2018年09月14日

バニョレ1

1996年6月7日から20日まで伊藤キム作品、振付コンクール本戦参加のためフランス・バニョレへ。

いまはもっとだと思うけれど20年前、すでにパリ郊外のバニョレはアフリカからの移民ばかりでちょっと異様でカッコよかった。

パリではあまり黒人を見かけないと思ったら城壁から中へは入れないようにしているんだって。さすがは意地悪なフランス人。パリでは英語で話しかけても無視されることが多いけれど、「ここはフランスなんだからフランス語を喋れよ。」という人たち。

それはさておき、13泊14日という長丁場。だけどコンクールの本選は一回という短期決戦。体調管理に苦労した。

到着して次の日にゲネプロ。時差ボケでまったくからだが思うようにうごかなかったのを覚えている。フワフワと浮いてるような感じで、現実感がまったくなく力が全然入らなかった。

だけど本番は1週間後。そこから各国の本線参加代表グループの作品を観まくった。

フランス代表の終演後「ブラボー!」の嵐だったけどまあまあの拍手で。わたくしは全然良いと思わなかったのを覚えている。一緒に観ていたキムさんも「本当に感動していたらあんなもんじゃない。」と言ってた。

あとのグループのことも日記に事細かく書いてあるけれど、これ以上はやめておきます。評論家ではないのだし。

しかししょうもないコンテンポラリーダンスを観て腹を立てていたと思う。「舞踏はまだまだ外へ出ていくべきだ。」と書きつけてある。

バニョレのこともこっぴどく書いてある。
6/11 20:30〜 バニョレフェスティバル初日
「これは振付の優劣を競うコンクール、品評会なのだ。下らない、こんなものは消えてなくなっていい。馬鹿な客、能天気な出演者。いんたーなしょなるだかなんか知らないがこれじゃミソもクソも一緒という感じだ。フェスティバル自体の質を疑う。どんどん伝統化してどんどん化石化して行ってそして消えてなくなれ。」

痛烈に批判していたバニョレはしばらくしたらその通りになくなった。けれどいま調べたら名前を変えて残ってるみたい。

france.jpg
バニョレのポストカード。は洒落乙。
posted by Mukai Kumotaro at 07:48| 日記