2020年03月24日

桜の頃

東京では、そろそろ桜の見頃です。

西から東へと桜前線が移っていくということは、関西は見頃を過ぎたのか・・・

都志ではどうなっているのだろうか。気にかかるなあ。帰りたい・・・帰れない。

先日、娘の卒業祝いに久しぶりに外食をしたけれど店は混雑していた。身近に感染した人がいれば気をつけるだろうけれど、いないのだものな。仕方がない。

けれど、東京でも感染者がじわじわと増えてきています。

このままダラダラと続くようだとたいへん。中国はピークアウトしたというから、自然な流れで感染していかないと収束しないのかもしれない。

公園を通ったらお花見へといく人たちで混雑していました。東京は街にも人が溢れていて、騒動もどこ吹く風だから感染が増えていくのは自然なことです。

さて自分の身の回りには、お花見が好きな人はあまりいません。

麿さんは花見が大嫌いだった。理由は酔っ払いにからまれるから。戌井君も好きではないようで、軽蔑をしているような感じでもあった。理由は聞いたことはありませんが。

自分も花見はあんまり好きではありません。ビールはぬるいしコップはペコペコするし、用意周到でいかないとあれがないこれがない、あれがあれば良かった。となってしまう。

暗くなってくると何を食べてて、何を飲んでるのかもわからなくなってくるし、だいいち花なんて誰も見てないし関係ないもんな。寒くてがたがた震えた記憶も数知れず。

暖かい部屋の中で何不自由なく飲むのがいちばんです。

ところでソメイヨシノというのは寿命が短くて、戦後植えられた樹がそろそろ寿命なのだそうです。

画一的で揃っていて、すべて同じなのが好きな日本人に好まれるソメイヨシノ。ですが、桜というのは実は多様で600以上もの種類があるそうです。

枝垂れ桜に八重桜、山桜、あとはえーと・・・

ある春の日に桜吹雪を見ながら『2001年壺中の旅』のシーンアイデアを思いついた。そのアイデアをもったいつけずにオープニングでやればいいと冗談交じりに言ったのは兄弟子の村松卓矢だった。

それを真に受けてほんとうにやる、若さと勢いがあの頃はあった。

懐かしいな・・・

制作していたのはちょうど桜が満開から舞い散る頃だった。2001年の春は制作に必死でお花見などやらなかった。

その後、毎年4月から5月に新作を大駱駝艦壺中天にて制作させてもらったが、いつもうまくいかずに春頃は憂鬱だった。稽古場にいくのが嫌で公園でひとり桜を見上げていた。

たいへんだったけれど、あの頃の経験が自分を支えてくれているのは事実です。

貴重な経験であり財産でもあるのです。

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公園からの帰りに道端に桜が風に飛ばされて落ちていたので、拾って帰り花瓶に活けた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 08:41| ブログ?