 日記