2018年06月03日

うんどうかい

『2001年壺中の旅』岡山公演だったか。宿舎で喧嘩になりそれを止めるために怪我をした。

病院へいって診てもらいレントゲンを撮って。

しばらくしたら医者がきて「通常は手術が終わり骨がつながってきたら外すボルトが、右足大腿骨にまだ入っている。」と。

入ったままというのはとても考えられない。言うてて。

手術をしたのは確か伊丹の医者だったけど、30年以上前だからもうないだろうし。どうしようもない。

「いまボルトを外すと骨に大きな穴が開いてしまうので非常に危険です。このまま行くしかないです」言われて。

わたくしが死んで、もし火葬になったらコロンとボルトだけが残るのだ。

そうそう、運動会。

ダウン症の可愛い女の子が一人いて。結局その子が競技に参加することは一度もなかった。

能力至上主義で勝ち負けにこだわり速さを競う運動会では、どうしてもこぼれ落ちる人が出て来る。

その最たるものがオリンピックだけど。

舞踏は、オリンピックとは正反対の価値観。どれだけ駄目で役に立たないかを競う能力主義の真逆。

勝ち負けなんて全く関係なくて、どれだけ遅いかを競うようなところがある。

早いよりも遅いほうが、ものごとはしっかりとよく見えるもの。

運動会で短距離よりも長距離に感動するのは、ひとりひとりの表情がよく見えるからだ。

足が速いのが良いっていう価値観は、狩猟をしてた時の名残だろうなあ。

あとわかりやすいというのもある。わかりやすいだけに残酷なのだが。

しっかしいまは、必死で動画を撮る親が多いけど自分の眼でしっかりと観たほうがいいのになあ。といつも思う。

あとで観ようという魂胆だろうけど、映像にはその現場の臨場感とか空気感とかリアルなものは何も映ってないから。

自分の眼で観て感じてこころのメモリーに記憶するのが大切なのに。けどそんなのその人の自由だからいいか。

勝手に生きろ人生。どうでもいい。なんでもいい。これでいいのだ。

諦めも舞踏の得意技。

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こんな映画があるんだな。ヒトラーを怒らせ歴史を変えたランナーの実話を映画化だって。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:06| ブログ?