2019年02月14日

ZEN2

「神はあるもの、仏はなるもの。」鎌田東二

”ゼン”は、『精神集中』という意味のサンスクリット語だそうです。

”禅”は当て字です。座っておこなうゼンが多いですが、いろいろなのがあるようです。

座禅とふだんの作務、そして公案が禅宗の三本柱です。

禅問答は、師と弟子の問答と考えればはるか太古、紀元前のころからあるものです。禅宗の修行にかぎると生まれたのは、700年頃。

うちは父方が曹洞宗なので、子どもの頃からゼンの考えかたには影響を受けています。若い頃は、本を買って勉強したり鎌倉の円覚寺に参禅に行ったりしてました。

たしか五日間ぐらいの合宿で、おじさん達が夜な夜な寺を抜け出してお酒を飲みにいってるのを軽蔑してた。もう一人若くていい男がいたけど元気かな。

朝5時ぐらいに起きて座禅を組んで、朝食はおかゆと梅干し、作務をしてまた座禅をして昼飯はなかったか。作務をして夕飯おかゆ、座禅を組んで風呂に入って9時ぐらいに寝る。

てな感じだった。朝、かねだったかを叩く係りで怖そうな雲水に褒められたのを覚えている。

母方は真言宗です。禅宗はどこか滑稽だったりしますが、真言宗は密教というぐらいで内向きなイメージ。

しかし内と外はつながっている。密やかであればあるほど宇宙へとひらかれていく不思議。いまは真言宗徒なのでほぼ毎日、真言をとなえています。

梅原猛さんによると意外と真言宗が、いちばん”笑い”とは親和性があるようです。

それはさておき。答えのない世界、自己の宇宙をひたすらみつめる。

ゼンは立ってもできるので通勤途中にもやれます。椅子に座っても精神集中はできるしどこでもどんな具合でもできます。

今回は、舞禅です。舞台の上で精神集中します。舞いながら自分をみつめます。しかし舞うだけだと片手落ち、踏禅もあるし踊禅もある。

歌禅はないのか。あるか。お経も歌みたいなもの。演禅はないか。演じるのは外向きだから自分を見つめるのには向いてない。

作務が外の世界のインプットなら公案はアウトプット、ZENはその中間みたいな感じ。空になる。

「仏教とは仏になることと見つけたり」梅原猛

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右、30年前に円覚寺で頂いたもの。左は、いまつかっている『勤行聖典』。当て字で覚えるのがいやで自分で貼りました。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:57| ブログ?