病院で膵臓炎かもしれないと告げられてから、一ヶ月のあいだ。
気持ちを切り替えて「ひとつ失うと、ひとつ得るものがあるのだ。」なんて自分を励ますけれどすぐにしょぼくれてしまう。
元気が出なかった。かけがえのないものを失った。それは大袈裟か。
この膵臓、急性だったら一年だか半年だったか禁酒すればまた飲めるようになります。しかし慢性膵炎だった場合は、一生飲めません。
飲んでもいいんですが確実に亡くなります。膵臓が自分で自分のことを溶かしてしまうのだそうです。
恐ろしい。最後は溶けてなくなるのか。
ミュージシャンの松本じろうも膵臓を痛めて飲めなくなりました。じろちゃんはとっても素敵で可愛いギターを弾いたり、力任せに叩きつけるように格好よく弾いたりします。
ナイスガイですがナイーブなので、酒を飲まずに外に出られないみたいな感じか。医者から止められて。
森下スタジオであった時、俺が膵臓かもしれないと言ったら、「ガハガハ。」笑って大喜びしてました。
ちょうどセゾン文化財団の新年会の頃になってしまい、烏龍茶でパーティに参加したのだった。それはそれで面白かった。
批評家の桜井圭介さんがものすごい酔っ払ってて、ありえないようなバランスでグラスを持って歩いていたのを覚えている。「ほお、俺も酔ってる時はこんな風になってるのか。」としげしげと観察してました。
この時、じろちゃんの奥さま黒田育世ちゃんと娘さんがいてずーっと遊んでた。シラフだから本気で相手をして、楽しかった。
さて、一ヶ月後。
運命の日、そうだ朝、病院に行くときに地震があった。急に警報がなって怖かった。結構揺れたと思う。
病院に行って結果はなんともなく、その日はたぶんいい日本酒で乾杯した。
よかった。そして今日はとっても嬉しいことがあったので祝杯です。後輩の直哉と高架下の“あぶさん”というもつ焼き屋で新年会です。
あぶさんでは、よく女房と飲んでます。
ミュージシャンの築山建一郎や、湯山とも来ました。安くて旨くて濃いです。気をつけないとベロベロになります。湯山と飲んだとき高い帽子をなくしました。
あの帽子、どこへいったのかな。
三十年間通っている高円寺の行きつけの店『抱瓶』の貼り紙。