2019年05月16日

五月十五日

昨日は、広島の平和記念公園で毎年恒例の“風通し”がおこなわれました。

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大西達也撮影 5月15日(水)朝日新聞夕刊一面より。

原爆慰霊碑に納められている原爆死没者名簿115冊を取り出して、外気にさらし名簿を一枚ずつ繰って湿気を払い、痛みがないか確認します。

名簿には、31万4118人の氏名と死亡年月日、年齢が記載されているそうです。わたくしの曽祖父、戸籍上は祖父ですが木谷真一の名前も入っています。

去年からは、5393人分の2冊が増えたそうです。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館という建物が公園のなかにありまして、そこで死没者の名前が調べられます。

2013年だったと思いますが、祖父の名前を調べたところ入っていなかったので、顔写真と住所氏名と死亡年月日、年齢を書き込んで祈念館へと申請をしました。

次に行った時に調べたら入っていたので、よかった。

そして、広島平和記念資料館の本館がリニューアルオープンしたようです。賛否両論だった、入り口にあった蝋人形を撤去してしまったようです。

確かにお化け屋敷のようで子どもにとっては怖かったですが、現実はあんなものではないだろうし子ども向けに当たり障りなくしてしまうのは如何なものなのか。

「日本人の清潔趣味が“記憶”を無化させることにふけったから、小綺麗な博物館のおぼろな黒白写真を頼りに当時を想像するしかなくなってしまい、核を解放する力はまったく萎えきった形のなかにそこはかとさまようだけになってしまった」開高健『夜と陽炎』より。

平和資料館は何度も訪れていますが、この“いま”と地続きな時間のなかに目の前に広がる写真や物たちがあるとはどうしても思えない。

そして一歩、資料館の外へと出てしまえば平和な広島の光景が広がっていて、いま見た惨劇と衝撃の数々が一瞬で消え去ってしまうのは事実です。

いまだに日本はアメリカの核の傘の下で守られていて、全世界の核廃絶のうごきの中でもアメリカに右に倣えで同意をしようとしない。

なんなんだろうか、この矛盾は?

人間とは矛盾に満ちた存在であるから仕方ない。と言ってしまっては身もフタもないですが。

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リニューアルオープンチラシ。展示を格好よくお洒落にするのは良いと思うが、いっぽうでどんどん現実感がなくなっていくのも事実。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:16| ブログ?