2019年07月14日

虎ノ穴

2006年3月吉日、壺中天にて向雲太郎の第4作目『舞踏虎ノ穴』麿赤兒総見がおこなわれた。

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公演チラシ。村松君が見て「辛そうなチラシだねえ。」と言ってた。確かに韓国料理屋っぽい。design by Hidejiro Kimura.

4回目だから落ち着いていた。

前年の作品でたいへんな目にあっていたので油断はなかった。

何を言われるかはわからないけれどなんとなく自信はあった。

オープニングの群舞はダンスマスターが松田篤史。男の肉体鍛錬の場を見事に引っ張ってくれてよし。20分間集中して踊りきっていい感じ。

と、フランス武者修行から帰ってきた田村一行先輩がお気楽に登場。

軽い感じで舞台を盛り上げます。笑いが起こって小さくガッツポーズ。

『ベルヴィルランデブー』のサントラで楽しく踊ります。一番盛り上がって悪ふざけみたくなったところで伝説のダンスマスター若林淳がよれよれで登場。

男たちが見守る舞台で孤高に踊ります。

大劇場でひとりソロを踊る幻影の中で虚しく合図を出す。悲鳴のような合図が哀愁を帯びる。

けれど「くすくす」と笑いが起こってよし。滑稽な悲哀が出ればいいと思っていたので狙い通り。

ここまで来ればもう大丈夫。あとは戯作者が登場してソロを踊るだけ。確か麿さんがここでトイレに行ってしまった。もう大丈夫だと師匠も思ったのか。

ソロを踊り終えて終わり。礼はしなかった。だいたい総見ではフィナーレまではやらずに礼の前で終わる。

観終わったあとの感想でまずは褒められた。いい反応は、5年ぶりだったので嬉しかった。

『2001年壺中の旅』の時のように手放しで褒めるという感じではなかったけれど。

「むかいの肉体に対する考えが出ていて面白い。」そんな風に言われた。

そのあと色々と師匠からアイデアをもらって、持ち帰って次の日から連日稽古をしてゲネプロ。

若い頃に「ゲネプロは、本番通りにやるんじゃ。」いうて麿さんに出演者全員が怒られたことがある。

言うてる麿さんは客席にいたりするので「麿さんおらんのに本番通りにはならんやろ。」と心の中で突っ込んでた。

それはさておき。ゲネプロを観終えた麿さんが「白塗りなしでいこう。」と言い出して驚きとともに嬉しかった。

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オープニング:『或る日の虎ノ穴』

壺中天初の白塗りなし公演。「肉体の面白さが消える。」そう言ってた。白塗りをからだに纏うと非現実的に成りすぎるのです。

本番を観に来た後輩・捩子ぴじんが「とうとうやりましたね。」と言ってたのを覚えてる。壺中の旅を一緒に創ってそのあと早々と捩子は独立したけれど俺の苦闘している姿を端から観てたのだな。

大阪公演の時に先輩の鎌田牧子さんが「最初に明かりがついた時に、一斉に観客が身を前に乗り出すのを感じた。」と言っていた。

壺中天での公演を終えて大阪で再演して、そのあとニューヨークでも再演した。

初演のメンバーだった若林淳が大駱駝艦を退艦していたので、兄弟子・村松卓矢に若の役をやってもらった。

若のやっていたことをなぞるのではなく村松君らしさを前面に出した。

けれどあまりいい反応を得られずに、尻すぼみ的にその後やることはなくなった。再演の難しさだな。

淡路島でやるときは初演のバージョンに戻して若林さんに出てもらおう。

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夏合宿生募集チラシに使われたイメージ写真。合宿でもやったのだった。振付は長く金粉ショウでも使っている。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:39| ブログ?