2019年07月31日

トロップフェン

昨日は、古谷充康にインタビューを受けました。

舞踏についてのインタビューです。

舞踏は、常識を疑うところから始まります。「舞踏とは何なのか?」

「それがわからないからやっているのだ。すぐにわかってしまうようなものではないので面白いのだ。」

しかしそうやって聞かれて考えると、自分のやっているのは実は“舞踏”ではなくて“天賦典式”なのだ。と説明しなければいけないかもしれない。

これは、師匠の麿赤兒が大駱駝艦の創設時から宣言していることです。

「うちは演劇ではない。舞踏でもない。天賦典式なんだ。」

舞踏様式というものがあるとしたら、それに対しての天賦典式様式。

「この世に生まれいったことこそを大いなる才能とする。」という考え方のもとその異能、才能たちが集まって舞台作品を創り上げる。

そのことを20年以上やってきて、切磋琢磨をしてきた。血となり肉となっているのはそこで培われたもの、ことであり、経験であり体験であるのです。

たぶんその真髄には、麿さんが土方さんに教わった舞踏の真髄も入っていて知らず知らずのうちに吸収しているのだろうけれど。

「では、舞踏とは何なのか?」

即興ということも舞踏では一つの側面としてあります。新鮮にいきいきと存在するための方法。昨日もその即興の話が出た。

古谷は即興が好きなようでよくやるといっていた。俺は滅多にやらない。一回勝負という要素が強すぎてスリリング過ぎるのです。

取り返しがつかないのは舞台の常で面白いところだけど、なかかなか何も考えずに無心でやるというのができない。作為や下心や自意識とか要らない感情が邪魔をする。

あとは白塗りだな。

からだに色を塗るのは、舞踏の発明だったりします。白に塗ったり緑に塗ったり金色に塗ったりするのは、舞踏では常套手段です。

これは単なる手段で大したことではないのだけど、舞踏といえばいまや白塗りというぐらいに大きな要素になっている。

ずばり「なぜ白塗りなのか?」と聞かれたら「死んでいるというサインだ。」と答えます。あちらとこちらのあいだの舞台という空間に死者として立つためのサイン。

記号としては強烈なので、塗るときと塗らないときを気をつけて使い分けないとあまりにも非日常的になり過ぎることもある。

誕生してから60年経って舞踏的な表現ともいうべきものは、いまや色々なところにあります。

昨日も地下鉄の中で踊っているとしか表現できない人がいました。へんなうごきとへんな間。ずーっと見てしまうパフォーマンス。でもそこには作為がなかったり。

amazon prim でやっている人志松本プレゼンツ『ドキュメンタル』に於けるザコシショウのパフォーマンスは、とっても天賦典式的です。

意味を超越していくそのやり方は、大駱駝艦内では常套手段です。壺中天でも意味を超越した存在に成ろうというのは常に行われています。

兄弟子の村松卓矢なんかも得意中の得意とすることで、村松君はそこにユーモアを入れてくるのでもう一発楽しいのですが。

その昔、衝撃的だった舞踏の表現方法がいまやっとそこかしこで見られるようになって来た。

嬉しいことです。

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インタビュー後、散歩に行った空港跡地の滑走路にて。巨大なターミナルビルにはいまは、移民が住んでいるとか。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:00| ブログ?