2020年03月11日

踊りとは祈り

今日で2011年から9年の歳月がながれました。

10年ひと昔というけれど、昨日のように感じるのはそれだけ起こったことが強烈だったからでしょう。

9年前の3月11日は世田谷パブリックシアターにて大駱駝艦本公演『灰の人』の稽古だった。地下三階のスタジオでの通し稽古中、兄弟子村松卓矢と二人のシーン。

いつもは何気なくやる何でもないシーンで、それまではなかったような失敗が起こった。二人でもつ大皿にのったバラの花が落ちてしまったのだった。

落ちるはずのないバラ・・・

「なにやってんだ」師匠の麿赤兒があきれたように怒っていた。仕切り直して、もう一度やったらなんとまた落ちてしまった。

地面が大きく波打って立っていられなくなったのは、次の瞬間だった。あれは虫の知らせだったのか。

悲鳴がおこってスタジオ内は大混乱、緊急ベルがなって避難を勧告するアナウンスが入って稽古は中断、どうやって地上へ避難したのだろう?エレベータはうごいていたのか?忘れてしまった。

地上へ出たら三軒茶屋駅前の広場に無数の人が避難していた。大きな余震がおこって27階建てのキャロットタワーが左右にゆっくりと大きく揺れて、どよめきがおこって皆んな後ずさりした。

あれはまるで巨大な怪獣がうごいているようで凄まじい迫力があった。

誘導されて避難先の大きな公園へといって、用を足そうと隣接の施設へと入ったら巨大なモニターがあってそこに信じられないような光景が映っていた。

街が次々と海に呑み込まれていくのだった。それが宮城県の映像だとわかって、宮城出身の我妻恵美子の顔から血の気がなくなって呆然としていたのをいまだに覚えている。

ちなみにその後、我妻の宮城の家族とは連絡がとれて無事が確認されてよかった。

稽古は中止になって散会したけれど、電車がすべて止まっていてどうしよう。

いまは亡き関克郎さんと村松と3人で下北沢まで歩いて「どうせ電車はうごかねえんだから、じたばたしてもはじまらねえ」と駅前の居酒屋に入って腰をおちつけた。

その頃、ワイフは荻窪の会社から歩いて西東京市まで帰ってきて娘を保育園に迎えにいってくれていた。「ありがとう」

なんとかかんとか家まで帰ったら、テレビのCMがすべてACジャパンになっていて驚いた。

いちはやくChim↑Pomがうごいて渋谷の岡本太郎の壁画にフクシマの絵を追加して話題になっていて「やられた」と嫉妬した。

あれはほんとうに冴えてたなあ。あの世で岡本太郎さんも手を叩いて喜んでいたでしょう。

それから連日、被害をうけた東北の映像と福島第一原発の映像が垂れ流されていたが、無力なイチ舞踏家にはなにもできず「踊りとはなんなんだろう?」と日々、悶々と自問自答していた。

現地へいくこともできず、あの頃を思い出すとどこかうしろめたい気持ちになる。けれども明日は我が身なのです。

次々と公演が自粛中止になるなか、麿さんはそんなことをもろともせずに本番を決行。

「いい踊りをするしかない。それが祈りにつながるのだ。」

そう自分に言い聞かせながら『灰の人』本番に臨んだのでした。

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『ありがとウサギ』海外で「日本は終わった」となって、慌てて通常のCMをはじめたと湯山が言ってた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:36| ブログ?