2020年04月02日

さ ま ざ ま な は ざ ま

この騒ぎでソーシャル・ディスタンスというのが流行しているとか。


人と人との距離を大きくとることで、世界中で流行ってきているそうです。アメリカでは180センチ離れることを勧めている。


いいことだと思います。


都会では人と人との距離が近すぎるのです。満員電車なんて酷かったものな。人間も動物なのだとしたら、あんなもの耐えられるわけがない。

もし、あのなかにゴリラがいたらたいへんだぞ。大騒ぎになってそこらじゅうで交尾をはじめたりして。でもそれが自然なこと、人間は理性で抑えるけれど、そちらのほうがゴリラからすれば異常です。


人には気持ちのいい距離間というものがあるのです。知らない人だったら5メートル以上は離れたいか。それより近寄ってきたら何か自分に用事があるな。


舞踏では“あいだ”をとても大切にします。物理的なあいだと時間的なあいだのどちらも大事にします。


物理的なあいだの場合は、ワークショップなどでは実際に満員電車ぐらい近くによったり可能な限り離れたりして、このからだのまわりの感覚を体感してもらいます。


丁寧にやると人間の気のようなものが感じられて面白いです。


“圏”といいますが、からだのまわりのどれぐらいの範囲でうごいているのかというエクセサイズもします。空間把握の妙味ですね。


この空間のつかいかたで魅力的なダンサーか、そうではないかが決まるかもしれません。


からだのまわりのオーラのつかいかた。


観客とのあいだをつかった押し引きということもあります。ここにはこころの押し引きということも入ってきます。観客に向かって大きな声で叫び続ければ、観ている方はどんどん気持ちが引いていきます。

逆に舞台側がどんどん引いて、自分の中へと埋没して小さくなっていけばいくほど観客は前のめりになって惹きつけられます。

この塩梅のセンスもいいダンサーであるかどうかの条件であるかもしれない。


いっぽう、時間の“あいだ”というのもある。


舞踏ではこの時間のあいだを引き伸ばしてつかいます。日常のスピードであっけなく過ぎてしまうのではなく、ましてやオリンピックのように速さを良しとするのではなくゆっくりとうごく。


のんびりと生きれば生きるほどその時間は豊かになる。


丁寧に生きるとも言えるかもしれない。ゆっくりといまが二度とない、かけがえのない瞬間なのだとその時間を楽しみ尽くすのです。


「はやくはやくもっと速く」という価値観の正反対といってもいいでしょう。


オリンピックに象徴されるいまの大多数の価値とは正反対の価値観をもつ舞踏。


いまのまま速度を上げて一気に人生を突き進むのか、ゆっくりとスピードを落として人生を楽しむのか。いつまでもレッドオーシャンで押し合いへし合いしながら生きるのか、ブルーオーシャンであいだをあけてゆったりと生きるのか。




どっちがいいか・・・

rogo_331.jpg
世界のブランドがロゴのあいだをあけているのでデュ社もやってみた。行間もあけてみた。そんでタイトルも離してみた。
posted by Mukai Kumotaro & Duex Shrine at 10:42| ブログ?