2019年09月27日

イメージしよう

しばらく前からブラインドタッチの練習を始めています。

だいぶん、速く打てるようになってきました。

文字通り、目をつぶって打ったりして練習をしていました。目をつぶると途端に指先に精神が集中されるので不思議です。

たまに点字を手でなぞったりしますが、ひとつの点を認識するのもむずかしい。指先の感覚だけで情報を得るなんて至難の技です。

ただし、目の見えない人にとってはその情報が全てだったりするのです。

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『点字あゆみの会』ホームページより

お経を唱える時に数珠で数をかぞえますが、たった八つも数えられなかったりします。

いま何個めなのかわからなくなるのです。

目が見えないというのは、大変なことだと思います。

耳が聞こえないのも厄介だけど目が見えない方が恐ろしい。試しに目をつぶって歩くことがあるけれど怖くて3歩と進めない。

電車のホームの点字ブロックを観察していると、ドアのところに何も印がないので「どうやってそこにドアがあるのかわかるのだろう?」と不思議に思います。

ハンデのある人と相対するときは、相手の立場になって想像をすることが肝要ですが「点字ブロックというのは本当に目の見えない人のことを考えて設置されているのだろうか?」

疑問に思うこともしばしばです。

たまにトイレの非常ボタンが高いところについていたりするけれど「設置した人は実際に床に倒れてみて非常事態を想定して設置しているのだろうか?」と首をひねることが多い。

手がぜんぜん届かないところにあったりするからです。

仕事だからと便宜的に何も考えずに設置して「はい終わり。」そんな人が多いのだろうなあ。

愛も想像力もない人たち。

想像力は上手につかえば、無限の可能性を持っています。

人は空だって飛べる。こう言ってもいいのかもしれない。

「この世界にあるすべては誰かが想像したもの。」逆に言うと想像できないもの、ことはこの世に生まれ得ない。

イメージしよう。もしも眼が見えないとしたら。

イメージしよう。もしもいま心臓発作で倒れたとしたら。

イメージしよう。プールの底から観る景色。

イメージしよう。そのボタンを押すと14万人が死ぬと。

イメージしよう。彼にも女房、子どもがいると。彼女にはフィアンセがいると。

イメージしよう。赤鬼にも女房、子どもがいるのだと。

イメージしてご覧。神様なんていないんだって。

でも大丈夫、ドラえもんが助けてくれるから・・・

想像力という人類だけが持つ力。その力をどう生かすのか?

「目が見えない場合、どうすれば道路の切れ目が安全に判断できるだろうか。」

想像しながら、点字ブロックの開発に生涯をかけた三宅精一さんのような方もいます。

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いまや世界に拡がる点字ブロックですが、三宅さんは志なかばでこの世を去られました。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:50| ブログ?