2019年06月10日

無能の人

無敵の人とかいうのがネット社会で流布しているようです。

社会から爪弾きになった人が自分をどんどん追い込んで失うものがないと思いこみ、人の命も自分の命もどうでも良くなる状態だとか。

社会が敵になってしまう。どうしてそうなってしまったのか?

自分のせい。というのがいまの世の中の大多数の考え方、自己責任というやつです。そうなってしまったのは自分が悪い。

そんな考え方でいいのか?自分のせいと大人たちが突き放して無視したせいで、その代償として幼い命が狙われて奪われる。

恨みつらみの矛先がより弱い者へと向けられる。恐ろしいことだけどこのままでは、これからまだまだ同じような事件は起こると思います。

追い込まれて魔に呑み込まれてしまう前に助け出さなければならない。加害者になる前になんとかしなければならない。

けれど、いま日本中に人と人との繋がりが切れてしまっている人が沢山いる。潜在的な予備軍はどれぐらいいるのか?

敵と見なすのがそもそも間違っている。自分と社会を分けてしまっている。しかしそう感じさせてしまう社会も確かに存在する。

もっと何もかも無くす。力を無くす。無力の人になればいいのです。きっと力を貸してくれる人があらわれます。

皆んな格好をつけすぎ、人の目を気にしすぎなのです。

もっと無能の人になればいいのです。少なくともいまより楽になるし優しくもなれると思います。

力を抜く、何もかも放り投げ出す。馬鹿にされても蔑まれてもいいではないか。笑いたい奴は笑わせておけ。

もっと無力になれ。力を抜け。もっと諦めろ。頑張って頑張るな。

それは、とても舞踏的な考え方なのですが、いまの社会は正反対の指針しか示さない。

頑張れ、もっと頑張れ。うまくいかないのは自分のせい。爪弾きになっているのは自分が悪い。人のせいにするな。社会のせいにするな。努力が足りない、etc..etc...

自分自分、すべて自分。本当か?本当にそうか?

人を頼ったり弱いところを見せたり甘えたりしてもいいのではないのか。それを許容できないような心の狭いいまの日本。

「迷惑かけてありがとう。」

たこ八郎さんの座右の銘を胸に刻みたい。

DJbxB74UEAAV7pv.jpg
元祖『無能の人』作者、つげ義春。photo by Junsuke Takimoto.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:38| ブログ?