2019年05月04日

めんどう?

最近、“面倒くさい”という言葉をよく耳にします。

流行っているのか。テレビの影響ですね。いまにもタレントの誰かが口にしそう。

一時期、なんでもかんでも“すごい”という風潮があったので気をつけてました。形容詞がそれだけ。

テレビを見てるといまだに「すごい。」を連発するタレントがいますが語彙と表現力が貧しい。

それはさておき、面倒くさい。

だいたい余裕がないときに出てくる言葉です。疲れているときに口にしてしまう言葉でもあります。

あとは、ややこしいことや興味がないこと、人からなにか言われたとき。

ほんとうにもう、この世の中は面倒くさい事ばかりです。朝ごはんをつくったり、ゴミの分別、身支度して、通勤通学仕事に作業にetc..etc...

自分の思い通りにならないこと、準備やプロセスetc...いちばんは人との関わりか。複雑になればなるほどそう感じる。

人間は疲れて余裕がないときに本性があらわれます。こころに余裕があるときは誰でも人に優しくできます。そんなの当たり前。

疲れ果ててまったく余裕がないときに、人に対してどういう態度をとることができるか。

いざという時にどういう態度をとれるのか。やはりその人の本性が試されるのだと思います。

広島に原爆が落ちた時に、被爆者たちがぼろぼろになりながらまるで幽霊のように列をなして、市内から山の方へ避難していきました。

その道沿いにある家々は、かたく扉を閉じていたとか。関わり合いになりたくない。

助けなければいけない、それはわかってる。「まずは傷の手当てをしてからだに突き刺さってるガラスを取り除いて消毒して、大火傷している人はえーと・・・」

「面倒くさいなあ。」やめよう。

面接のときに「次のかたどうぞ。」と言って電動車椅子で全身麻痺の人が入ってきた時に「うわ、面倒くさ。」と思うか「うわ、めっちゃ面白そうな人。」と思うかは、大きな分かれ道です。

めっちゃ面白そう。と思った人はその時点で面接官失格です。面倒くさそうな人はなるべく落として、話しが早そうな人を入れる。

それを面倒くさいと思うか、面白そうと思うかでまったく世界は変わってくるのですが。

客観視できればいいのだけどなかなか難しい。突き放して「へーそういうこともあるのか。」と思えればいいのだけれど。

世の中はどんどん便利になって、面倒くさいことは人にやらせている。そこで仕事が生まれて助かる人も出てくるのだからそれでいいのか。

わたくし自身は大駱駝艦の頃から「面倒をください。」という精神で生き続けてきています。

どんなことでもそう思うように訓練しているので「面倒くさいなあ。」と感じることはほとんどありません。

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昨日、通りかかった戎神社の真新しい祭壇。毎朝、漁の安全と豊漁を祈願して祀られるのでしょう。その手間を考えると人の思いというのは「凄い面倒くさいことを実行する力があるのだ。」と感じる。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 06:41| ブログ?