2020年01月19日

震災とボランティアと

この時期だからというわけでもないのですが、真山仁さんの『そして、星の輝く夜がくる』を読了。

いまは『海は見えるか』を読んでいます。

神戸から東日本大震災直後の東北へと赴任してきた教師の小説で、震災でこころが傷ついた子どもたちに、寄り添ったり一緒に悩んだり問題を解決したり解決できなかったりするお話です。

主人公の小野寺は自身、阪神淡路大震災で被災して妻と幼い子どもを亡くしている。

あの日、小野寺だけが用事で出かけていて、地震が起こったあとに急いで家へと戻ったがあったはずの家は全壊していた。

二人の名前を叫びながら狂ったように土を掘り起こす小野寺だったが、二人は助からなかった・・・

東北に赴任してきて被災地の子どもたちが、こころの奥に抱えるさまざまな悩みや怒りを『わがんね新聞』という壁新聞にして発散させていく。

子どもなんだから、我慢しないで腹が立つことがあればどんどん怒れ。

悲しいことがあれば泣け、我慢できないことがあれば叫べ。と煽ってこころの傷を癒そうと孤軍奮闘する。

学校からの避難の最中につないでいた手を離してしまい、教え子を亡くした先生の苦しみも描かれる。

「自分一人が生き残ってしまい・・・」と自分を責める。

ボランティアと地元の人たちとの軋轢を描くお話では、神戸の人たちと東北の人たちの人間性の違いも語られる。

東北の人たちは大人しくて本当の気持ちを口にしたがらない。助けてもらっているのだからと多少のことは我慢する。

高校生だった松っちゃんは、神戸の避難所で気がついたら胸ぐらをつかんで殴ろうとしてたとか言ってたな。

原因は忘れたけれど、何か許せないことを言うかした人がいたのだろう。

主人公の小野寺も理不尽な人間と断固闘う。

ボランティア元年といわれる阪神淡路大震災、この時に“阪神ルール”といわれるボランティアのさまざまな仕組みが生まれたと、この小説で知った。

物見遊山やたんなる好奇心でボランティアに参加した人もたくさんいたのだろう・・・混乱する被災地。

“兵庫県西宮市の市議会議員だった今村岳司は被災体験を振り返り、当時のボランティアのことを「観光気分で来た自分探し」「ただの野次馬観光客」「人から感謝されることを楽しみにやってきただけ」等と述べた。

「ボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝た」” by Wikipedia.

しかし、そんなボランティアの力に頼らざる得ないところもあって、実際助けられた人もたくさんいて阪神淡路のさいの恩返しをしたいと東北へといった人もたくさんいるとか。

東北は復興からは、まだまだほど遠い状況。

ほんとうは東京オリンピックなんて、やっている場合ではないのだろうなあ。

我が事として最優先するべきことなのに、オリンピックの影響でどんどん後回しにされる物資や人員。

言い訳のように東北から聖火リレーが出発するけれど、そのあとはまた放っておかれる東北。

福島原発の問題解決もまったく進んでいない・・・

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真山さんは実際に阪神淡路大震災を経験したとか。だから物語がリアルで真に迫っているのだな。Photo by 講談社BOOK倶楽部.
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 12:39| ブログ?