2019年08月31日

さあーさー

今日で8月が終わり、8月ジャーナリズムも終わります。

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1961年、南太平洋での米国水爆実験。巨大火の玉が拡散を開始。photo by Google.

人間がある限り、最もやってはいけないことのひとつが核兵器の実戦使用です。

決して忘れてはならないのです。

人がおなじ人間の上に太陽ふたつ分の熱を造り、何万人もの人間を一瞬で焼き殺す。

その後の全てを焼き尽くす火の海で何万人を焼き殺す。

その上、放射線による被曝によって細胞レベルで人間を破壊してじわじわと殺し、わずかに生き残った人々から生まれた子どもも・・・

ここまで徹底して人を殺す為の悪魔のような兵器を、誰がこの世に生み出したのか?

その出発点ともいうべき数式を導きだした人物は、平和主義者で博愛主義者であったかもしれない。

その兵器をヒロシマに落としたパイロットは、熱心なクリスチャンで飛行機には母の名前を付けていた。

これは多分、客観的にみれば誰が悪いとか誰に責任があるとかいう単純なことではないのです。

科学というものを生み出してしまった人類の、人が生きている限りの人間の原罪、そして人間の存在矛盾にまで行き着くのだと思います。

人は度し難く愚かで馬鹿であるがそういう自分もその人間のひとりであり、そう思う一方で人というのはなんと可愛く素晴らしいのだと思ったりもします。

一方で「ノーモア ヒロシマ ノーモア ナガサキ」そして「ノーモア ウォー」と続かざるをえないのですが衝撃と畏怖という人類の歴史、戦争の歴史=人間の歴史であったりするのでやはりここにも人間存在の問題が出てきます。

終末時計というものがあるのだそうです。

アインシュタン等が提唱して作られたもので核兵器保有とその実用の危機にあわせてうごいていて、いまその時計は人類滅亡の時間、夜12時の2分前で止まっています。

原爆被害者の子孫として、一人のものを創る人間として、この世にいま生きる人間として、やはりこのこととは無縁ではいられないのだと思います。

たとえそれが微力で無力だとしても、手を変え品を代え切り口を変えアプローチの仕方をかえながら一生取り組んで行くのだと思っています。

さて、今日は鉄割本番三日目です。

核兵器の問題はいっとき忘れて、あらゆることを笑い飛ばして、遊び尽くします。

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鉄割アルバトロスケット
ザ・スズナリ公演『うぬ』

皆様ありがとうございます! お忙しいところ恐れ入ります! 色々な言い方でお伝えします!

この度の公演、今からのご予約が【可能】なのは、この1回です!

8/31土曜日19:30

どうぞご検討ください! 宜しくお願いいたします!(東陽片岡さんのツィッターより。)
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:49| ブログ?