2018年10月03日

スティーブ蛇

電車の中でiPhoneをいじってる姿はなぜ格好悪く見えるのかな。戌井君が「小鳥を絞め殺してるみたいで気持ち悪いですよね。」と言ってたけど流石で独特の形容。

ちまちまとした世界を無防備に覗き込んでる姿がみっともなく見えるのかな。同じ自分だけの世界に入ってる姿でも本を読んでるのは風情がある。何故か。

わたくしは、こんなものはなくてもまったく平気。持ってないと清々するだろうなあ。とも感じるのだけど必要があって持ってしまってる。本当に必要なのか?本当か?

確かに便利。だけど便利なお陰で失ったものも多いのだと思う。 コンビニが出来て失ったものが多いように。

便利だが豊かではなく。

手軽だが温かくなく。

溢れているが飢えている。

無防備になるのが嫌でなるべく電車の中では弄らないように気をつけてるけれど、必要があって触ってしまう。でも本当に必要なのか?LINEを見るのが本当に必要?

iPhoneを発明した、とうのスティーブ・ジョブスは「自分の子どもにはあんなものは絶対に持たせない。」と言っていたらしいけれど酷い人間だな。

人にリンゴを食べさせた蛇みたいな存在なのだと思う。人間はiPhoneという禁断の実を蛇に食べさせられてしまった。人類はこれなくしてはもう生きられないのだ。

とか記してる自分がまさにiPhoneを使って『ブログ?』を更新したりしてるのだけど。自分の姿を見てるみたいだから嫌なのかな。

Hugo_van_der_Goes_009.jpg
それを手にするイブとそれを見つめるアダムとスティーブ蛇。
posted by Mukai Kumotaro at 20:55| 日記