2019年04月13日

空と無

舞踏家としては、より根源に近づきたいのでまだ大駱駝艦にいた頃にインドへ行きました。

神さまが三億いるのだとか。釈迦もいまでは、その中のひとつ。インドへ行くとそこかしこに宗教を感じて、それがなぜか懐かしくて。

「人間には、宗教が必要不可欠なのだ。」と強く感じました。

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photo by frogma.

科学雑誌『Newton』最新刊の特集が“無”についてです。すこし立ち読みしたのですが、ほんとうに何もない究極の無が存在するらしい。

宇宙は、その完全なる無の状態から始まるようです。何億年、何兆年たって色々あってまた無にかえる。それの繰り返しだとか。

仏が般若心経で説く“色即是空 空即是色”は三蔵法師が漢字で当て字をしたものなので本来は、空ではなかったのではないか。

無は空をも含むようなので釈迦がインドで説いたのは“色即是無 無即是色”だったのではないかと思ったり。

2,000年以上前に、インドの木の下でこの宇宙の始まりと終わりとその成り立ちの神秘について思い至った人がいたという驚異。

兄弟子、村松卓矢曰く「いまの物理や科学は、2,000年以上前にインドの木の下でガリガリのおじいさんが言ったことを数式で証明しようとしている。」

そして最終的に釈迦が言った「“無記”わからない。」ということが数式で立証され、本当のことは何もわからない。ということがわかってきている。

ダライ・ラマも世界中を旅して科学者ばかりと会って話しています。そう仏教はとても論理的で科学的なのです。ユダヤ教やキリスト教のように論理の飛躍がない。

海が割れたり、死者が蘇ったりという超常現象を認めない。必ず、原因があって結果がある。という考え方をする。

それはさておき、宗教はすべてがほぼ同じことを言っているのだと思います。登り方が違うだけで頂上は同じ。または下り方が違うだけで行き着くところは同じだったり。

そしてそれを利用する人間にこそ罪がある。

なんでもいいしどれでもいいけれど宗教というのは、やはり人間にとって必要なのだと感じます。

テレビを消して線香を焚くだけでもこころの平穏が訪れる。

いま日本は、無宗教になってしまっています。明治政府による廃仏毀釈、続くアメリカによる、国家神道の解体。

仏教ではまず『殺すべからず。』です。ちなみにイスラム教の本家・ユダヤ教では、十戒の五番目が『殺してはならない。』です。

仏教では、それほど人間の本性を“殺人”というそこに見ている。

毎日毎日、日本では人殺し世界では大量殺人だのテロだのの痛ましいニュースで溢れている。

いま日本では、いや世界中でも仏教が見直されるべき時なのだと思います。

仏の慈悲でものごとを見るのです。

大きなこころで。

そんでこの世は夢まぼろし、何もかも無にもどって「はい、おしまい。」

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子どもの頃に父親が定期購読してて読んでいた。イラストが豊富で面白いのです。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:47| ブログ?