2019年05月02日

象徴?

「天皇としての旅を終えようとしている今。これまで、象徴としての私の立場を受け入れ、支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝します。」

ほんとうに上手くいきました、代替わり。

簡単に言い直すと引退ということか。よく決断しました。

経済効果も、半端ではなかったでしょう。

あやかった人は数え切れない。俺のようにあんまり関係なかった人もいるし、迷惑した人も同じぐらいいただろうけど。

こんなに盛り上がるなら、一代限りとか言わずに毎回やってもいいのではないですか。

亡くなるのを待つのではなくて毎回、限界だと思ったら交代する。

前例を覆すとかってとても勇気のいることです。

前例に従っていれば誰にも文句を言われない。けれど年齢のこともあるし何かを間違えたり。

「疲れたなあ。休みたい。」そう思う自分の気持ちに従って決心する。まわりは前例がないとか慣例がどうとか、法とかいままではどうとか言うけれど関係ない。

手続きやなんやかんや問題が山積みで、やめるまで3年もかかったけれど決心は変わらなかった。

ルールや法律に従うのではなく自分の声に従うという大切なこと。それは天皇だろうが、一介の舞踏家だろうが同じです。

嘘のないように生きる。

新聞を読んで知りましたが85歳までほんとうに休むまもなく日本中、そして世界中を駆け回っていたのですね。

ありとあらゆるところへと行っている。災害の度にそこにお見舞いに行って。

福島にも行ってるのか。被災3県には繰り返し行っていたようです。

自分のありかたを模索し続けた人生だったとか。「あなたは象徴です。憲法違反になるのでなにもしないでください。」

そんなことを最初から言われたらやる気をなくしそう。

自分のあたまで考え、自分の言葉で喋り感じて行動をしているこの「自分は、いったい何者なのか?」そう自問自答を続ける。

昭和天皇は最初、象徴ではありませんでした。全権力を一手に握っていて、昭和天皇が「うん。」と言わなければ戦争もはじまらなかった。

これは少し違うか。側近を殺されたりして軍部に押し切られたかたちで、仕方なく了承する。

父在さば 如何におぼさむベルリンの 壁崩されし後の世界を

そんな父親を間近で見ていたから、自分は最初から象徴で少しは気が楽だったのかもしれない。史上初めての象徴天皇。

俺も木谷家を継ぎましたがいままでは、象徴みたいなものでした。なんの権限もない。実際に取り仕切っているのは母親だったり。

しかし母親も高齢だし、そろそろすべてを引き継がないといけません。川西にあった位牌は都志にもってきて仏壇のしかるべきところに配置しました。

時代とともに自由に変化していきかたちを変え、すがたを替えていくのが自然なのだと思います。

(上の歌は平成天皇が詠まれたもので、“ちちまさば”と読むそうです。)

IMG_4035-2.jpg
花のある場所が自分と女房の入る場所。奥のお不動さまの軸が色褪せていたので、心を込めて彩色を施しました。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:26| ブログ?