2019年09月05日

我々とは誰か

中国のあるところに日本人の銅像があるそうです。

中国人はそこに行って何をするかというと、銅像に唾を吐きかけるのだそうです。憎しみの発露としての銅像。

完全なる、常識の違いです。

銅像イコールいいものという常識をくつがえす行為。凄まじい。

そこまで人に憎まれることをしてしまった過去の大日本帝国人。

韓国で反日というとき、いまの日本ではないそうです。

大日本帝国の“日”なのだそうです。しかし日本国内では誰もそのことを知らない。

単なる、常識の違い。

昔の日本人がやったことに対して怒っているのです。それを知らずにむきになって怒る現代日本人たちがいる。

無知からくる感情のズレ。

けれども祖先がやったことだからという言い逃れは出来ません。祖先の過ちを謝って、同じ過ちを繰り返さないということが肝要です。

そのためには教育が大切ですが、祖先の名誉のために事実を歪めようとする人がいるので常に見張らないといけません。

嘘をつこうとするのです。嘘も信じてしまえば事実になるので恐ろしいです。

祖先といえば、韓国は日本の祖先です。お祖父さんお祖母さんです。

中国はそのまた祖先です。アラビアはもっと前の日本人の祖先であり、一番の大祖先はアフリカです。

これは事実です。

人類はアフリカから始まったのであり、いま生きている人間はすべてアフリカの人たちとつながっているという常識。

そしていま生きている人々はすべてがどこかでつながっているという不思議。

『人類みな兄弟』というのは、色褪せたスローガンではなくて本当のことなのです。血が繋がった兄弟で殺し合いをする人類といういきもの。

しかし兄弟喧嘩が一番タチが悪いのか。ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の紛争は兄弟喧嘩だもんな。

これは旧約聖書の時代から変わっていない。

そういう部分では、進歩も進化もしない愚か過ぎる人類なのです。

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「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」ポール・ゴーギャン 1897年 永遠なる人類の大テーマを描き終えて、ゴーギャンは自殺を決意。しかし未遂に終わった。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:46| ブログ?