2018年10月20日

ほんもの?

世の中には真似したい人と、真似をしたくないなあ。という人がいます。

真面目な人の真似はしたくない。偽善者の真似はしたくない。嘘つきの真似はしたくない。不正を働く人の真似はしたくない。

不良?それは真似をします。格好いいですから。

そう、この「格好がいいかどうか?」というのは大切。判断基準をそれだけに絞ってもいいぐらいではないか。

本当か?本当にそうか?かっこ悪いのもいいのではないか・・・無様に生き残ったりとか。

先日、訪れた新宿都庁前の平和祈念資料館に「嘘をついたり人のものを盗んだりしなかった善い人は皆んな死んで、悪に目をつむれた卑怯な者だけが生き残ることができた。」という記述があった。

強かにしぶとく生き残るために、多少の悪には目をつむる。仕方がないと開き直る。

そんなこと当たり前と人を押しのけて、自分のことしか考えずに生き続ける図々しい人も沢山いますがそれは論外。

自分を責めながら、罪悪感を抱えながらも生き抜いていくのです。

死んでいくのは動物として弱かったのだ。弱肉強食が自然の摂理の当たり前。

「綺麗ごとや愛や平和や博愛という理想なんて嘘っぱちだ。」と泥にまみれながら生き続けるしかない人間という矛盾した存在。

そういえば、資料館でナチスドイツと大日本帝国が勝利しなくてよかったと思ったけど、悪者になってしまってはいけないのだ。とも思った。

ユダヤ人を大量虐殺する。とか、色々原因はあったにせよ宣戦布告する前にパールハーバーを攻撃してしまう。とか。

だいたい独裁者が世界征服を目論んで戦争を仕掛ける。という図式はテレビでも映画でも完全に悪者。

それはさておき。

この世の中に真似じゃないものなんて、一つもないのかもしれない。すべては模倣からはじまり、誰かの影響を受けながら育っていく。

でも、真似は良くないという思い込みも一方では根強い。

「本物なんてひとつもない。でも心地いい。本物なんてひとつもない・・・」

一時期、師匠の麿赤兒が夏合宿で来ている作務衣を皆んなで真似したことがあった。

麿さん、速攻で作務衣着るのをやめてました。

恥ずかしかったんやろな〜。「作務衣がユニホームって、お坊さんかー!」みたいな。

すんません。

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自分の身体をメディア(媒介)にして踊った『舞踏?』。土方さんの踊りのコピー、振付の“トレース”をした。早い話しが真似をして観客に靴を投げ込まれた問題作『舞踏?』photo by bozzo
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 23:59| ブログ?