2020年03月16日

ひっこしとつっこみ

昨日は鉄割アルバトロスケット座長、戌井昭人と奥さまの愛可さんの家の引越しでした。

若い頃は、というか大駱駝艦にいる頃は「座長の引越しを手伝っているようなグループでは駄目なんだ」と自らにツッコミを入れていました。

けれども歳をとって、文字どおりいまだにお互いの引越しを手伝いあったりしているのは「良いものだな」と思えるのでした。

いつまでも専門家になれない素人魂とでも言いますか、上手くなろうとしてない感じがある。歳をとればとるほどこれからどんどん味が出てくる、経年良化の可能性があるような気がする。

麿赤兒や渋さ知らズと同じかんがえなのだな。いつまでも赤ん坊でありたいとかんがえていて、渋くなんてなりたくないという、こころざしなのです。

戌井君、相変わらず面白かった。

いつもすべてを馬鹿にしてるというか、すべてはそんなに大したことではないのだという諦めというか、達観というかふざけてるような適当なような、ちからが抜けてるような・・・

一緒にいるとそんなふうに感じて、あらゆることが馬鹿馬鹿しくなってきて、こちらもちからが抜けてくるのです。でもそれでいいのだ。いや、それがいいのだ。

常に常人とは違う回路でものを考えているし、ものを見ているのである。それがやはり血筋なのだろうけれど、上品で嫌味ではなくてDNAレベルで身についている感じがする。

常に面白いことを探しててだからこそ面白い人を見つけるのも上手で、人生を独特に楽しんでいるのである。

自分でも確か書いていたが「生きているのが恥ずかしい」のだな。とも思う。

これは全人類が見習うべき感覚だと思います。

対極にあるのはトランプみたいな人だな。傲慢で自信満々で自分のことしか考えてなくて、人や自然やあらゆることをないがしろにしてる。謙虚さのかけらもない。

人類という恥ずかしい生きもの。という自覚を持って、もっと謙虚にならないと“おごる平家は久しからず”だぞ、トランプ君。

「生きててごめんなさい」だよ。

さて、そんな戌井君が大ファンである深沢七郎の『書かなかればよかったのに日記』をいま読んでいます。

深沢さんの書く文章は独特の語り口で言い回しがへんてこなのだ。それがまた独特のペーソスを生みだして、読んでいると小気味がよいのだな。

いやらしい感傷が皆無でべたべたとしてなくて乾燥してるというか、でも人情味に溢れている。

下町の風情があるのだな。昭和の匂いがする。

そんなふうに深沢さんに対して記していたが、最後の戌井君の解説を読むとまた違った、もっと深いなにかを秘めているのだとわかってくる。

「真剣に生きることを拒否し、人間賛歌の真逆のことをやっている感じ。」by Akito Inui

けれども色々と解説している戌井君もやっぱり深沢七郎から影響を受けてるのだなあ。と思って「あなたもですよ」とツッコミを入れたくなるのでした。

IMG_3743.jpg
宇和島にある大竹伸朗さんのアトリエにて。戌井君が大竹さんから何かをもらって喜んでたけれど、何だったっけかな。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 07:46| ブログ?