2019年07月28日

駅の宿から

昨日は、より安いホテルへと移動でした。

バスステーションに近くて値段もそれほどでもないホテルに決めて「ここにしよう。」と徒歩で向かいます。

駅前の一等地で一見高そう。建物のど真ん中、普通だったら玄関があるところに素敵なカフェがあったのでひと休み。

14:00チェックインだけどどうかな。一本、ジュースを飲んでチェックイン。既に掃除が終わってて「良かった。」と部屋へ。

歴史を感じる階段を登ったらまさにステーションホテルといった塩梅の狭い部屋、しかしトイレもシャワーもついて十分です。

ホッと一息、昨日のことを反芻します。

日本でのスクールバスやアニメスタジオの事件は、ひとりの人間の狂気が解き放たれて起こった大事件。

こちらアウシュビッツは、国家ひとつが狂気に呑み込まれて起こった大きな悲劇です。

何故、あの冗談のような愚行を誰も止められなかったのか?

ヒトラーの政党は、始めはほんの小さな勢力にしか過ぎなかったとか。それが国民投票で与党に選ばれた。

そこから基本的人権のほとんどを停止して独裁化に成功、ヒトラー総統の是非を問う国民投票は、投票率95.7%、うち89.9%が賛成票を投じる。まじか。

だんだんと人種差別政策を強化していく。その最大の政策が民族至上主義。

誰かのせいにする。何かの方に目を向けさせる。情報操作をして民意を動かしていく。軍事産業で国内の雇用を生み出し、目を他国に向けさせる。

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子どもをかばって撃ち殺されるユダヤ人女性。photo by Gooble.

「いわゆる反ユダヤ主義というものは、人道上の問題ではない。それはノミやシラミ退治と同じく衛生上の問題である」by ナチ親衛隊SS指導者、ハインリヒ・ヒムラー

ゲルマン民族こそが偉大であり、その他の民族は動物以下である。一番の標的はユダヤ人。何故か?

諸説さまざまに解釈や学説がありますが、本当の理由は何だったんだろう?

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何故このようなことが行われたのか?photo by Google.

ガイドは旧約聖書のことを話していたが、キリストを裏切ってローマに売り渡したのは“ユダ”であってユダヤ人ではない。

これはユダヤ人の不幸であった。ナチスドイツも大きな思い違いをして壮絶な差別に走る。

しかしナチスは人種だけではなくて様々な差別をしている。身体・精神障がい者、同性愛者、政治的信条の相違、宗教の相違、etc...

ヨーロッパ各地から送られてくる強制収容者が、12,000人を超えてくると第2、第3の収容所が作られた。

たったの5年間で約150万人に対して行われた大虐殺。そのうち75%から80%がガス室に送られた。

人数の多い少ないではないのですが。

何故、この狂気を誰も止められなかったのか?

何故そんな過ちを人類は犯してしまうのか?そこをしっかりと真正面から見据えないと、戦争はまた起こってしまうでしょう。

「人は私の中に血に飢えた獣、残虐なサディスト、大量虐殺者を見ようとするだろう。

アウシュヴィッツ司令官はそのような者としてしか想像されないからだ。彼らは決して理解しないだろう。

その男もまた、心を持つ一人の人間だったということを。悪人ではなかったということを。」by ルドルフ・ヘス、アウシュビッツ強制収容所所長。

ヘスは、ライフルで隣接した家からユダヤ人を撃っていたとされる男です。

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豪華な家で娘と幸せに暮らしながら、目と鼻の先で大虐殺を行っていたヘス。戦後アウシュビッツにて絞首刑に。

さて今回、日本語のガイドを頼んだのですがなくて良かったかな。と思っています。

古谷は英語のガイドについたらしいが俺もそうすれば良かった。英語ならばすべてはわからないし何となく言葉を聞きとれれば、そこからイメージを広げられる。

説明や解説が多すぎると答えを言われているようでつまらない。自分で感じて考え想像する余裕が欲しかった。

また必ず来ようと思っているので、次回はガイドなしで入ろう。自分のペースで観て感じて、休んだり迷い考え込んだりしてみたい。

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ポーランドでは、1945年1月強制収容所がソ連軍によって解放された。生き残っていた人はほんの一握りだった。いっぽう7月26日ドイツでは、ポツダム宣言が発表されたが日本帝国軍は黙殺。原爆の投下は決定した。photo by Google.
参照:Wikipedia. Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:04| ブログ?