2018年05月22日

それからどうしたパート3の追記

いま、2019年の4月4日ですが、カテゴリーというのを増やして最初から分けていっています。

読み直して点を入れたりとか直しています。

そんでちょいと長ったので二つに分けました。下記、約一年前の『ブログ?』です。こんなことが出来るのもWebligの特徴。

ゆらゆらといつまでも定着しないで変化し続ける。そうしていつか一気に「パンッ」と消えて終わり。

ある時、鉄割の打ち上げで戌井くんが弟に本気で怒ってたことがあったけど、それも理由は似たようなことだったと思う。

絶妙な塩梅というか、どちらにも倒れないバランスというか、研ぎ澄まされたセンスというか。

言葉にできないはざまの感覚なんだよなー。

閑話休題。なんの閑話休題かよくわからないけれど自伝みたいなものの続きだな。

あの時、大駱駝艦の板橋稽古場にいた人は、いいものを観たと思う。30年近く生きてきた男の嘘のないスリリングな姿。

初心忘るべからずと言います。

汚れていなくて “清い” あの恥じらいがあって “初々しい” 心を決して忘れるな。そんな風にいまは使われる。

しかし本来の意味は正反対で、初めてのふるえるほど “かっこ悪い” あの未熟で “恥ずかしい” 心を決して忘れるな。という世阿弥、風姿花伝での戒め。

いまの自分が舞踏を続けているのは、あの瞬間があったからだ。そう言い切れる。かな。いま思い出しても自分自身は恥ずかしいけれど。

この恥ずかしいという気持ちはとても大切で、恥ずかしさのない表現は下品なだけになってしまう。

兄弟子、村松卓矢とよくこのことについて話したけど、ただフルちんになればいいのではなくて“心のパンツを脱ぐ”ことこそが肝要で、魂のストリップを観せて欲しい。のだと。

トイレの中にどれぐらいいたのか。こういう時は長くいればいるほど出てきにくくなるもの。けっこう早く決心したと思う。そのへんは開き直りがはやかった。

そしてトイレに入った以上は用を足したというサインというか証拠というか。が必要だと閃いたのだと思う。そのへんはセンスがあった。

トイレットペーパーを外にも聞こえるようにカラカラ鳴らしてから、水洗を流した。つまり本当に用を足してたと。

えー、言い訳です。はい。

言い換えるとあくまでリアルさにこだわった。本当で。嘘ではないです。ただ「トイレ行ってました。」と。

苦しいなあ。

ゆっくりと出て行った。妙に爽やかだった。少し微笑んでしまってた。麿さん的に表現するとにやにやしてた。ゆっくりと稽古場のセンターにもどって、さっと礼をした。拍手。

「面白かったよ。」ワークショップが終わったあとに、タコみたいに踊ってた男性が話しかけてきた。いまは高知でキューリの栽培をしている大友透だった。

彼とはこのあと親友になって毎日いろんなことを教わるのだが、それはまた今度。
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その頃は、まだ髪の毛があったのだ。ついでにソースも直しました。HTMLというソース(構文)で挟むかたちでWebsightはで出来ているのです。むかし取った杵柄。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:00| ブログ?