2018年11月26日

ごめん!

dbの話しをもう少し。代表の大谷さんは、東京大学出の舞踏家です。日本にただ一人?ちとわかりませんが、たいへんに面白い方です。

師匠の麿赤兒に「むかいは、ほんとに大谷に可愛がってもらったな。」と独立前ごろに呟かれたりしていました。

奥様のあやさんも舞踏家で、dbの重鎮。影に日向にと子どものような旦那さんをサポートします。先日もほぼ泥酔状態で、人形浄瑠璃の人形みたいな大谷さんの襟巻きを甲斐甲斐しく直してあげている姿を目撃したり。

そして強力な女性スタッフに支えられて俊英・横堀ふみが最後の挨拶をします。「五年間ぐらいの夢が叶って、ほんとにいま幸せです。」みたいなことを言うててジーンとしたりして。

五年前といえば、俺が独立したてぐらいの頃で、仕事がこれからどうなるのかと不安を抱えて手探りで街を歩いていた時と重なり。そんな時に横堀さんは、俺のことを考えてくれていたんだなあ。と感慨が深かった。

今回も湯山が頑張りました。いつものごとく、アスリート魂が次第に疼きはじめ終演後は興奮が止まりません。ビールを飲むまでノンストップで駆け抜けます。

湯山とのマンボで落下して頭を強打。それが原因ではないと思うけれど、歯の痛みが再燃して痛くて痛くてたまりません。けれど面白かった。

歯が痛いです。神経ではなくて歯の動揺というやつです。俺の歯の動揺レベルは3です。

3段階の“3”です。1は、少しグラグラ。2はめちゃグラグラ。3はいつ抜けてもおかしくないグラグラ。こここまでくると横にもそして縦にもグラグラして来ます。その縦のグラグラの痛いこと痛いこと。何も噛めません。

水と流動食のみになります。お酒も飲みます。お酒は麻酔薬なので痛みにはとても良いのです。たぶん。

そして、昨日は名残惜しい新長田を離れて淡路へとやっとこそさ帰れる予定でしたが、急遽川西の実家へと帰ることに。そろそろな両親への親孝行をしてまいります。

そういえば一昨日、築山建一郎と電話で話していたら急に「僕もね、今日お通夜で、明日葬式なんですよ。」いうて来たので「えっ、誰のお葬式?」こわごわ聞いたら「親父ですわ。」言うのでびっくり。

殺しても死なないような強面のいい男。うちの親父と一緒になった時に親父が「なんや、あの人ヤクザか?」聞いて来たぐらいの親分っぷりで。

大駱駝艦プロデューサー、新船洋子女史の親友でもあったりして。とっても応援してもらっていました。「まあでも人間は、遅かれ早かれいつかは死ぬねん。」とか言って励ましたり。

ご冥福をお祈り申し上げます。「お父さんのために踊るわ。」建一郎に力強く言うてたのにこの『ブログ?』を記すまで忘れてた。ごめん!!

db.jpg
dbのあるアスタくにづか四番館の4階にエレベーターで上がると出迎えてくれる『挑戦闘魂』の力強い書。
posted by Mukai Kumotaro at 08:47| 日記