2019年09月09日

をどろ続き

2007年5月25日
激怒して師匠が劇場の外へと出ていってしまい向雲太郎振付・演出作品『をどろベイビー!』ゲネプロは完全にストップしてしまった。

どうしていいかわからずにただ佇んでいると「とにかく麿さんに謝ってきなさい。」

大駱駝艦プロデューサー、新船洋子さんに助言をもらった。

おそるおそる劇場の外へと出ていくと、怒りが納まらない麿さんが電柱に飛び蹴りをかましていた。

「なんで勇気を出して足を踏み出さないんだ!そういう時こそ思い切って暗闇に足を踏み出せばいいんだよ!!」

怒り心頭で何回も飛び蹴りされている電柱を見て「あー、あれは俺なんだな。」と神妙に思っていた。

麿さんの怒りは結構ながく納まらず、対話をしたと思うけれど忘れてしまった。ゲネプロ中止も懸念されたがなんとか続行された。

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最初のソロ。マネキンは本公演へと使い回された。

渾身の初日を終え千秋楽も終えて、吉祥寺のイタリアンレストランでの打ち上げになっても麿さんは怒っていてあまり盛り上がらずに終わった記憶がある。

ゲストのタモツが「オモロかったでー。」と気分良く盛り上げてくれていたが俺の気持ちも、もう1発盛り上がらずに終了。

音楽家の築山建一郎に麿さんが「たいへんだったぞ。」と吐き出していたように苦労の連続だった。

創作の試みによって、大変ではあったけれど作品的には色んな人の意見と思いが入っていて幕内弁当のような面白い作品になったと思います。

「混沌としているむかいさんの頭の中を覗き見ているような作品。」兄弟子・村松卓矢が言うようにもなっていた。

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かつらで遊ぶ。

「壺中の旅より俺は好きだな。」音響の関克郎さんは言っていた。

確かに、破茶滅茶な展開と内容で壺中の旅とはまったく違う一線を画す作品になったと思います。

しかし、なぞってしまった部分や曖昧なまま本番を迎えてしまっているところもあったりして反省ももちろん沢山あります。

自分でコントロールができないところが多すぎて、しかしそれが破天荒な面白さを生んでいた。不本意だが狙い通りと言えなくもなかった。

そういえば初日、背水の陣の本番直前に麿さんが近寄ってきて最後の言葉をかけてくれた。

それは、もしかすると真髄を教えられた瞬間だったのかもしれない。

師匠が離れたらすぐに村松が寄ってきて「麿さん、なんて言ったの?」と尋ねてきた。

麿さんが言った言葉を伝えたら「ふーん、そんなことか・・・」と呟いて去っていった。

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青塗りして自分で台本をつくってと色々と頼もしかった兄弟子・村松卓矢。

このあいだドイツで湯山にも教えたが、自分で気づくまでは身につかないかもしれない。

自分自身も実感としては、まだよくわかっていないような気もする。

真髄というものは、意外とシンプルなことなのかもしれない。

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麿赤兒演出のエンディングシーン。まるで本公演のように豪華に混沌としている。さすが。と感心している場合ではない。「お前の作品だろ!」師匠の怒鳴り声が聞こえる。
All photo by Junichi Matsuda.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:19| ブログ?