2019年11月05日

舞踏?と金粉ショウ

夢に土方さんが出てきて、稽古をつけてくれて面白かった。お面を顔につけて幕から出てくるのだけど、表情が色々と変化して驚きに満ちていた。

昨日の稽古で土方さんの話しをしたからだな。

はじまりから順に追っていく感じで建一郎が音をつけてくれて稽古をしたけれど、どこへ向かうのかがまだはっきりとしないので、話し合いが多かった。

一人で「ああでもない、こうでもない。」と考えていても堂堂巡りでまた同じところへと戻ってきたりして一歩も先へと進まなくなったりする。

しかし人と話していると「なるほどなあ。」と思ったり「そうだよなあ。」と考えたりと脳が刺激を受けて活性化するので嬉しいし楽しい。

だいたいのやることは出揃って来ているので、構成を決めて踊りをつくっていくだけだな。あとは喋ることを決めてと・・・

会議室でやるので長机があって椅子があって蛍光灯の明かりの下でやるようなイメージだったけど、別に机は片付けてもいいのだと気が付いた。

思い込んでいる自分がいる。決めつけてしまっている自分がいる。頭を柔らかく心を自由自在にして疑う。

そう舞踏家集団デュ社のコンセプトをひと言でいうと『疑う』。

そして舞踏の大切な要素のひとつがやはりこの“疑う”ということなのです。師匠の麿赤兒もそのまた師匠の土方巽から教わったのがこの疑うということだった。

土方「どうして頭があって手があって足があるんだ?」

麿「いや先生、そんなことを言ったってそれが当たり前じゃないですか。」

土方「当たり前って何なんだ?どういうことなんだ?」

麿「・・・」

どうしてか?何故か?

『舞踏』ではなくて『舞踏?』

湯山がスーパーモデル冨永愛さんの話しをしてくれた。モデル養成のテレビ番組があって冨永さんがウォーキングのレッスンをした。

まず冨永さんが歩いたのだけど鳥肌が立つぐらいに格好が良かったとか。

最後にモデルの卵が「歩いている時に何を考えているのですか?」と聞いたら「私の最前線はいまここなんだ。と思って歩いています。」と答えた。

最前線を歩いているという確信と自信。

前衛という言葉は手垢がついてしまってもう古いという感じがするが、最前線というのはいい響き。

麿さんに前衛について聞いたことがあるが「前衛ってのは折れやすいんだ。」と言ってたのを覚えている。けれど、その前衛や最前線がないと次へと進んでいかないのも事実。

誰かが先頭に立って立ち向かわないとどんどん古くなって朽ち果てていく。その自覚が自分にはあるのか?

ドイツで出会った最前線を歩く男、フェリックスは「なぜ皆んな過去ばかり振り返るんだ?」と言っていた。

過去といまをつなぐ便宜上“Butoh"というものが必要なだけで、その先へいくためには何もかもまっさらなまだ名付けられていない未知の世界へと勇気をもって足を踏み出さなければならない。

いまここ。この瞬間。それこそがすべて。

という所にまで最後は至れるように心を遊ばせ続けよう。頭を遊ばせ続けよう。

さて『舞踏?レクチャーパフォーマンス』の音をつけてくれる築山建一郎が大阪へと帰ったので、今日からは金粉ショウの稽古です。

金粉は難しいことは考えずに、エンターテイメントに徹するだけなので気が楽だな。

客寄せで立ち止まらせて、面白い踊りで楽しませて火吹きで驚かせてエネルギーとパッションで心を掴んで、そうして最後は肉体という神秘で感動にまで至って財布の口を大きく開かせる。

劇場だと3,000円とか当たり前だけど、大道芸で1,000円頂こうと思ったら相当に頑張らないといけません。

一度、一万円が入ったことがあったけれど嬉しかったなあ。頑張ろう。

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股下1メートルか。選ばれた人間だな。Photo by Google.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:20| ブログ?