2018年09月20日

ナマ

なんでもナマで見て観て聴いて食べて触って体験したほうがいいと思います。

絵も実物を見たほうがいいですよ。写真では見ないほうがいいです。はじめてその絵の前に立った時の感動が薄れてしまうから。

ニューヨーク近代美術館で『アビィニヨンの娘たち』の実物を見たときは感動したなあ。

高さが2メートル以上あった。写真で見たのとまったく比較にならないぐらいの迫力で圧倒された。教科書の小さな写真の中には何も写ってなかったんだな。

1907年、画商のアンブロワーズ・ヴォラールは、パブロ・ピカソのアトリエのある“洗濯船”へと向かっていた。

今日の朝、ピカソから興奮した声で新作がやっと描けたと電話があったのだ。

逸る気持ちを抑えて彼は、ギシギシとなる暗い階段を上っていく。ピカソは明るい色調の絵で最近、売れて来つつあったがまだ無名に近かった。だが、ほとばしるその才能に惚れ込んでいた。

ドアをノックするとすぐにドアが開いてピカソのギョロ目が出迎えた。相変わらずの眼光の鋭さだが今日は機嫌がすこぶる良いようだ。

部屋へと招き入れられたヴォラールは、挨拶もそこそこに早速新作の前へと向かった。

真っ白な布がかけられた巨大なキャンバスがそこにはあった。何か言い訳をしようとするピカソを制して彼は言った。「いいから早く見せてくれ。」

ピカソは意を決したように布を引き下ろした。「これが新作『アビィニヨンの売春宿』だ!」

ヴォラールは絶句した。

いままでに彼が一度も目にしたことのないものがそこに存在していた。完全に狂っている。頭がおかしくなりそうだった。人がねじ曲がり立体的なのかなんなのか。特に右側の娘?なのか?一体どうなってるんだ!

理路整然と絵の解説を続けるピカソの声を聞きながら、彼は狂ってなんかいないのだ。と思った。

少し冷静になりはじめたヴォラールはこの絵をどう売り出すか。計算もはじめていた。

これは事件になるぞ。そんな風にも思いはじめていた。ひょっとして絵画の歴史が変わるのかもしれない。

圧倒的な天才を前にひれ伏したいような感覚を覚えながら足が震えていた。

「私はいま感動をしているのだ。」やっと自分の気持ちを整理出来はじめたヴォラールはそう思った。

窓の外は枯葉が舞い散り初めている。

アトリエの中には暖房もなかったが、寒々とした部屋のなかで幾何学的に光り輝くその絵だけが異様な存在感を放っていた。

picasso_9_1904.jpg
安藤忠雄さんがパリでナマピカソを見たらしいけれど、「完全にゴリラやった。」と書いていた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:01| ブログ?