2019年06月04日

なりわい2

巷で事件が起こるたびにこんなものの評論家がいたのか。と驚きます。そういうのもひとつのなりわい。

なりわいでいうと“幇間”、太鼓持ちってのはたいへんな商売。

相手が喜ぶようなことばかり言って「よいしょ。」しまくって、お酒とご馳走を頂いてご祝儀も頂いてそれで食べていく。

だいぶん前に最後の幇間と言われた、悠玄亭玉介師匠の本を読みました。

その豊富な芸の知識は玄人も一目を置くほどで、いろんな歌舞伎役者や落語家や芸人の逸話が書いてあって興味深かった。

子どもの頃から本物に触れて声色なんかも上手で、でも落語家にも歌舞伎役者にもならずに太鼓持ちというなりわいを選ぶ。

教養人や知識人が集う席で、丁々発止の議論となることを幇間のあいだでは“修羅場”というらしいですが、そういう場でうまく立ち回るためにも豊富な知識と経験が必要。

やっぱり人間力なのだな。

さて、今でこそ芥川賞の候補に何度も名前が上がり、川端康成賞、野間文芸新人賞などを受賞している作家の戌井昭人ですが、若いときは就職しようと履歴書を書いたりしてました。

喰えないので思い余ったのだ、仕方がない。

後輩の大根田に見つかって「お前、ふざけるな!」いうて履歴書を破られて、お父さんにも「そんなことやめろ。」と止められて。

あのとき就職していたらいまの戌井君はなかったかも・・・

そんなことはないな。少し遠回りをしたかもしれないが、作家の道は歩んでいたような気がする。そうなる宿命だった。

しかし息子が就職しようとしたら「やめろ。」ととめる父親って素敵。

超絶サラブレッドの彼ですが血筋もさることながら、子どもの頃からこのお父さん・戌井祐一さんの常識破りな英才教育を受けて育ったからこその、いまでもあるのだと思います。

そんな戌井君ですが、先日の奥村君の引っ越しに手伝いに来てましたが途中で帰ってしまいました。

忙しいんだな。

部屋に帰って連載の続きを書かねばならない。しかし家でウンウン唸っていてもはかどらないことがあって、外をうろついている方が面白いことを思いついたりして。

奥村君の引っ越しを手伝うのも、頭の回路をシフトチェンジするためだったりするのかもしれない。

街をうろついていても電車に乗っていても常に連載のことを考えている。

実際はものを書いてその対価としてお金を頂くのだけど、一日中そのために費やしているので仕事をしてるようなもの。

その辺は、舞踏家も同じです。

実際の仕事は、からだを駆使してなんぼだけどその為に日々、阿保なことをやって馬鹿なことを考える。全ての時間をそのために費やしている。

作家と舞踏家では、仕事の量が全然違うのですが需要が雲泥の差なので仕方がないです。

需要が至るところにあって、供給もごろごろ転がっている作家というなりわい。競争も熾烈なのか。

需要が限りなくゼロに近くて、供給も限りなくゼロに近い舞踏というなりわい。たまに少ない仕事を取りあったりして反省したり。

需要をどうやってつくり出すのか?20代の頃からの大命題です。

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「頭のかたちがジャガイモみたいで面白い。だから見飽きないのよ。」秦宣子。photo by Masami Mori.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:22| ブログ?