2020年03月18日

観客が、いるかいないか、いないかいるか

富山のイベントが中止になりました。

ただでさえ少ない仕事がなくなってしまった・・・残念だなあ。久しぶりに湯山と踊れるので楽しみにしてたのですが。

4月の誕生日に都志にて顔見せ興行をやろうと思っていたけれど、そちらも延期にしました。5月にやれるか・・・

というわけで、川西へとよって都志に帰ろうかと思っていたけれど、不要不急の移動になってしまったので自粛することにして、とうぶんは東京にとどまります。

川西市と隣接した伊丹市と宝塚市で感染した人が出ているし、移動は感染のリスクが高いようです。自分はいいけれど高齢の両親にうつしたらたいへんだものな。

世界中が大混乱していますが、そんななか大相撲春場所が無観客ではじまっています。

いろんなことが中止や自粛になっているなか。テレビの向こうの学校がやすみの子どもたちにも、ちから強い相撲が元気を与えているでしょう。

観客がいなくてたしかに淋しいけれど、緊張感に満ち溢れていて自分は好きです。

無駄がないというか勝負だけがすべての、大相撲の本質を観ているような気分です。

音もよく聞こえて面白いです。いつもは大歓声でかき消される、力士の息遣いまで聞こえてくる。声援で盛り上がるけれど悪くいうと雑音というかうるさかったとも言える。

自分の好きな北の富士さんの解説もよく聞こえるので嬉しい。北の富士さんの解説は人情味に溢れていてユーモアがあって愉快なのです。

人前でアガるなんていう力士は、今場所は有利かもしれない。逆に応援がないと燃えないなんていう力士は不利なのか。

観ていいるともう少し演出をするというか、ガラガラの客席をそのまま観せるのではなくて何かで覆うとか照明で見えなくする工夫があっても良いのにな。と思う。

あとはせっかくだから普段は撮れないような場所から撮影するとか、オリンピックみたいにカメラをうごかしながら撮るとか、いろいろと遊べそうです。

小兵力士で人気者の炎鵬などは「なんのために相撲を取るのかわからない」とか口にしているようですが、この機会に自問自答して考えてみたらいいでしょう。

これは自分にもあてはまることで「なんのために踊るのか?」という問いかけは、すべてのダンサーが考えるべきこと。

先日、惜しくも亡くなられた大野慶人さんの口癖は「誰に観せているのか?考えなさい」というものだったらしいけれど、大切なことだと思います。

「お客様は神様です」という言葉は三波春夫が使って「わたしは客なんだ神なんだ」という風に使われてしまっているけれど、もともとは神様が客なのだ「神に観せているのだ」という意味なのです。

ガラガラの客席には神様たちがいる。そう考えればいいのか。

春場所の10日目までの状況は、全勝だった白鵬が敗れてがぜん面白くなってきました。

大関を狙う朝乃山も2敗なのでまだまだ優勝の可能性がある。

1人でも感染したら中止になるようですが、なんとか千秋楽までやれるといいな。

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村上君が驚いていたように最近のお相撲さんはカッコがいい人が多い。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:50| ブログ?