2020年03月28日

Sumoh

朝乃山英樹関が大関に昇進しました。

188センチで177キロだって。これからの角界を背負う大器か。

地元富山の小学校の校庭にあった土俵『太刀山道場』で相撲を取りはじめたらしい。

富山市立呉羽中学の時に本格的に相撲を開始。中1の時はハンドボール部だったが相撲部顧問の先生にスカウトされたとか。

「こんなに走らなくてもいいぞ」からだが大きくて走るのが苦手だった朝乃山は、相撲部へと移ったというから運命だったのか。

呉羽中学の相撲部は全国大会2度優勝の名門、朝乃山も全国大会を目指したが中学3年生のときに左ヒジを骨折して涙をのんだ。

「もう相撲をやめよう」とこころが折れかけた時に、恩師で富山商高の相撲部監督だった浦山英樹さんに声をかけられたという。

ちなみにシコ名の英樹は恩師から頂いた。

近畿大学相撲部でこれまた恩師の伊東勝人さんに鍛えられ、同じ近畿大学出身の元大関朝潮の名門高砂部屋に入門。1年で十両になると、その1年後に幕内最高優勝を遂げる。

恵まれた体格の上に、才能があったのだな。

3場所での小結、関脇通過は大鵬とならぶ2番目のスピード昇進だって。やるな。

「もうひとつ上があるのでそこを目指します」と力強く大関昇進の伝達式で語った。

大相撲では組んだ相手を俵に寄せる『寄り切り』が長年決まり手の最多だった。それが最近は巨大化した体重で相手を押し出す『押し出し』が急増している。

大関貴景勝が押し相撲の代表格、いっぽう新大関の朝乃山は久々にあらわれた四つ相撲の力士。四つ相撲は好不調の波がないとされるので頼もしい。

相撲かあ・・・男の子なら一度は相撲をとったことがあるでしょう。

自分も子どもの頃は父親と相撲をしたものだった。兄貴ともやったな。「喧嘩するなら相撲をとれ」昔の親はそう言ったものだった。

朝の連続ドラマ『マッサン』で主人公がよく父親役の名優、前田吟と相撲を取っていた。泣きながら相撲をとるシーンをよく覚えている。

鉄割アルバトロスケットでは小林成男の経営していた浅草の『トライバルビレッヂ』にて本格的な相撲大会が開催された。

自分は怪我をするのが怖ろしかったので参加しなかったけれど、だいぶん盛り上がったようです。ちから水代わりに電気ブランを飲みながらやったとか。

優勝したのは誰だったのかな・・・

下北沢のいまはなき『立ち呑み』のマスター“やっちん”が、からだが小さいのに善戦したと噂で聞いた。

大駱駝艦の稽古場『壺中天』での湯山大一郎、振付演出作品『大正解』の打ち上げでは相撲大会になった。自分はからだの大きな相手に猫だましで勝利した。

パンツ一丁で相撲を取ったので肛門が丸見えになってたらしい。自分は見てませんが。

荻窪の小劇場『アールコリン』で兄弟子、村松卓矢が出演しているお芝居を観にいったら村松が「相撲とろうか」と相撲を取って笑いをとっていたな。

懐かしい。

sumo.jpg
メキシコの壁の落書きを模写。ちなみにメキシコでは“Sumoh”と同じぐらいに“Butoh”はメジャー。

参照・引用:2020年3月26日 毎日新聞 2020年3月26日 朝日新聞
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 09:10| ブログ?